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第7話

 チャイムが鳴り終わる前に何とか教室に辿り着いた僕に、無情な声が告げられた。


「神代は遅刻、と」


「いやいや、来てますから。ギリギリセーフでしょう?」


「ギリギリアウトだ。あれから歩いてきても普通に間に合う時間だっただろうが」


 おかしい、今日は何故朝のHRホームルームを近藤先生が担当しているのだろう? 三嶋はどうした、三嶋は?


「三嶋先生は、今朝奥さんが腹痛を起こしたので病院に連れて行く、と連絡があった。おかげで午前中有給をとろうと考えていた私は、気が進まないが出勤してきたと言うワケだ。私は、三嶋先生に比べたら職務熱心だな。だいたい、単なる食べ過ぎだったらしいぞ、三嶋先生の奥さん。ちなみに、今の私は昨夜の酒が残っていてまだ頭が痛い。だから、あんまり大声を出すんじゃないぞ、いいな、皆。あと、神代は遅刻だからな」


 クラス中がどっと沸いた。僕は、人を笑わせるのは嫌いじゃないが、人に笑われるのは嫌いなんだよ!! ……まあ、人を笑わせられるような自信は、どこにもないんだけど。


「なんでだよ、全力疾走したのに」


 そう、僕は暫くタクシー乗り場で呆然としていた為、学校まで全力疾走しないといけなくなったのだ。日頃の運動不足がここでたたり、今は息切れしているというワケだ。


「日頃の行いが悪いからだな。あとは、私の目の前でイチャイチャしていたからだ。それ以上でもそれ以下でもない。お前が悪い」


 そう言いながら、僕の頭に体育用の帽子をかぶせる近藤先生。


「何ですか……、コレは?」


「何でもいいから、面白い事をやってみろ。運が良ければ遅刻を取り消してやる」


 何言っているの、この副担任は?

 僕は怒りに任せて、帽子を床に思いっきり叩きつけた。全力で振った右腕が痛い。おかしいな、ギターの練習とかしているから、少しは筋肉ついている筈なんだけどな。


「PTAトカに訴えてやる!!」


「ほう」


 その後、すぐさま帽子を拾い上げ、見慣れた動作と共に一言。


「クル●ンパ」






 吹いてはいけない風が教室中を吹き抜けた。







「まあ、アレだ……。遅刻は、無しにしてやるよ……」


 やめて、そんな慈愛に満ちた目で僕を見ないで!!

 教室中から、沈黙に耐えかねて逆に笑い声が聞こえてくる有様だ。

 ああ、岩月さんも口元を手でおさえている。しかも、少し涙目だ……。あれは、笑いをこらえての涙目なのだろうか、それとも、あまりにも僕が可哀相に思えて泣けてきたのだろうか? 分からない、分からないな……、いや、分かりたくないな……。




 針のむしろに座ったような、そんな午前中がようやく終わった。

 休み時間のたびに、誰かしらに帽子を渡された。お前らは、僕に何を期待しているの?

 もちろん、リクエストは受け付けず、帽子を渡してきた奴に叩きつけてやったけどね、こぶしじゃなく帽子を。……しょうがないだろう、喧嘩したって勝てないんだし、女の子を殴るわけにはいかないんだからさ。


 昼休みになって、岩月さんが僕に声をかけてきた。


「だ、大丈夫だったかな……今朝は?」


「大丈夫なワケないじゃない……、僕の心はボロボロだ」


 そう、ボロボロだ。憧れの岩月さんをぞんざいに扱うくらいボロボロだ。


「げ、元気出してよ……」


「ごめんなさい、暫くは無理です」


 ああ、でも、こうして岩月さんの声を聞いているだけでも、何だか癒されるなあ。少しだけ、朝に受けた心の傷が癒されていくようだよ。惚れた弱みかなあ……?


