第15話 即戦力
浅香詩織からの返事を受けて、まさかこんなにアッサリと部員が獲得できるとは思っていなかった俺は、しばらく『入るヾ(o≧∀≦o)ノ゛ 』という文面を返信も返さずに眺め続けていた。
『小説化になろう』というサイトで小説を公開までしている人間が、簡単に文芸部をやめて、ただの趣味に近いニコニコ動画部へ来るというのはどういうことなのだろうか。
疑問は聞いてみるに限る。
『なんで?』
送信。
『え! ダメかな(´・ω・`)』
返信を見て気付いた。いくらなんでも、こんな短文のメールは良く無かった。
これじゃ、俺が彼女を責めているみたいじゃないか。
『違う違う。文芸部で結構小説とか書いてたみたいだし、こっちの部活に入っちゃって良いの? オタクって周りにバレたくないみたいな感じだったし』
送信。
そう、彼女は普段周囲の反応を気にして、学校では大好きなボカロの話が出来ないのだ。
そんな彼女が、ニコニコ動画といえばボカロというくらいのニコニコ動画部に入ってしまって大丈夫なのだろうか。誘っておいてなんだが。
スマホが震える。やっぱり返信が早い。
『ただの好きだとオタクっぽいんだけど、自分で作った物をアップして評価を受けていれば、それはオタクじゃなくてクリエイターなんだよ。上手く言えないや』
今までのメールと違い、顔文字の入っていない文章は彼女の本気が感じられる物だった。
そしてオタクとクリエイターの違い。先日妹と話をしていた、なんてこと無い内容を自然と思い出させる物だった。『週間平均で五本以上の映画好きってなかなかいないと思うよ? 制作会社とかのプロ以外で素人だけで見れば、十分オタクな部類に入るんじゃないかなぁ~』という言葉だ。
映画をただ沢山見るのが好きな俺は、ただの好きという映画オタクだ。でも、俺以上に映画を見ていても、企画したり作ったりしている人間はクリエイターなのだ。
『俺も上手く言えないけど、なんか分かったような気がする。これからよろしくね』
送信。
やっぱりスマホが震えるのが早い。でも、このテンポの良さは好きだな。
『こちらこそ宜しくであります!(`・ω・)ゝ』
結局、あの口調は使うんだな。
翌日の昼休み。俺は野沢香苗の教室に訪れていた。あえてメールは送っていない。
そして、野沢さんは先日の隣の席の女子と机をくっつけて昼食の準備をしているところだった。野沢さんが廊下側に背を向けていて、隣の席の女子が廊下側を向くような構成だ。隣の女子がすぐに俺に気が付いてくれた。
先日の再現だ。俺を指差して野沢さんに声を掛け、同じようにツッコミを受ける隣の女子。先日と同じように手を合わせて軽くお辞儀で礼をすると、彼女はグーパンチをつきだしたかと思うと親指を立ててサムズアップで応える。俺も同じようにサムズアップを返しておこう。それを横目に見ながら、少し恥ずかしそうな、少し怒っているような顔をした野沢さんが、俺のところにやってきた。
「だから携帯で教えてって言ったじゃない」
「それはバラエティ番組における。『押すなよ』かと思いまして」
「アンタ、アニメは見ないのにバラエティは見るのね」
金曜の映画は大体が二一時から始まるのだが、バラエティ番組は直前の二〇時から二一時までの間で放送されていることが多い。
俺の家は晩御飯時にテレビを消して会話を楽しむ家庭なので、一九時ころの番組は見ないのだが、映画直前のバラエティについては、そのまま居間に居座ることが多いし、めぐみが見ているのもあって、自然とよく目にする。
「そんなに詳しく知るつもりは無かったんだけどね。それで? なんの用?」
「部員一人確保したぞ」
「ホントォ!!? あ……」
本人もあまり期待してなかったのだろうか。つい出してしまった大きな声に、廊下で騒いでいた人達がいっせいに野沢さんへ視線を送る。
野沢さんも恥ずかしそうに顔を若干赤らめながら俯いている。可愛い。
「オタク趣味ってことを隠してるタイプだから、駄目かなって思ったんだけどな」
「なんでオーケーが出たの?」
「ただの好きはオタク。作った物を公開して評価を得るのはクリエイター。みたいなことを言ってたな」
「そう……共感できる言葉ね。これで部員が五人になったわけだけど、この状況で交渉すれば通るかもしれないわね。部の申請」
「そうだな。でもその前に、まずは現行メンバーで集まって、自己紹介とかした方が良いんじゃないかと思ってさ。俺の時も図らずもそんな感じになってたし」
俺の場合は、たまたま集合場所に居合わせたから自己紹介をするタイミングがあったけど、浅香詩織については場をセッティングしておかないと、部が正式に発足するまで誰も顔を知らない状況になりかねない。
「分かったわ。それじゃ、放課後に例の仮部室に全員を集めておくから、彼女を連れて少しゆっくり来て」
