第11話 でありますよ
「最近聴き始めたばかりなんだけどね。何かお勧めの曲とかあったら教えてほしいな」
「『夜空に咲く』、『最後のコーヒータイム』、『メープル』、『月光』、『サガ』!」
なんだろうか、八坂誠と知り合ってからこういう人間に出くわす確率が異常に高くなってしまっている気がする。
一気におすすめのボカロ曲タイトルと思われる物を、尋常じゃない早口言葉で捲くし立てた彼女は、興奮冷めやらぬ様子で指折り数えてお勧めの曲を吟味しはじめた。
どうやら彼女のツボはボカロだったらしい。
おそらく最初に流そうとしていたのは、オタク分野の話題に対して過剰に嫌悪を示す人間が周囲に存在するから、俺もその中の一人かもしれないと思われたのだろう。
少し前の自分だったら、確実に嫌悪していたと思う。完全にドン引きで、いくら可愛い女の子でも距離を取っていただろう。
でも、今の俺はそういうのに理解がある人間だ。八坂誠との出会いや野沢香苗がボカロに触れる機会を作ってくれたことで、否定派ではなく肯定派に属している。
「たくさんあるんだね」
「当然であります! ボカロの楽曲は日々増えて行ってるんであります! 才能を発揮する場を求めていたクリエイター達の、血と、汗と、苦渋の日々が作り上げた芸術達なんですよ!」
あぁ、八坂誠の同人誌独演会を上回る。選挙活動中の立候補者みたいな熱の入った演説だ。
免疫が作られた俺でも、これはさすがにキツイ。
俺の中のスイッチがカチリと切り替わり、貼り付けた笑顔と耳を聞き流しモードに移行する。今やニコヤカな笑顔を浮かべながら無言で相槌をする人形と化したぞ。
ちなみにこうしている間も彼女のボカロについての話は熱く迸るほどに語られている。
「――なんですよ! ちゃんと聞いてるでありますか!? え~っと、あ……?」
「あ、初めまして一年の茅原拓海です」
「あ、あぁ! これは丁寧にありがとうございます! 一年の浅香詩織であります!」
この特徴的な口調で自己紹介をした彼女が、キレイなお辞儀をするとそれに合わせて黒髪のボブカットが揺れる。
特別背が高いわけでもない俺でも、彼女の背が小さいのもあって、キレイなお辞儀をすると髪が肩から前に落ちて、首の付け根の先に薄らと背中が見える。
少し制服が体のサイズに合っていないのだろうか。
「浅香さんは部活何に入ってんのかな? 部活に行って無くて大丈夫なの?」
自己紹介も終わったし、少しづつ口調を自分の物に戻していこう。
敬語ってあまり得意じゃないんだ。
「そういう拓海くんも部活に行ってないでありますね?」
「俺はココの二階の軽音部なんだ。今日は鍵を持ってる先輩達がまだ来て無くて、閉め出されちゃってるんさ」
「そうでありますか……軽音部……。やっぱり練習前にティーカップでお茶を飲んだり、お菓子を食べたりするのでありますか?」
「お茶? ん~……自販機で買ったペットボトルのなら飲むこともあるけど?」
軽音部だしな、わざわざティーカップでお茶を入れることは無い。いわゆるアフタヌーンティーという奴だろうか。さしずめ放課後だからアフタースクールティーか。……やっぱり軽音部には関係無いな。
この手の、熱い人たち特有の何かだろうか。俺の返しで火を付けてしまわなかったか心配だ。
「やっぱりそういう物ですよね。コレが私の現実であります」
「そうなのか、なんだか大変だな」
「テキトーな返しでありますね。拓海くんが大体どういう属性の人か分かったのであります」
今の話で俺の何かが分かったらしい。心理テストでも仕掛けられたのだろうか。
「私の分析だと、拓海くんはオタク趣味について理解はあるけど、オタク趣味をあまり触ったことがない人であります。アニメはあまり見ないようですし、ボカロも最近聴き始めたと言っていたでありますから、オタク初心者でありますね」
すっごく分析されてた。ボカロを聴き始めたことについては、たしかに自分で言ったことだし分かるんだけど……なんで俺がアニメ見ないことも知ってるんだ?
初対面だよな? 何で俺の事知ってんの? なんて考えていたら怖くなって来たわ。彼女がストーカーで、極秘に俺を調査してたとか? ってのは冗談だ。ストーカーされるほど自分がモテるなんて幻想は持ってない。
だけど、個人情報がどこからかだだモレみたいだな。一体どこからだ。最近覚えた『ふぇいすぶっく』や『ついったー』という物も始めたわけじゃないからな。どこからだ?
「なんだかすごい分析能力だね。浅香さんの部活ってそれに関係してたりするの?」
「全然とは言わないけど、直接的には関係ないのであります。この分析は私の趣味みたいな物でありますよ」
「趣味?」
「そうであります。さっきも外を眺めながら人間観察をしつつ、勝手な分析をしていたのであります。ちなみに私の部活は文芸部でありますね」
俺が一日体験へ行った時にはいなかったと思う。おそらく俺が関羽の死に耐えられなくて飛び出した後か、二日目以降に文芸部へ入部したのだろう。
「文芸部か……ってことは、その分析は推理小説の読込みから来てるのかな?」
「そうかもしれないでありますね。とても初歩的なことだよ、ワトスンくん」
「シャーロック・ホームズだね。映画なら俺も観たよ」
「あれはホームズじゃないであります。あれなら他の主人公、たとえばジェームズ・ボンドにでもやらせれば良かったのであります。原作好きとしては許せない暴挙であります。ところどころに仕込まれた原作ファン向けのネタも、媚びてるみたいで個人的には最悪だったのでありますよ」
どうやらこの話は逆ベクトルで彼女のツボにハマるらしい。気を付けなければ……最初の大人しそうな印象とだいぶ変わって、熱い女の子に豹変している。
俺の中ではもはや別人だ。
「制作会社もウケを狙うとああいう風にしないとスポンサー受けが悪いんだよ。きっと」
ただ映画の話なら俺でも十分に熱く語ることは出来る。人並み以上には映画を観ていると思うからだ。
週末は近所のTSUTAYAでDVDを四本以上借りて来て観るし、夜にテレビで放映される映画も観ている。
週平均で七本の映画を観ている計算になるけど、テレビでやる映画は前に観た映画も多くて、敢えて観ない物もある。
七本は少し言い過ぎだったかもしれない。
「それにしても原作ファンを馬鹿にしているのであります。マンガや小説をアニメ化するのにも同様の怒りを覚えることが多々あるのであります。描写不足とか話が飛んだりなんて沢山あるのでありますよ!」
「そうなのか、なんだか大変だな」
「またテキトーな返事であります」
腕を組んでプンスカ怒っているような雰囲気を出しているが、彼女が小さいこともあってコミカルな印象だ。
少し怒っているような雰囲気を出してはいたけど、フッと思いだしたようにクスクスと笑いはじめた。
俺が『?』と小首を傾げると、彼女が嬉しそうに話し始めた。
「私、学校でこんなに素を出して話をしたのは初めてであります。学校で趣味全開の話なんてしていると、爪弾きにされてしまいそうで、今までこういう友達が全然いなかったのでありますよ」
「そうなのか? 最近だとニコニコ動画とかだいぶ市民権を得たって友達が言ってたけど……」
「たしかに昔に比べれば市民権を得ていますけど、それでも直接の風当たりは強いのであります。クールジャパンを唄っているのに嘆かわしいことなのであります」
だから、と彼女は続ける。
「私のお友達になって欲しいのでありますよ」