「ほうほう、結構仲良しになったようじゃないの、いいんじゃない?」


 からかうような声がかけられた。バンドメンバーであり、クラスメイトでもある松本だ。


「五月蝿い。今の僕は機嫌が悪い。お前に構っている余裕はない」


「ほう、俺にそんな態度をとってもいいのかな? まあいいさ、コレを見ろ」


 差し出されたスマホ。そこには……


『クルリ●パ』


 朝の僕の様子が映し出されていた。


「今すぐコレを消せ!! 頼む、お願いします!!」


 何たる事だろうか。銀河の歴史じゃなく、僕の黒歴史がまた一ページ。

 いやいや、ふざけている場合じゃないぞ。マジでこんなの残されたら僕は生きていけないかもしれない。こんなのが動画共有サイトに流されてみろ。戦ったって生き残れないぞ?


「消してやってもいいがな、条件があるぜ?」


「……僕に、出来る事なら。犯罪行為とか、無しだぜ?」


「モチのロンよ。あ、雪菜ちゃん、コイツ借りていくから。じゃあね」


 松本に背中を押されながら、僕は教室から出て行く事になった。おい、本当に犯罪行為に巻き込むつもりじゃないだろうな?


「CD、借りそびれちゃったな……」


 そんな、少し寂しそうな声が聞こえてきた、気がした。




 五限目になった。臨時のLHRの時間である。三嶋先生ではなく、近藤先生が顔を出している。三嶋先生は、いったい何処にいるんだ?

 今日は、間近に迫った学園祭をどうするか、という話題になった。


「えーと、我がクラスではステージで演劇をしよう、などという無謀な企画がありましたが、抽選の結果、無事落選しました。なので、残された選択肢は、クラス内で学術発表のような事をするか、模擬店などをするか、はたまた定番のお化け屋敷などをするか、といったモノしかありません。何か意見はありますか?」


 今回のLHRを仕切っているのは、誰であろう岩月さんである。級長でもなく、学園祭実行委員でもない岩月さんが何故か進行の役目を押しつけられている。その岩月さんが演劇の企画が抽選で無事落選した、などと言っているのは岩月さんを主役に何か演劇をしたい、といった企画であったからだ。

ちなみに、シナリオは松本が書く予定だった。岩月さん以外は、通行人とか木の役になる予定だったらしい。もっとも、誰にもその事は言っていなかったらしいが。


「なので、他の意見を出してください。いったん皆で話し合いをして……、そうですね、十五分後くらいから意見を出し合いましょう」


 岩月さんのその言葉を始まりの合図として、各自気の合う連中と話の輪を広げた。




「何がいい? 何をしたい、ナベ?」


 僕はとりあえず渡辺に話を振ってみた。こいつは何と言うだろう?


「三次元には興味ないね。お前たちの好きにすればいい」


 コイツ……、マジか? マジで言っているのか? それともネタか?


「じゃあ、僕の出す意見に賛成してくれるか?」


「そうだな。あまりにもくだらない意見でなければ、賛同してやろう。喜べ、●島」


「俺を上●と呼ぶなッ!!」


 畜生、何人かのクラスメイトに●島と呼ばれるようになってしまった。朝の僕をぶん殴りたい。怒りのあまり、自分を“俺”だなんて言ってしまった。……十七くらいになってまだ、“僕”なんて言っているのは可笑しいのかな、いや、おかしいのかな?

 そうやって、何人かのクラスメイトを根絶やし……、じゃなかった、何人かのクラスメイトに根回しをしていった。根回しをする最中に、何度も何度も●島って呼ばれた。泣きたい。泣き崩れたい。




「えー、十五分経ちました。皆さん、何か意見はありますか?」


 各自、意見のある連中が意見を述べていく。


「お化け屋敷、占い小屋……、占いって誰か出来る人いるの? まあいいか、後で考えましょう。学園祭が終わるまでに二万本シュートを決める……これは却下だね。バスケットゴールは借りられないよ」


