第13話 妹はオタクか
先輩たちに言われたから。というわけでもないんだけど、いつもより早く帰って来られることもあって、寄り道もせず真っ直ぐに帰宅した。
家に入るなり玄関の靴を見ると、すでに妹のヤツは帰宅しているようだ。ただいまの挨拶もそこそこに自分の部屋がある二階へと向かう。
古いつくりの俺の家は、急な階段が一番の特徴だと思う。ほとんど梯子のような階段を駆け上がると、ちょうど降りてこようとしていた妹が階段の前で、俺が登りきるのを待っていた。
学校の制服から着替えていない妹は、急な階段ということもあって、見上げるとパンツ丸見え状態なのだが、気にもしていないようだ。俺も気にしてないけど。
「お兄、おかえり」
「お、メグ。ただいま」
俺が登りきると、さっきまで降りようとしていた階段を降りずに俺の後をついて来た。それについて、俺は特に何も思わない。
コイツはこういうヤツだ。すでに中学二年にもなるというのに、反抗期にもなっていない。そして、未だにお兄ちゃん子なのだ。
俺としては鬱陶しい限りなのだが、最近はスマホやパソコンで色々と質問している手前、邪険にも扱えない。
「お兄、ソシャゲどこまで進めた!?」
「俺はお前ほど積極的にやってないからなぁ~、まだレベル一四をクリアしたとこだよ」
「遅いよ~! 私はもうレベル三八まで進んでるんだからね! 早く追いついてよね!」
「暇な時とかテキトーにやってるだけなんだから、無茶いうな」
妹はソシャゲ。とあるソーシャルゲームにご執心で、俺はその巻き添えを食っている。
なんだかパズルとロールプレイングが合体したようなゲームで、あまりゲームをしない俺でもパズルならできるはずだと巻き込まれたわけだ。
面白いからと勝手にスマホをイジってアイコンを作られた経緯がある。
たしかに面白いゲームで、このゲームを開発した会社は、このゲーム一本でだいぶ売上を伸ばしているという噂だ。
「レベル差が五以下ならパーティーメンバーのトレードも出来るんだから、早く追いついてよね! 分かった!?」
「んあ~、もう。分かったよ。なんとか先に進めるから、お前もあまり進めるなよ? いつまでも追いつけないから」
「うん! 理解した! でも保証は出来ない!」
「…………」
最近、というか今日もだけど。オタクっぽい奴らの会話には、どこか特徴的なテンポや言葉を持つ台詞が散りばめられている。
例えば、今日なら詩織が言った『コレが私の現実であります』ってヤツだ。
今、メグが言った『うん! 理解した! でも保証は出来ない!』も同じようなテンポを含んでいるような気がする。
単に俺が敏感になっているだけかもしれないし、もしかしたらメグもオタクなのかもしれない。
「なぁ……メグ。お前ってオタクなの?」
「すっっっごくデリケートな質問をストレートに言って来たね! その質問は外ではしない方が良いよ! 基本的には誰も得しないし、質問された人が傷つくからね! 場合によっては女の子に『お前、今日生理?』って聞くのと同じレベルだよ!」
「そうなのか!? なんだかゴメンな」
「ちなみに私は自分ではオタクだとは思って無いかなぁ~、どっちかというとお兄の方がオタクなんじゃない?」
「うえ! 俺が!? アニメとか全然と言って良いほど見ないけど……映画のヤツくらいしか……」
「それよ。お兄は、映画オタクだと思うなぁ~。週間平均で五本以上の映画好きってなかなかいないと思うよ? 制作会社とかのプロ以外で素人だけで見れば、十分オタクな部類に入るんじゃないかなぁ~」
「そうか、そうかもな。オタクって言ってもアニメオタクとかアイドルオタクだけじゃないもんな。それで? メグは何オタクなの?」
「だからオタクじゃないって! あえていうならハイブリットかな!? ゲームもやるし、アニメも見るし、映画も見るし!」
「つまり一個レベルが上のオタクってことか」
「お兄が酷い! なんだ今日は酷いよ!」
こんな会話をしながら俺は自分の部屋の扉を開いて中に入る。特に気にするでもなく、メグも部屋に入って来て散らかったままのベッドの上へテキトーに座ると、そのまま会話を続けた。
