第16話 確保
翌日、六時間目の授業終了時のことだった。チャイムが鳴り終わり、数学の教師が昔自分が如何にモテたかという、はっきり言ってどうでも良い無駄話に花を咲かせていて全員が『チャイム鳴ってんだろ、早く授業終わらせろよ。昔モテても今ハゲだろうが』と心を一つにしていた時だ。
『(ピンポンパンポーン↑)伊沢義治くん、伊沢義治くん。職員室に来て下さい。伊沢義治くん、伊沢義治くん。職員室に来て下さい。(ピンポンパンポーン↓)』
という放送が流れて来た。
この職員室の呼出しという物は、もう少しなんとかならないのだろうか。まるで伊沢先輩が悪いことをして、呼び出されているように聞こえる。
今の放送で授業時間が終わっていることに、やっと気が付いた数学教師が『悪い、悪い』と軽い調子で謝りを入れて、そそくさと焦った様子で退出して行った。彼も一応、部活の顧問を務める人間だからだろう。たしか、情報処理部だったか。今呼び出しを受けた伊沢先輩は、情報処理部の副部長を務めているということだ。もしかしたら数学教師も今の呼出しに同席するのかもしれない。
「拓海」
教科書を机の中に仕舞いこみ、空っぽのカバンに筆記用具だけを入れているところで隣に座る八坂誠から声を掛けられた。
彼はなんでも、最近部活の方が凄く充実しているらしい。今度の夏に東京の幕張だったかで開催される大きなイベントに、出店するということだ。出店って、マジで店を出すのだろうか。どんなものか分からないけど、代々木公園で定期的にやっているという噂のフリーマーケットのようなものだろう。
「拓海の言ってた、新しく作る部の部長になる予定の人だよね? 今の呼ばれた人」
「そうだな。たぶん呼ばれたのも、それ関連だと思うぞ」
あの浅香詩織の協力を得て完成した部活の申請書は、今までの物とは違って先輩も自信あり気だった。
何より部員も五人になって、切りの良い人数になっている。
そういえば……
「誠は前に俺らが作ろうとしてる部に興味ありそうだったよな? 実際に作れたらコッチ来るか?」
「今はとりあえず大丈夫かな? 今の部活は凄く充実してるし、来年には無くなってるかもしれない部に入るほど、僕はギャンブラーじゃないよ。今度の夏も楽しみにしてるしね」
久しぶりに来たな。ナチュラル毒舌。
浅く鋭く抉っていくんだよな。コイツ。
「まだ立ち上げてもいない部活を、来年には無くなってるかもっていうのも凄い発想だよな」
「今の呼出しで、そんな話を僕にしてきたんだから、それなりにイケそうな雰囲気を拓海が感じてるってことでしょ?」
少しの情報で随分と名推理だこと。
「まぁな。たぶん、今頃、先輩が良い報告を聞いているだろうと信じてるよ。俺は」
「部が立ちあがったら、遊びに行くよ。僕もニコ動は好きだからね」
今日も軽音部の先輩達は忙しいらしい。誠と別れたあと、軽音部の部室を訪れるとノリ先輩がいつもみたく部室の鍵をクルクル回しながら俺を待っていた。
「ワリィ、今日も俺達ちょっと忙しくてよ。カギ預けるから、自主錬しててくれ。その代わり、終わったらカギをちゃんと掛けて、器材はしっかり片付けて帰れよ?」
「はぁ」
シュタッと右手をあげて『じゃあな』とノリ先輩は告げると、ダッシュで俺の前から居なくなった。そんなに忙しかったなら携帯にメールでもくれれば、一つ前の休み時間に取りに行ったのに。
俺は預かったカギを使って軽音部の部室である視聴覚室の扉を開けると、やたら重厚な扉をくぐって中に入った。
最近、部活をまともにやれていないような気がする。昨日は一応、先輩達もいたのだけど、代わる代わる教室を出て行って、なんだか落ち着かなかった。
何かあったんだろうか、そんなことを考えながらする部活の練習は全く身にならない。スローモーション猫踏んじゃったも、少しづつ早くはなってきていたが、今日の演奏では寝てた猫にも逃げられそうな物だ。
集中力が続かない上に自主練習ということで、少し息抜きをするつもりで開いたスマホには、いつのまにか到着していたメールを知らせるアイコンが点灯していた。
なんだろうかと、メールを開いてみると差出人は伊沢先輩だ。一斉送信で送られている。送信者は全部で四人、ニコニコ動画部のメンバーだ。
タイトルは『仮部長を辞めることになりました』…………え?