「手作りでも?」


「スペースの問題だね」


 いくつか挙げられた意見を岩月さんが問題点を指摘して、実現出来そうにない意見は却下していった。


「えーと、じゃあ、定番のお化け屋敷と、占い小屋と、鉄板焼きの模擬店……、この三つで多数決をとりましょう。鉄板焼きになった場合は出来るかどうかの問題もあるので、出来ないとなった場合の事も考えないといけないですね。他に意見がなければ、この三つから多数決となります。他に意見がある人はいませんか?」


「はい」


 満を持して、僕は挙手をした。言葉の使い方を間違えている気がするけど、気にしない。僕は理系がダメだから文系を選んだ男だ。文系が得意なワケじゃない。


「●島君、意見をどうぞ」


「僕を●島と呼ぶんじゃないッ!!」


「ご、ゴメンなさい……、つい」


「あ。いや、その、岩月さんに怒鳴るつもりじゃ……」


 僕が語気を荒げたために謝る岩月さんと、岩月さんに謝られ、どもりながら岩月さんに謝る僕の図が展開された。


「よーし、お前ら、内申点を下げまくってやる。生徒会長やっている岩月の分は下げられないから、神代の分を二人分下げてやる。何故なら私の前でイチャイチャしているから。あ、ごめんごめん。神代の分は下げてやれないな。●島の分を下げてやろう」


「お願いだから僕の事を●島って呼ばないでくれませんかねえ!?」


 近藤先生に殺気を放った……つもりだったが、ただ単に涙目で睨みつけただけになってしまった。


「ええと……うえ……じゃなかった、神代君、何か意見があるかな?」


「僕を●島って呼ぶなよ……、じゃなかった。学園祭の出し物、メイド喫茶がいいと思います!!」


「賛成!!」

「賛成!!」

「アルカリ性の反対!!」


 誰だ、最後に変な事言った奴は……!? 酸性と賛成でもかけているのか?


「めめめめ、メイド喫茶……? ダメだよ、そんなモノは」


 うん、慌てふためく岩月さんも可愛いです。

 しかし、女性陣からは大反対を受けた。ブーイングの嵐が酷い。ほぼ全員が●島死ね、とか言っている。僕の名前は、神代直斗です!!

 しかし、そこで思わぬ助け舟が入った。近藤先生である。


「いや、イイ。凄くイイ。岩月のメイド服姿、見たい」


 ここは、便乗するしかあるまい。


「何言っているんですか? 近藤先生もですよ」


「●島、学期末テスト、例えお前が五科目満点をとっても、副担任権力で全教科ゼロ点にしてやる」


「あ、じゃあ、近藤先生のメイド服姿は諦めます。岩月さんのメイド服姿を見る事が出来れば、それでいいです」


 逆らうのは得策ではない。どちらにしろ、僕は岩月さんのメイド服姿が見られれば、それでいいんだ。


「え、ええと……うえ……じゃなかった、神代君も、私のメイド服姿、見たいの……?」


 男連中の「メイド、メイド、メイド!!」の大合唱に恐れをなしたのか、少しビクビクしながら岩月さんが僕に声をかけてきた。


「僕は●島じゃないよ……。うん、岩月さんのメイド服姿、見たいです」


 欲望に、たまには素直にならないとね。


「か、神代君が見たいって言うなら、メイド喫茶も、ありかな……?」


 えーと、顔を赤くして、俯いている岩月さんも可愛いです。


「ダメ、ゼッタイメイド喫茶なんてダメだから……!!」

「もしやる事に成ったら、雪菜だけだからね、メイド服着るのは!!」

「ひ、一人じゃ嫌だよ。誰か一緒にやってくれないと……!!」


 その後、喧々囂々の言い合いとなり、何故か大正喫茶という、よく分からない模擬店に落ち着いた。


「クソ、学園祭が終わるまでに来場者全員で二万本シュートを達成したかったのに……!!」


 誰だよ、お前。



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