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第5話

 今日も今日とて、ギターの練習だ。五限目の時に鬼かと思わせた近藤先生だったけれど、夕方残ってギターの練習をする事は許してくれたのだ。

 一通り、昨日何とか弾けるようになったあの曲を練習する。うん、何とかノーミスで弾ける事は出来るようだ。もっとも、あくまでもノーミスで弾けるというレベルでしかないけれど。高校生でバンド組んでるレベルの人間からしても、まだまだ下のレベルだろうけど、ギタリストとしては。

 まあ、将来音楽で飯を食べていこうなんて考えている人間ではないから、気にする事もないな。

 さて、それよりも次の曲にチャレンジしてみようっと。

 ……今日は岩月さん、来てくれないのかな? ちょっとだけ期待していた分、寂しい。

 まあいいさ、どうせ昨日までは一人だったんだ。今日からもまた一人になるだけだよ。強がってなんか、いないよ……。

 結局、七時前に近藤先生が呼びに来るまで、僕は独り(あえて、この漢字だ)でギターの練習をしたのだった。

 まあ、今日はまた八時くらいから井川の家でバンドの練習だ。それから二時間ほどみっちり練習だ。


「おい、神代」


「何ですか?」


「中間テストは何とか赤点免れたみたいだけどな、お前、このままじゃヤバいぞ? だいたい、今日も午前中の授業はほとんど寝ていたそうじゃないか。三嶋先生と私がどれだけ嫌味言われたか、分かっているのか? ギターの練習も、ほどほどにしとけよ?」


「すみませんでした」


 なるほど、今日の英語の授業でやたらと当てられたのは、そのせいもあったんだな。近藤先生には悪いことしたな。今度、貢物と称して、先生の好きな缶コーヒーをプレゼントしよう。その程度で授業がきつくなくなるとか、生徒への接し方を変えるとかしない先生だから、賄賂になどはならない。テストの点に何点かプラスしてくれたら、もっと好きになるんだけどなあ。三嶋? 三嶋は奥さんの事褒めておきさえすれば気分がよくなる男だ。奥さんさえ褒めておけばどうという事はない。


「あと、私の前でイチャイチャするなよ? 独り身の私には辛いんだ。どいつもこいつも青春しやがって……!!」


 もしかして、それが今日やたらと僕に和訳させた本当の理由か……ッ!? 

僕だって、イチャイチャしたいんだッ!! まあ、岩月さんとイチャイチャしているのか、と聞かれると僕が一方的にドキドキしているだけ、と答えるしかないのだけれど。




 「気を付けて帰れよ」との近藤先生のセリフが僕の肩にぶつかったけので、振り返って頭を軽く下げてから、校門へ向けて歩き出した。

 もう、部活をしている連中もほとんどが帰路についている。それなのに、校門に背中を預けるようにして立っている一人の女生徒がいた。艶やかな長い黒髪、そして、スタイル抜群の彼女は――。


「岩月さん?」


「今日は部活もあったのでギターの練習には付き合えなかったんだ。もう、結構暗くなったので、駅まで送ってもらえますか、神代君?」


 少しだけいたずらっ気のある笑顔で僕を見上げてきたんだ。よかった、もうほとんど陽が沈んでいて。そうでなければ、真っ赤になった顔を見られてしまっていたに違いない。……街灯に照らされていて、ばれているかもしれないけれど。




「ねえ、昼休み、大丈夫だったの? ずっと気になっていたんだけど……」


 昨日と同様に空いていた電車に並んで腰掛けた後、岩月さんが昼間の事について聞いてきた。


「昼休み?」


「ほら、鬼瓦先輩に連れていかれたじゃない? 何で連れていかれたのか分からなくて心配だったんだけど、誰に聞いても心配いらないからの一点張りでさ」


「あ、うん。大丈夫だったよ。鬼瓦先輩って見た目はちょっと怖いところあるけど、いい人だし」


 そう、何も心配いらないのだ。何故なら彼は岩月雪菜非公認ファンクラブの会長なのだから、岩月さんが心配したり泣きそうになるような事はしないのだから。もっとも、あの幻影ふぁんとむ君は分からないけれど。……僕の周り、イケメンが多すぎないか? だから僕が女の子にモテないんだ。そう、イケメンは敵だ。


「ま、まあ、何事もなかったのならいいんだけど……」


 岩月さんの中では納得しきれないモノがあるのかもしれない。仕方ないよね、岩月雪菜非公認ファンクラブは、基本的に彼女に知られていないのだから。

 その後は特に会話らしい会話はなく、彼女が降りる駅に着いた。彼女が電車を降りるのと同時に僕も当然のように電車を降りる。


「二駅先じゃなかった、神代君は?」


 どうやら昨日電車の中で何気なくかわした会話を岩月さんは覚えているようだ。


「いや、今日も井川の家で練習」


「ふうん」


 特に訝しむ様子もなく、彼女は先を行く。


「あ、あのさ……」


 何かな? と言わんばかりに振り向いた岩月さん。


「い、家まで送るよ……、もう、暗いからね」


 夜道を岩月さん一人で歩かせるのはやっぱり心配だ。


「じゃ、お願いします」


 了解を得られたことにホッとする僕。でも、少し情けないな。夜道が危険だからとか言う理由でしか、岩月さんに声をかけられないのだから。……いつか、岩月さんともう少し一緒に居たいから、という理由で彼女を家まで送る事が出来るなら、嬉しいな。