俺も気にせず制服を脱いでハンガーに掛け、パンツと靴下だけという見た目上最悪な格好のままベッドに近づくと、ベッドに脱ぎ捨てたままだった部屋着兼パジャマのスウェットを着る。
「お兄は今日、なんでこんなに帰りが早いの?」
「今日は部活が中止になってな。パソコンの勉強しに早めに帰って来たんだよ」
「それじゃ~不肖この茅原めぐみが、機械音痴な兄上にレクチャーしてあげましょう!」
「いいよ。メグに教えてもらったグーグル先生に聞いて自分で調べるから」
「それは良い心がけだね。それじゃ~私はここにいるから分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれたまえ!」
「はいはい」
俺は父が前に使っていた少し古いパソコンの電源を入れると、動きが良くなるまで少し放っておく。
父曰く、買った当初はもっと動きが早かったんだけど、今では電源を入れてから真っ当に動くまで三〇分前後掛かるらしい。
俺は真っ当に動くパソコンの早さも碌に知らないから、映画とかで出てくるパソコンに比べたら、ちゃっちいな。くらいにしか思わなかった。
しばらくしてデスクトップのインターネットをするために使うアイコンを、最近覚えた単語のダブルクリックをしてインターネットをスタートさせる。
パソコンがガリガリと音を立てて急いで俺の要求に応えようと動いている。
画面にGoogleのロゴが出た。今日はとくに目立ったイベント日では無いようだ。
これもメグに聞いたんだが、このグーグルというロゴが特別な日になると特殊な造形に変わるのだという。
代表的な物で言うとクリスマスはクリスマス仕様に、正月は正月仕様に、著名な文芸家の命日なら代表作を想起させるようなデザインという具合だ。
検索文字入力欄へ『ニコニコ動画 お気に入り ユーザー』と入れてGoogle検索ボタンをクリックする。
検索結果がたくさん表示されるが、俺が調べたい内容が出て来ない。
何個か近い物が出てくるが、俺みたいなネット初心者にも分かるような内容では無く、ある程度ネットが分かる人向けな説明にしか思えない物ばかりが出てくる。
「ダメだ~。全然わからん」
俺のつぶやきに、部屋に放り投げられていた漫画を読んでいたメグが、本から顔を上げた。
ベッドから立ち上がって、漫画の読んでいた部分に掛け布団の端を挟み込ませて閉じると、俺の脇に寄って来た。メグは漫画を開いたまま伏せて置くようなことはしない、前に俺がそれをやったら怒られた。なんでも開き癖が付いてしまうかららしい。漫画なんて一度読んだら古本屋にでも売ってしまえば良いと思っている俺には理解出来ないのだが、妹にとっては漫画も一種のコレクションのようだ。
脇からパソコンの画面を覗きこむようにして、俺の顔の脇に顔を持って来て視線を合わせる。
「んで? 何を調べてんの? ……ニコニコのお気に入りユーザーを調べてるのか。なんで?」
「コレ、学校の友達からニコニコのID聞いて来たんだけど、お気に入りユーザーへ登録するには、どうしたら良いのかな? って思ってさ」
「それじゃ~この検索キーワードが良くないんじゃないかな? 欲しい情報が入ってないじゃない?」
メグが検索キーワードを少しイジッただけで、必要な情報が載っているサイトへ辿りつくことができた。どうも、この検索エンジンというヤツは使う人間のスキルによって、だいぶ利便性が変わってしまうみたいだ。
「お兄も慣れれば、どうやって検索すれば良いか分かるようになるよ。精進したまえ、少年」
「そうかねぇ。とりあえず助かったよ、メグ」
おどけるメグを脇に置いておいて、今度はスマホを開いてスマホ版のニコニコ動画を開く。『★お気に入り』に『POST_IT』というのが登録されている。
これが浅香詩織のニコニコ動画ユーザー登録名みたいだ。ちなみに俺は、なんのひねりも無く『タクミ』になっている。これについては何か作品を投稿する時にでも改めて変更する予定。
ユーザー一覧を見ていて気付いた。俺、ニコニコ動画のID作ったのにニコニコ動画部のメンバーをお気に入りに入れて無いじゃん。