第1話 フリーティング
真っ暗だった。
月明かりもないような漆黒の闇の中では、どんな者ですら知覚することは不可能だ。
暗闇という物は意味もなく不安を掻き立ててくる。それは人類が古来より本能的に持っている感覚なのだろう。
そんな中、1つの点が染み出すように現れた。それは瞬く間に空間を侵食していき、まばゆい閃光となって暗闇をかき消してしまった。
閃光が静まると、そこは高速道路のトンネルを思わせるような場所だった。
真っ平らに整地された床、重くのしかかるような天井は、コンクリートを打ち付けたままの無機質な空気を醸し出している。
見えるようになった薄暗い視界の中心に、いままで存在を認識することができなかった人影があった。
場違いにも存在する、青い髪を長く伸ばし佇む少女。
髪は高い位置で2つに括られ、それでもなお、彼女のひざ裏まで達する髪の長さが、この場所と相まって非現実的な感覚を与えている。
髪だけではない。着用している服装に至っても、青空の下で草原にでも立っていれば、すばらしく映えそうな真っ白いワンピースである。
場所とのギャップから、この世のものではない、たとえば幽霊だと思ってしまうだろう。
そして、彼女はピクリとも動かなかった。「それは蝋人形だ」と言われれば誰しもが、それだと認識してしまうだろう。呼吸に合わせた肩の上下さえ無いのだから。
視界に一瞬ノイズのような物が走った瞬間、彼女の真っ白なワンピースは光の粒となって消え去り、一切その下に隠された肌を見せることなく、のっぺりとした中にも機械的な要素を含み、彼女の髪と同系色がアクセントになっている真っ黒い衣装へと変わっていた。
さながらアニメの魔法少女が変身するシーンのようでもあった。
それが合図となったのか、人形のように立ちすくんでいた彼女が、命を与えられたピノキオのように、どこかぎこちなく、与えられた命へ応えるように、カタカタと動き始めた。
最初はゆっくりと、そして徐々に滑らかに。
いつの間にかトンネル内に響き始めた音楽は、20世紀末に流行ったダンスミュージックを思わせるような物だった。
電子音で構成されたそれは、踊る彼女の衣装や、彼女自身が作り出すイメージによく似ていた。
雑音のような音から始まった曲は、彼女の踊りとシンクロするように徐々に精度を上げていく。
与えられた命と体のシンクロが完了したのか、彼女の踊りは曲の盛り上がりに合わせて精細になっていった。
変わったのは彼女だけではない。
命を与えられたのも彼女だけでは無かった。高速道路のトンネルを思わせた無機質な空間は、未来を思わせる原理が分からない魔法のように、色とりどりのネオン管のような美しくも激しい光で埋め尽くされていた。
彼女の動きに合わせて、光が色を変え、形を変え、彼女を引き立たせる為だけに輝きを増しながら瞬いている。
歌の無いダンスミュージックかと思われたそれは、そうではなかった。
命を与えられたピノキオのような彼女の口が、曲に合わせて動き出す。マイクやスピーカーも無いような空間の中で、彼女の歌声は電子音で構成された音楽の中に、なんの違和感も感じさせない。彼女の声自体もどこか機械的な響きがあるから、かもしれない。
真っ暗なトンネルから始まった一連の事象も、彼女の歌がクライマックスを迎えた時には三分四〇秒ほどの時間が経過していた。
それは、とても長い物語のようにも思えたし、とても儚く短い彼女の一生にも感じられる。
曲が一番の盛り上がりに合わせてピタリと止まると、彼女の歌声も同じようにピタリと止まった。
そして、それに合わせてトンネルを埋め尽くしていた光も、輝きを失い、暗転するのようにまた真っ暗になった。
どこからともなく声が響く。
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