第19話 部発足!
「……それ、どういう意味だよ」
自分でもビックリするような低い声が出たと思う。
冷静な俺が、待て少し考えろと言ってくるが、とても無理そうだ。
激情にまかせて全てぶちまけてしまいたい。
「軽音部が廃部になることが、小さなコトだと!?」
「アンタは……もう少し考えてみなさいよ」
彼女の言葉で冷静になって考えられるほど、俺は大人じゃないし、軽音部を軽く考えてもいない。
最初から暫定で入部して、最終的には退部する予定だったとしても、俺は三週間一緒に過ごした軽音部を大切に思っている。
見た目が不良のように見える先輩達でも、心は優しくて面倒見の良い先輩達なんだ。小さなコトで片づけられるほど、簡単に言わないで欲しい。
俺が黙ったまま、野沢さんを睨みつけていると、彼女が『仕方ないわね』と言わんばかりに小さく深呼吸した。
「アンタが今から作ろうとしている部活の名前は?」
「それが何の関係があるってんだ」
「いいから答えなさい」
「……ニコニコ動画部」
フレーズが! フレーズが可愛過ぎて怒気が散ってしまう。なんだよニコニコ動画って! 怒りながら言うようなフレーズじゃないって!
「そう、ニコニコ動画部ね。ニコニコ動画ってどんな物だった?」
「作品を作って投稿したり、それを見て評価して、楽しむ物」
「アタシがアンタに最初に見せた動画って、どんなシリーズだった?」
なんで、そんな三週間くらい前のことを……俺は足りない頭で思い出してみる。
「『歌ってみた』、『踊ってみた』、『ボカロ』の三つだ」
「そぅね。最初に言った『歌ってみた』って、どんな作品が上がってると思う?」
っ! そういうことか!
「……はぁ、俺って馬鹿だな」
「アンタは大馬鹿よ。でも、その馬鹿は嫌いじゃないわ」
「そりゃどうも」
たしかに簡単な事だ。俺達に割り振られる部室がココの空き教室だとしても、楽器にサイレンサーを付けて音を抑えれば練習することだってできる。
そして、俺は軽音部のみんなと一緒に部活を続けることができるんだ。
「一応、軽音部のみなさんが、それを了承するかどうかは分からないわよ? 『ニコニコ動画なんてオタクの物だろ!? 俺達には関係ない!』なんて言われたら、どうにもならないんだから、それにアタシ達の部活が軽音部のみなさんに占領されちゃうことだってあり得るわ」
「みんな、そんなこと言ったり、やったりする人達じゃないよ」
「そこは、まぁ~高校生がやる部活でそんなこと起きるとは思えないけど、リスクとしては考えるべきよ。アンタが、そんな泣いてまで存続させたかった部活の人達が悪い人とは思えないし、だからアタシも提案できたのよ」
そうですか。全部お見通しですか。……あまり泣いたとか言わないで欲しい、彼女に振られても泣かなかったのが小さな俺だけの自慢だったんだから。
未だに鼻水が止まらないのは、この部屋がホコリっぽいからだ。そうに違いない。
「でも、俺達だけで決めちゃうわけにもいかないよな?」
「当然でしょ。だからアタシはこれから、お兄ちゃ……伊沢部長に連絡して話をしてみるから、アンタは軽音部のみなさんに話をしなさい。こっちは何とかしてあげるから」
「ありがと! ちょっと行ってくる!」
野沢さんから借りたハンカチをポケットに仕舞うと、空き教室を飛び出した。最近、廊下を走ってばかりだな。
軽音部のみんなは、今日部室の片付けと言っていた。ずっと使っていた部室の大掃除をして、きれいサッパリ片付けてから部を廃部にするということだった。
廃部の決まった部活が今でも存在しているのは一応、学校側も少し配慮しているのだろう。軽音部員達が新しい部活を決めるために五月のゴールデンウィーク開けまでは軽音部を残し、部員が未所属状態の期間ができないようにしているのだ。
俺が軽音部の前に辿りつくと、中では大掃除の真っ最中だった。カズ先輩が椅子の上に立ちあがって、蛍光灯のホコリを一本一本拭いているところに出くわした。そこって部活で汚れたのとは関係なさそうな気がするんですけど、いや……掃除するのは良いことなんですけどね。
「……どうした?」
「いえ、なんでもないです。皆さん、揃ってますか?」
「……いる。準備室だ」
「ありがとうございます! カズ先輩も、ちょっとこっちに来て貰って良いですか!?」
「……分かった」
