第14話 勧誘
浅香詩織をお気に入りユーザーに登録した翌日の放課後、俺はいつものように野沢香苗の教室の前にいた。
今日はただの世間話だけではない。ニコニコ動画のユーザーIDをお気に入り登録することだけでもない。今週末から始まるゴールデンウィークについて話がしたかったからだ。
まだこの学校に入学してひと月もたっていない。何度か入った他のクラスでも、入室には少しばかり気を使う。
中をチラチラ見て、野沢さんがコチラに気付かないかなぁ~なんてしていたら、俺の存在に気付いた野沢さんの隣の女子が、俺の方を指差しながら野沢さんに声を掛けていた。
野沢さんが俺の方を確認してから、俺を指差していた女子に一発ツッコミのような物を入れるとスクールバッグを持って、俺の方にやってきた。
なぜ野沢さんがツッコミを入れたのか分からないけど、野沢さんの隣に座っていた女子に『ありがとう』の念を込めて、手を合わせて軽くお辞儀をすると、相手も『良いって、良いって』という具合に手を振った。
「来るなら携帯鳴らしてくれれば良いのに。なんか、その……恥ずかしいじゃない」
「そっか、そう言えばそうだな。でも、恥ずかしいって?」
むしろ他のクラスに入る勇気を振り絞ろうとしていた俺としても、少なからず恥ずかしかったのだけど。
「隣のあの子が、アンタを指差して『彼氏が迎えに来てるわよ』って言ったのよ」
「後で菓子折り持ってお礼にいかくちゃいけないな」
「なんでお礼なのよ」
そりゃ、アナタみたいな可愛い人の彼氏呼ばわりされたなら菓子折りの一つも持って行かないといけないと思うんだ。
「まぁ、いいわ。今日はどうしたの?」
「今週末からゴールデンウィークに入るからな、ニコニコ動画部の活動スケジュールとか、そういうの確認したくてさ」
もっともらしい質問だけど、その実は休み中に野沢さんに会える日程を確認することが主目的だったりする。
喫茶店とかで部にするために必要なことを打合せするだけでも、一緒に出かけたという事実は後々で大きな意味を持ってくると思うからだ。
「そうね。暫定とは言え今入っている部活の状況にも寄るだろうから、今日の部活にでも聞いてみるわ」
「そっか、っていう俺も確認してきたわけじゃないから同じなんだけどな。他に何か確認するようなことあるか?」
「ん……アタシの方は特にないかしら」
「野沢さんはゴールデンウィーク何やんの? 部活があるにしても、他にも何かやるんだろ?」
「普通よ。ニコニコ動画でアップする投稿作品を作るか、時間が合えば友達と出掛けるくらいはするかもね」
「んじゃ~時間が合えば俺と出掛けない?」
「はぁ? なんでアタシがアンタと出掛けるのよ」
流れに乗って誘ってみたけど、思ったより反応が悪いな。
「ん~……なんとなく? 俺、部活以外ヒマだし」
「……まぁ、いいわ。時間があったらね」
これは体の良い断り文句だろうな。期待はできないか。
そこからはいつも通りの世間話だ。あまりベラベラ話すことでもないかもしれないけど、昨日知り合った文芸部のボカロ好きについても少し話しをした。
「その子はコッチの部活に誘えないの?」
「どうだろう。物書きみたいなこともしてるみたいだし、でもボカロ大好きみたいだからなぁ。話してみないと分からないかな」
「その子が入ってくれれば部員が五人になるわ。たぶん最低限部活としての人数は五人以上が良いところだと思うのよ」
学校側は何故ニコニコ動画部が部活として認められないのか詳しい内容を話してはくれない。
おそらく出した条件をクリアされて、部としての活動を認めるわけにはいかない。そんな何か理由があるんだろうと思う。
俺達はその条件を自分達で見つけ出し、条件をクリアしてみせなければ駄目なんだろうと決めて行動しているわけだ。
「とりあえず話はしてみるよ」
「頼んだわよ。必ず連れてきなさい」
無茶言うな。
その日、部活を終えて自宅に帰った俺は、すぐさまパソコンの電源を入れた。
