第18話 小さなコト
俺は当てもなく色々な部室に顔を出しては、なんとか軽音部へ入部してくれないかと声をかけて回る。
だけど、誰に聞いても無理だと返すばかりだ。
そりゃそうだ。さっき自分で言ったばかりじゃないか。
新入生ですら、すでに入部して三週間くらいたっているんだ。せっかく馴染んできた部活をやめる人間は、そう多くない。
ここの県では、条例で全中学校は私立公立問わず、生徒に部活動への参加を義務付けている。
そうなると俺も最初中学でサッカー部だったからサッカー部、と考えたのと同じように経験のある部活へ、そのままスライドするように入部してしまう生徒ばかり。
ずっと続けてきた部から他に移るような生徒は、余程の思いがあって変えている場合がほとんどだ。そんな生徒は、さらに他の部活へ移る様なことは声を掛けても迷惑そうな顔をするだけだった。
「頼むよ! 軽音興味無いか!?」
「中学の時なら考えたけどなぁ~……今更始めるのも恥ずかしくね?」
何が恥ずかしいんだよ。なんだかんだ言って、何もやりたくないだけだろ。
何人に声を掛けただろうか。
断られ続けた俺の心は、すでにささくれが目立ち始めていた。分かっているんだ。皆、今更新しい部活に移るなんて、面倒なことしたくないってのは……
それでも、俺は声を掛け続けることしかできない。
俺は同じ中学出身のでもあまり話したことは無いが、顔を見れば挨拶くらいはする程度の知り合いを見つけて、すがるような思いで声を掛けた。
「なぁ! 軽音興味無いか!? あと一人入部しないと廃部になっちゃうんだよ!」
「何? お前、軽音部なの? カッコイイじゃん」
「俺は――」
俺は、もう軽音部じゃない……
「――違うけど……」
「じゃあ、お前が入れば良いじゃん。それで万事解決だろ?」
あぁ、お前の言う通りだよ。俺が部に残れば全部解決だ。そんなこと……わかってんだよ……
「そうだな……」
「茅原、お前顔色悪いけど大丈夫か?」
「大丈夫……じゃないかもしれないな。でも、俺が悪いんだ。だから、気にするな」
「よくわかんねぇけど、無理すんなよ?」
「あぁ……さんきゅ」
右手を軽く挙げて、その部室を去る。
知り合いを求めて階段を上り下りし、走りまわった俺はすでにフラフラだった。
まだ、知り合いがいたはずだ。あとは外の運動部と……あとは教室にも何人かいるかもしれない。もうすぐ、下校の時間だ。
先輩達、ケーキとか用意してくれてたな……あ、そういやカバンとか部室に置いて来たわ。
「顔、合わせづらいな……」
すでにフラフラな俺は、部室に顔を出しづらいこともあって、歩くペースは牛歩のようだ。
部室は明るく電気が点けられていた。耳を澄ますと、中からドラムの重低音が響いている。演奏してるのか。
より一層扉を開けにくくなる。みんな演奏してるのに邪魔しちゃ悪いよな。なんて言い訳を用意して、皆に顔を合わせなくて済むようにしてる。
そんなの駄目だ。
俺は勢いに任せて扉を開いた。
軽音部の四人が一緒に演奏したを曲を、仮入部の時に聴いて以来、入部してから今まで聞いたことが無かった。
その四人が、あの時以上の気迫で演奏しているのが分かる。集中力が違う。音の厚みが素人の俺でも違うことが分かる。
最高潮の盛り上がりの後、ドラムのカズさんがシンバルで締める。俺は思わず拍手していた。さっきまでの申し訳無さなんて忘れて、ただ拍手していたんだ。
「お、タク君。おかえり」
「おかえりなさい。ケーキ早く食べないと、クリームが萎んじゃうんだからね」
「汗だくだな。おかえり」
「……お疲れ」
俺は聞かずにはいられなかった。
「なんで、そんなに俺に優しいんですか……みんなの軽音部を壊したのは、俺が原因なのに……」
きょとん、まさにそんな顔をして皆で顔を見合わせている。俺は、今にも泣きそうだってのに。
「私達は部活ではバンド出来なくても、プライベートで集まって演ることはできるからね」
「楽器はあるしな。あとは場所が問題なんだけどよ。駅の近くの楽器屋に小さいけどスタジオもあるからな」
「外で活動。実に興味深い」
「……なんの問題も無い」
……先輩達はそんなに問題にしてないのだろうか。部活が無くなることを、そんなに苦しんでいないのだろうか。
「軽音部が廃部になっても、先輩達は何も変わらないんですか?」
「まぁ~他の部活に入らなくちゃいけないから、活動時間は制限されちゃうわね」
「でも、中学時代もそんなだったからな。中学に軽音部なんてなかったからな」
何も変わらないはずなんて無い! 現にスタジオを使うってことはお金が掛かるってことじゃないか!