カズ先輩が椅子から降りるのを待って、一緒に視聴覚準備室へ行く。視聴覚準備室の中では、ロッカーの上を脚立に登りながら拭いているノリ先輩と、脚立を抑えているミノリン先輩、バケツの水で雑巾を絞っているレイジ先輩がいた。
「先輩たち、ちょっと良いですか?」
「どうしたの? タク君、赤く腫れた目輝かせちゃって」
「なんだよ。お前泣いてたのか?」
「……カズまで連れてどうした? 興味深い」
カズ先輩が俺の後ろからミノリン先輩たちと横一列に並ぶ、それぞれ掃除用具を持っていたり、軍手を付けていたりと、まったく軽音部らしくない格好だけどこの先輩たちには何故かよく似合っていた。
一つ一つ確認していこう。期待を持たせて裏切る様なことはしたくない。
「練習が出来れば、サイレンサーを付けた状態でも良いですか?」
「いきなりな質問だな。ん~……ドラムはサイレンサー付けてもバシバシ音はするけどな、他の楽器はとくに問題にならないな。気持ち良さは減るけど」
ノリ先輩が代表として応える。ミノリン先輩もレイジ先輩も、その応えに異議は無いようだ。カズ先輩も頷いている。
「練習場所が狭くても問題無いですか?」
「練習できて、周りが迷惑に思わなければ大丈夫ね」
今度はミノリン先輩が応える。これにも全員異議は無いようだ。
「軽音部として残らなくても活動できれば、どんな形でも良いですか?」
「そりゃ、プライベートで活動しようとしてたくらいだからな」
これにも問題が無いようだ。そろそろ具体的な話に持って行こう。
「他に人がいても良いですか?」
「……興味深い質問だが、質問の意図が分からない」
「あ……ちょ、ちょっと待って下さい。スマホを確認させてください」
レイジ先輩の質問を少し止めて、スマホに到着したメールを開く。そこには送信者、野沢香苗の名前。
ちょうど良いタイミングだ。メールを確認する。
『伊沢先輩からはオーケー貰ったわ。他の部員も私を含めて了承済みよ。上手くやりなさい。仮部室で待ってる』
そういや、野沢さんとのメールって初めてだったかも。野沢さん、メールだと自称はアタシじゃなくて私なんだな。
対応が早くて助かります。今は返事できないけど、後でいっぱい時間使ってメール打つから、今は勘弁してくれ。
「お待たせしました。レイジ先輩。いえ、レイジ軽音部部長。みなさんで俺が……俺達が新しく作ったニコニコ動画部に来ませんか? 部室は変わってしまいますし、今まで通りと言うわけにはいきませんが、部室の一部を軽音部の皆さんに提供する事ができます」
「っ! 本当か!?」
おぉ! レイジ先輩のテンションが上がっている。
「はい、この通り他の部員及び、ニコニコ動画部部長からの了承も得ています」
俺は、今届いたスマホの画面を開いてレイジ先輩に渡した。
レイジ先輩は、メガネの奥にある目を大きく開いてそれを眺めている。
ミノリン先輩たちも皆で集まって来てスマホのメール本文を読みはじめた。
「わ、私達、学校で軽音部続けられるの?」
「名前は変わってしまいますけど、あまり形にこだわらないみたいですし」
視聴覚準備室が一気に騒がしくなった。ミノリン先輩が抱きついてきて、ノリ先輩が反対から抱きついて来て、カズ先輩が俺達三人を押し倒した。っていうか、カズ先輩のテンションが高いのも珍しい。
レイジ先輩は、未だにスマホを持ったまま固まっている。
ひとしきり騒いだ先輩達は、お祝いだ! と言いだしたので、その前にニコニコ動画部のみんなが待っている仮部室へ行きましょうと言った。
そのままお神輿みたいに担いで行かれそうな雰囲気だった。
三〇分後、仮部室として使っていた空き教室には、俺も含めて九人の人間が揃っていた。
軽音部のミノリン先輩、ノリ先輩、レイジ先輩、カズ先輩。
ニコニコ動画部の伊沢先輩、司先輩、野沢さん、浅香さん。
そして、俺だ。
学生野球の試合が終わった時をイメージしてもらうと分かりやすいと思う。お互いに向き合って立ち、それらの先頭の真ん中に審判が立っている。俺がその審判の位置に立っているわけだ。
みんな、俺が発言するのを待っている。
俺は一つ頷くと、頭を下げて言った。
「これから軽音部一同、ニコニコ動画部としてお世話になります!」
こうして、俺達ニコニコ動画部が総勢九名という人数で五月から正式に発足することになった。
第一部 部発足!編 完