「オッケー。それじゃ、放課後に……あ、っと」
「ん? 何?」
野沢さんの教室内を覗くと、野沢さんの隣りの女子が頬杖をつきながらコチラを見ていた。目が合う。
俺はサムズアップを彼女に向けると、同じように歯を見せて笑うニシシって感じの笑顔で同じようにサムズアップを返してくれた。手を振りながら自分の教室に向かって歩き始めると、後ろから野沢さんに声を掛けられた。
「アンタ……あの子に手出すんじゃないわよ」
「……ちょっと待ってくれ。俺ってそんな軽い奴に見られてんの?」
むぅ。ちょっと普段の行動を見直さなければならない事態になってきているのだろうか。
その日の放課後、事前に浅香詩織へメールを入れておいた俺は、彼女の教室へ迎えに行っていた。
女の子を男が迎えに来る。しかも、放課後。完全に勘違いされそうな展開だと思うだろうけど、この学校は放課後に部活が基本的に絶対ある。
だから、俺のことも同じ部活の男子が何かの用事で浅香さんを迎えに来たくらいにしか思っていないだろう。
「お待たせしましたであります」
「俺も今来たとこ」
「待たせていたのを見ていたのであります。変な気を使わなくて結構であります」
「一度言ってみたかっただけだよ」
浅香さんを連れて仮教室に向かう。彼女を待って少し時間が経過したこともあって、ほとんどの生徒は部活に向かい、校舎内には数えられるほどの生徒しか残っていない。
仮部室に入る時は、周囲の視線を気にして入らなければならないから、こうして生徒がいなくなる状況まで待たなければならないのだ。
周囲を確認して、引き戸を開ける。中から少しホコリっぽい匂いをした空気が鼻孔をくすぐり、くしゃみをしたいような気になるがそれは中に入るまで我慢。
浅香さんを先に教室内へ入れて、俺も入って扉を静かに締める。
中を確認すると、すでに三人が積上げられた椅子を下ろして腰かけていた。俺達の分も用意してある。
俺は立ったまま、浅香さんを簡単に紹介し、続きを浅香さん本人に任せることにした。
「浅香詩織、一年生で、今は文芸部に入っているであります。ニコニコ動画の特にボカロが好きであります。普段は小説を書いていて『小説化になろう』というサイトでオリジナルの小説を掲載させてもらっているであります」
自己紹介は恙無く進行し、それぞれが自分の紹介をしていく。
俺はそのまま席に付かず、司先輩の後ろに立って先輩の頭を撫でくり回していたのは、仕方がないことだと思うんだ。
浅香さんは、三人からこれまで経緯なんかの詳しい話を聞かされて、一生懸命メモを取っていた。メモなんて必要なんだろうか。
元々、小説を書くというクリエイティブな活動を個人でしていたこともあって、三人からの受けはとても良かった。特徴的な口調にも誰もツッコミを入れること無く受け入れていた。
「さて、この部活も五人という一つの大台に乗ったことだ。もう一度、部発足の申請書を提出したいと思う」
「でも、ただ人数が増えました。部として認めてくださいっていっても駄目じゃないかしら」
「そ~かな~。ボクは人数だけがネックになってたんだと思うんだけどなぁ」
「一度、その申請書を見せてもらっても良いでありますか?」
俺達が何度か提出している申請書を最初のバージョンから順に浅香さんへ見せていく。
ふむ。と何か納得した様子の浅香さんがメモを取る為に持っていた三食ボールペンを赤い色に変える。
「これ、赤入れても大丈夫でありますか?」
「構わないよ。現物はデータでパソコンの中にあるからね」
伊沢先輩の了承を受けた浅香さんが最新バージョンに、ピッピッと赤でバッテンを入れていく。
そして、少し長い文章を書いて、矢印で挿入する部分を指示するという作業をしていくと、それを脇で見ていた伊沢先輩が『なるほど』と呟いていた。
「これを清書して、提出してみてください。たぶん、少し違うでありますよ」
その申請書は全然違う物と言っても良いほど、シッカリとした作りになっていた。
今までの申請書が、箇条書きに要望を書いただけの要望書のような物だったのに対して、浅香さんが赤を入れた申請書は、映画に出てくる公式文章のような体裁をしていた。
「右下の部長名の隣に、直筆で名前を入れて貰って、ハンコでも押しておくとカッコイイであります」
浅香さんの指示に従って、伊沢先輩が一度退席して、暫定で所属しているパソコン部で文章を清書してくると、そこには直筆のサインと、なぜ持っているのか『伊沢』という丸印が押されていた。
完全にシッカリした作りで、申請書の体裁とかで駄目が出ることは無いだろうという作りになっていた。
「僕はこれから、この申請書を職員室へ提出してくる。早ければ、明日の放課後にでも僕が呼び出されて結果を聞くことになると思う」
伊沢先輩が仮部室を出て行く。その顔は今度こそ大丈夫だと言う自信に満ちあふれていた。