俺は、そう食って掛かろうとしたところで、ミノリン先輩が『止めて』と上げた右手に何も言えなくなってしまった。
「タク君は何も気にしなくて良い。だから……ケーキ、食べましょ」
「……はい」
そのケーキは、少ししょっぱい味がしたような気がする。
俺は放課後、性懲りもなくメールも事前連絡も入れずに野沢香苗の教室を訪れていた。
ただ、今回は野沢さんがソッコーで気付いた。隣の席にいる女子が、指をパチンと鳴らして悔しがっている。
俺はそれにリアクションが返せない。そんな元気は無い。
訝しげな表情を浮かべながら俺のところにやってきた。スクールバッグを担いでいる。部活へ向かう準備は万全だな。
「どうしたのよ。部が正式に部活になるって時になんて顔してんのよ」
どんな顔をしているというのだろうか、俺には自分の顔が分からない。
「っ! ちょ、ちょっと! アンタ、こっち来なさい!」
野沢さんが俺の腕を掴んで引っ張っていく、すでに生徒の数は減り始めていると言っても、まだまだ生徒の数は多い。そんな中でも、彼女は仮部室だった空き教室へ俺を連れて入った。
もう、部として正式に決まっているから気にしないのだろうか。
「ホラッ! これで拭きなさい!」
彼女が差し出した手には、キレイなハンカチが握られていた。
これで何を拭けと言うのだろうか。
「何泣いてるのよ。何かあったの?」
っ! 気付かなかった。俺は泣いていたらしい。それが分かった途端、ダムが崩壊するように口から嗚咽が漏れだした。
「ぅ、っうぅぅ」
「ちょ、ちょっと!」
彼女がオロオロしているのが分かる。冷静な俺と、どうしようもなく涙を止められない子供のように泣いてしまいたい自分がいる。
しばらくオロオロしていた彼女が『しょ、しょうがないわね』と言って、俺の肩を後ろから抱き締めた。
こんなところを見られたら、むちゃくちゃ勘違いされてしまうんじゃないだろうか。
「何があったの? アタシに話してみなさいよ」
言葉はキツそうだけど、響きは凄く優しかった。彼女の優しさに包まれているような、そんな気分すらした。
俺は余すことなく、全てを話した。
暫定入部のこと、歓迎してくれたこと、勝手にやめていく俺を許してくれたこと、軽音部が廃部になること。軽音部が無くなっても活動出来ると言ってくれたこと、それでも廃部になれば色々大変になることが分かっていること。
所々、嗚咽が混じり、まともな言葉になっていない。不甲斐ない。可愛い女の子の前で、こんな姿を見せてしまって情けない。
「そう、そうだったの……」
彼女は、それだけを言うと、背中を丸めて泣く俺の背中を撫で続けてくれた。
なんだか、俺は許されたような、自分を許しても良いんじゃないかと思いはじめていた。
そして彼女は言った。
「そんなこと、アンタが気にすること無い、小さな問題ね」