 その後は、時々会話をはさみながら彼女の家まで送った。

 ああ、僕がもう少し話題が豊富だったなら。


「あ、そうだ。ねえ、昨日貸してもらったCD、凄く良かったんだ。他にどんな曲聞いているの? 明日、貸してくれないかな?」


「いいけど、どんなのがいい?」


「神代君オススメのがいいな」


 僕オススメ、か……。いくつか見繕おう。見られて恥ずかしくないのを。


「わかった。明日持ってくるよ」


「うん、じゃあ、また明日、学校で。……あ、今日はちゃんとメール、チェックするから。もっとも、日付が変わった後に送られても寝ている可能性があるからね? あと、変な内容だったら削除するからね」


 もしかして、僕が寝不足だった原因、分かっているのかな? 


「うん、また明日」


 こうして、今日の楽しいひと時は終わりを告げた。




 十時頃、バンドの練習も一息ついた。


「で、どうよ。雪菜ちゃんとは話が出来たのか?」


「なにが?」


 松本の問いかけの意味が分からず、素で返答してしまった。あと、雪菜ちゃんって呼ぶなよ。僕だってそう呼びたいのに……ッ!!


「昼休み、ずいぶんお前の事心配していたぞ? 鬼瓦に殴られたりしないか、とか」


「岩月さん、僕の事心配してくれたのか?」


「食いつきがいいな、どうした?」


「いやいや、どうなんだよ、僕の事本当に心配していたように見えたか?」


 どうなんだろう? やっぱり少しくらい心配してもらいたい。岩月さんは気になっていたって言ってくれてたから、きっと、心配はしてくれたんだろうけど。


「ドナドナが聞こえてきたって言ってたぞ」


「ええっ!?」


 何それ、僕が売られそうな子牛に見えたのか? 気分はそんな感じだったけどさ。


「俺がな」


 言ったのお前かよ!!

 井川と岡野が爆笑していた。くそう、他人ひとの不幸がそんなに面白いのかよ!? まあ、それが死とか病気とか事故とかでない限り、面白いのは確かだけどさ。


「本当に心配そうにしていたぞ。喜べ。憧れの雪菜ちゃんに心配してもらえたんだ。これでいつでも死ねるな」


「死ねるわけねえだろ、それで」





――――※※※――――




『で、雪菜は彼の事、どう思っているの?』


「どうって……?」


『近頃生徒会との両立で忙しいのは分かっているけれどね、今日の雪菜はおかしかったよ。心ここにあらずって感じだった』


 おかしい、というのは部活中の事だろう。まあ、まともに的に矢を命中させる事がほとんど出来なかったのだ。心ここにあらずという茜の言葉は正しいかもしれない。


「うーん、どう思っているんだろ……?」


 自分でもよく分からない。


『そう言えばここ二週間、時々昔の車のCMソング口ずさんでいる事があったよね? アレは、神代君が弾いていた曲なんでしょ?』


 す、鋭い……。


「まあ、そうなんだけど」


『雪菜が恋をしているかどうかは知らないけど、少なくとも彼が雪菜の中で大きなウェィトをしめだしているわね』


 どうなんだろう? 確かにクラスメイトなのに今までほとんど彼と話をする事はなかった。まあ、悪い噂を聞くことはほとんどない人ではあったけど。……成績が悪い、じゃなかったよくない噂はよく耳にしたけど。


『雪菜が恋をしているのなら、応援するからね、同じ人を好きにならない限りは!!』


「アハハ、ありがとう。その時は相談に乗ってね」


 その後は特に大事な話をするでもなく、雑談を少しかわして、日課の電話をきった。さて、勉強しないと……。

 メールをチェックしたけれど、神代君からのメールは届いてなかった。

 お詫びがわりに今日は私がメールをしようかな?


『明日貸してくれるCD、楽しみにしています。あ、借りてたCDは、明日返すね。お休みなさい』


 うん、これでいいよね。ハートマークとか入れたりはしないよね、普通。




 返信が届いたのは、日付が変わる直前だった。


『明日、CD持っていきます。岩月さんの好みに合えばいいんだけどな。では、おやすみなさい。また明日、学校で』


 よかった、ハートマークなんてついていない。

 まだ、早いよね、ハートマークは。……まだ早いなんて、何でそんな事を考えているんだろう、私は?

 さ、予習復習も終わったし、もう寝ようっと。


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