最近、日課として定着しつつある。
パソコンが立ちあがるまでの間に着替えを済ませて、スマホを充電用のクレードルにセットすると、パソコンの置かれた机の椅子に腰かけた。
とくにパスワードも掛けていないので、スムーズにデスクトップ画面が表示される。
ニコニコ動画にアクセスをして、ログインを済ませる。
ここまでの流れは、最近毎日繰り返している動作だから機械音痴の俺でも、さすがに慣れた物だ。
手早く聞いておいた野沢香苗のIDをお気に入りユーザーに登録を済ませ確認する。そしてそのまま、お気に入りユーザーから浅香詩織の『POST_IT』というユーザーを選ぶと、メッセージ送信機能を探す。最近のSNSというヤツはメッセージという簡単なメールのような物を送る機能があると聞いていたからだ。
だけど、いくら探したところでメッセージを送信する方法は見つからなかった。
グーグル先生に相談したところ、ニコニコ動画にはメッセージを直接送るような機能は存在していなかった。
仕方が無いので、スマホを開いてメールを作成する。
このタッチパネルという奴がかなりクセ物で、昔のガラケーと呼ばれるようになった携帯電話に比べて、非常に文章が打ちにくい。
四苦八苦しながら浅香さんへの文章を作り上げた。これならまだ、パソコンの方が文章が打ちやすいという物だ。
最近は妹のメグから、どうせパソコンを使うなら、ローマ字入力でブラインドタッチを覚えた方が良いと言われて、頑張ってなるべく見ずに打てるように練習している。
とりあえず『あいうえお』の母音については見なくても打てるようになった。
なんでこんな分かりにくいキーの配置なんだろうか、使いにくいにも程があるだろう。ABC……って順番に並べれば良いのに。
どうにかこうにか浅香さんへの文章を作り上げた。
『こんばんは。今部活から帰って来ました。前に言わなかったけど実は俺部活を新たに作ろうとしてるんだけど良かったら浅香さんも参加しない? 部活の名前はニコニコ動画部っていうんだ』
あまり文字を打ちたく無かったから簡潔に書いたつもりだったんだけど、思ったより長い文章になったな。っていうか句読点が入ってないから横が長いパソコンとかで読んだらさぞかし読みにくいことだろう。
とりあえず送信。
それから五分もしない内に返信があった。早いな。暇なんだろうか。っていう俺は完全に暇だった。ニコニコ動画で出てくる文言について調べていたけど、暇と言えば暇だ。
ブルブル震えて五月蠅いスマホを手に取ると、送信者を確認する。浅香詩織だ。
『こんばんは! メールありがとうヾ(*´ー`*)ノ゛ 面白そうな部活だねd(>ω<*)☆』
短いな。いや、普通か? 俺の質問には完全に無視して、ただの感想メールが返って来た。
これは良いという意味だろうか、そしてメールだと、あの特徴的な口調は出て来ないんだな。
そして顔文字が……俺もこんな文章で返した方が良いのだろうか。……俺には無理だ。
『面白そうでしょ? 良かったら参加しない? 人数集めてるんだ!』
俺は俺なりで良いだろう。この文章だって打つのに一〇分以上掛けてるんだ。
送信。
また五分もかからずに返事が来る。テキトーに文章作ってるんじゃないだろうか。
『今の文芸部も好きなんだよねσ(^_^;) でも、拓海くんが作ろうとしてる部活も私的には胸アツなんだよね。どうしたら良いと思う?(。-`ω´-)ンー』
俺に質問するんですか、俺が質問してたのに。
困ったな。
部としては、今は少しでも人数を揃えて、学校に認めさせたいところだ。でも、彼女のやりたいことを考えると巻き込んで良いのか悩む。
ここは考えても仕方ないし、俺が思ったことをそのまま言うことにしよう。
『入ってくれたら、嬉しいな』
長い文章は面倒だし、コレで良いだろう。
送信。
今度の返事は今までのやりとりで一番早かった。
『入るヾ(o≧∀≦o)ノ゛ 』