どういうことだ? 五人揃って、ついに部活が本格始動ということになりそうな時期になって部長になる予定だった伊沢先輩が辞めることになるなんて!
そういえば、六時間目の授業、数学のハゲ教師が先輩を呼び出す放送を聞いて、少し急いだ感じで教室を出て行った。もしかしたら、職員室で何かあって、先輩がニコニコ動画部で部長をできなくなるような何か問題が発生したのかもしれない。
とりあえず、状況を詳しく知るためにはメールの本文を読む必要がある。俺は、少し緊張した指でメールを開いた。
『仮部長、改め部長の伊沢義治です。各員部活終了後、正門前に集合すること、祝勝会を行います』
…………うおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!! マジか! マジか!! マジかよ!!!
行けるんじゃないかな? そんな風には思っていたさ。でも、本当にイケるとは思ってませんでしたよ。
俺は、身の入らない練習を放り出して、スマホで返信を打つ。
みんなからも全員一斉送信で大量のメールが飛び交う。こんなの部活やってられるわけないじゃん。
『俺、今日の部活中止にして祝勝会の会場にすぐ向かいます。どこでやるんですか!?』
送信。
いくつか、少し前のやりとりからの流れの返信が一斉送信のため、俺にも流れてきてから返信と思われるメールが到着する。
『アタシも仮部長、改め部長と一緒に部活抜けるわ。場所は駅前のガストね!正門前に集合とか温いわ! 現地集合よ!』
『私も部活早退するであります! 退部届とか入部届けって職員室で貰えるのでありますか!? 人数分貰ってくるであります!』
『わぁ~い! ボクも部活早退するよ~』
『みんな部活は真面目に参加しなさい…………ニコ動部では!!! みんな! 現地集合だ!!』
伊沢先輩もテンションが振り切れてるッポイな。こういうメール送るタイプに見えないのに、上がり切ったテンションの消化方法が分からない!
走って向かおう。そうしよう。
俺は手早く窓を閉めて、器材を片付ける。暗幕を閉めて、重厚な扉を閉めるとカギを掛けて、掛かっていることを確認して視聴覚室を飛び出した。職員室の担任の所によって『家の用事で帰ります、申し訳ありません』と一言いって、鍵を返すと昇降口から飛び出した。
駅前のガストは他校の生徒もよく使う駄弁りスポットだ。ポテトフライとドリンクバー人数分の組み合わせは、ファミリーレストランの利益を完全に無視した凶悪なコンボで、その二つだけで三時間以上も粘る女子高生グループもあると聞く。
ガストに到着するなり『お客様の人数はおひとり様でよろしかったでしょうか?』という質問に『五人です、後から四人来ます』と告げて、一番奥の一番広い席を使って良いかお伺いを立てて了承を得た。
少しすると、店内は早い晩御飯を食べる家族連れが増えて行き、高校生くらいのグループも続々と入ってきていた。
コレ、俺が席取って無かったら危なかったかもな。
一〇分くらい待っただろうか、さすがに少しテンションも落ち付いて来た俺は、妹のメグから催促されているスマホのレベル上げに勤しんでいた。そこに野沢香苗の声が聞こえて来た。
「アンタ良い仕事するじゃない! 一番大きくて一番騒いでも周りに迷惑が掛かりにくい席を確保してる!」
「わぁ~い! ボクこの席大好き!」
一番奥に座っていた俺の隣に司先輩が飛び込んでくる。俺は迷わず手を伸ばすと、司先輩の頭を撫でくり回した。
今日の司先輩は、シッポを振って喜ぶ子犬のような可愛さだ。俺が頭を撫でていても全然気にする様子が無い。
「それじゃ、私は一番端の席を頂くのであります」
「僕は、その反対側にしようかな」
全員が揃ったことで、店員を呼び出し、必殺のポテトフライとドリンクバー五人分をオーダーし、思い思いの飲み物を持ってくると、俺達の祝勝会は幕を開けた。
その日は、明日からどうするこうするという話をしたり、退部届の書き方を確認したりと、未来の話に大盛り上がりだった。