第12話 寄り道するなよ
俺は今、スマホのメモリーへ新たに追加された浅香詩織の名前を眺めている。
彼女の『私のお友達になって欲しいのでありますよ』に対して、俺はとくに断る理由も無いし、自分から声を掛けておいて断るのは常識的に考えてもオカしい。
二つ返事で了承して、即座に交換したデータは色々な付加情報があった。
未だに手を出せずにいる『ふぇいすぶっく』や『ついったー』はもちろんのこと、『小説家になろう』というサイトで自分で書いた小説を公開までしているそうだ。小説書いてるとか、読書感想文もまともに書けない俺としては、尊敬に値するレベルだと思うんだ。
あと、妹に聞きながら頑張って作ったニコニコ動画のユーザーIDのやりとりをして、お互いに部活へ戻ることになった。IDはスマホのメモ帳機能を使って控えておいたので、家に帰ったら早速登録しようと思う。
一度別れた手前、あまり歩きまわって鉢合わせするのもカッコ悪いと思い。まだ鍵の開いていなかった視聴覚室の前で扉に寄りかかりながらスマホを眺めているというわけだ。
改めて考えてみると、初ナンパで携帯番号ゲットとか俺的には大快挙だな。
ナンパするつもりは無かったけど、余所からみれば完全にナンパだし。彼女にフラれたせいもあって、自分でも気付かない内に少し焦っていたりするのだろうか。
改めてメモリーに登録された浅香詩織の名前を見て、顔をニヤつかせていると『ゴメン! だいぶ待たせたね』と声を掛けられた。
視線をスマホから外すと、軽音部の先輩達がそろって部室へとやってきたところだった。
「大丈夫です。結構ヒマつぶし出来ましたから」
視聴覚室の鍵についているキーホルダーに指を引っかけてクルクルと回しているノリ先輩が、ニヤニヤしている。なんだか嫌な予感だ。
「女の子と話するのが暇つぶしとは、なかなか色男だな。タクくん」
「覗きとはなかなか良い趣味ですね。ノリ先輩」
お互いに嫌味な言葉の押収に見えるだろうけど、この乗りはノリ先輩との挨拶みたいな物だ。まぁ、実際見られていたのは嫌だけどな。
脇で聞いていたミノリン先輩が理由を教えてくれた。
「委員会やってた教室からは視聴覚室と階段の踊り場が見えるから、タクくん待たせちゃってるから気にして見てたのよ」
そうしたら、視聴覚室の前にやってきた俺が、鍵が開いてないことを確認するとそこからいなくなった。
少しすると、二階と三階の間にある踊り場の窓から、外を見ていた女の子に話しかける俺が見えたそうだ。
「そういうことですか。でも、ずっと見てたんですか?」
「委員会ヒマだったからね~。可愛い後輩の交友関係を覗き見る方がよっぽど楽しいわよ~」
「しかし見事な手際だったな。番号交換までの時間が一〇分くらいだっただろ?」
「実に興味深い」
「……ナンパ、凄い」
なぜナンパだとバレているのだろうか。普通に同じ学年の子に話し掛けただけと考えないのだろうか。
ミノリン先輩は分からないけど、他の三人は完全にナンパだと思っているな。
ただ、先輩達に少し尊敬されるのは気持ち良い。これはこれで、このままにしておいても良いかもしれない。
「それはさておき、早く扉開けてください。早速入って練習しましょうよ」
俺が鍵を未だにクルクルと回し続けているノリ先輩に呼び掛けると、隣りに立っていたミノリン先輩がバシっと両手を打ちつけて頭を下げた。
「ゴメン! タっくんには今まで待ってて貰ったのに悪いんだけど、今日の部活は休みにするから!」
「え?」
どういうことですか? と疑問を浮かべながらノリ先輩の方を向くと、先ほどまでキーホルダーを回していた指を止めて頬をポリポリ掻きながら申し訳なさそうに笑った。
「ちょっとな、委員会終わった後に先生に声かけられてさ。オレ達先生と話をしなくちゃいけないんだわ。少し時間が掛かりそうだし、それから戻って来てもタクくん待たせ過ぎちゃうからな。今日はやっぱり休みにしちまおうってことになったんだわ」
「今まで待ってもらったのにゴメンね☆」
ミノリン先輩が口角から舌を少し出してウインクする。あ~、あれだ。妹が謝る時に最近よくやる……なんだっけ、あ、そうそう、テヘペロとかいうフザケタ奴だ。やるたびに妹には、脳天に軽いチョップをかましてやるんだけど、そのたびに舌咬んだと抗議を受ける流れの……これは妹と同じように先輩ツッコミ待ちなんだろうか。
俺が困ったようにノリ先輩に顔を向けると、すでにノリ先輩は手を振り上げていた。
そして下ろされるチョップはミノリン先輩の脳天を的確に捉えた。
「っ!!!!」
「お前タクくんに謝る気ないだろ!」
「ひはい! おもいっひり、ひたはんだしゃはひ!」
「ノリ先輩、少しチョップが強すぎるんじゃ……」
「良い角度だった。実に興味深い」
「……チョップ、凄い」
涙目で、はひはひと言葉にならない訴えをノリ先輩にするミノリン先輩。この人達仲良いよな。付き合ってんのかな。なんて高校生らしい疑問を浮かべつつ、この二人でそれは無いだろうな。と勝手に結論付けた。
まぁ、お似合いな二人だとは思うんだけどな。少しワルっぽい雰囲気だし言動もそれっぽいけど面倒見が良いノリ先輩と、見た目だけ少しヤンキーッポイのに普通に優しいお姉さんのミノリン先輩。やりとりを見てても他の二人や俺よりも関係が深い事を感じさせられる。
でも、その関係も小学校からずっと一緒のような、そんな気軽な雰囲気だと感じていた。
ふと視線をメガネを掛け直しているレイジ先輩に向けると、二人のやりとりを眺めながら少し羨ましそうな視線を向けている。
コレってもしかして、擬似的な三角関係ですか。
なんだか一つの部活の中で複雑ですね。
もしかして、俺がミノリン先輩からキーボードのご教授を受けていた時も同じような視線を向けられていたのだろうか。今度からは少し気を付けよう。
「わかりました。今日は部活がお休みということなら、俺は大人しく帰ることにします」
「そうね。それが良いわね。寄り道とかしちゃダメだからね」
「そうだぞ。特にここの近くにあるスーパーとか寄らないで帰るんだぞ」
「? とにかくわかりました。大人しく真っ直ぐ帰宅することにします。お疲れさまでした」
俺はスクールバックを背負い直すと、先輩達に頭を下げて帰宅に付いた。
「あなたは馬鹿ですか? スーパーに寄るななどと、むしろ寄って行けと言う前振りにしか感じませんよ。彼はそう思わなかったようですけどね。実に興味深い」
「……気付いてない。良かった」
背中から何か聞こえたような気がするけど、内容はよく分からなかった。
俺はポケットからスマートフォンを取り出すと、時間を確認する。今は一七時三二分。授業が終わってから1時間と少し。
学校から駅までは歩いて一五分くらい。少し田舎のこの地元は、電車の本数が少なくて、帰宅ラッシュの今の時間でも一時間に四本しか走っていない。駅に着いた時にはちょうど電車が行ったばかりで、駅で一五分以上待つことになってしまいそうだ。
走れば一本早い電車に乗ることができる。俺は昇降口で靴を履き替えると、急いで駅までの道を走り始めた。早く帰って家でニコニコ動画の勉強しなきゃいけない。
教えてもらった浅香詩織のIDをお気に入りユーザー登録する方法を、インターネットで調べなくちゃ。