第17話
午前中は、その後も客の入りは良かったらしい。打ち上げは出来そうだ。
昼は結局学際の模擬店で出ていた焼きそばを食べ、空腹を紛らわせる事にした。畜生、カップル率の何と高い事よ。お独り様の僕に見せつけやがって。
……やっぱり、岩月さんと一緒に色々まわりたかったなあ……。つい数週間前までは単なるクラスメイトで、高嶺の花だったと言うのに、今では一番身近に感じる女性なんだよな、僕にとって。高嶺の花であって、高値の花ではない。間違えて使うと、とんでもない事になる。
時々、どうでもいい事を考えてしまう事があるな。
午後になると、もううちのクラスの模擬店は、ケーキもなくなったとの事で、無事閉店となったらしい。完売記念、という事で写真撮影をするという事で呼ばれて、何とかクラスメイトと一緒に写真に写る事が出来た。お空に浮かぶ事は、避ける事が出来た。……こんな写真で片隅に切り貼りされていたらいじめでしかないと思うけどね。
接客担当の女性陣は、何故か着替える事を許されず、そのまま友人たちに連れまわされて行った。
その後も独りでブラブラしている時、岩月さんや近藤先生ともすれ違ったけど、何故か女子と一緒だった。すれ違う女子たちに色々と写真撮影をせがまれていた。何故か男子たちは一緒に写真撮影する事を拒否されていた。周りの女子たちに。
「ああ、近藤先生と一緒に学際まわりたかったなあ……」
半分泣きそうな顔で呟いている井川ともすれ違った。半泣きの顔でもイケメンだなんて、殺意がわくな。
岡野は、近藤先生を諦めたのか、近くにある女子高の生徒をナンパして、一緒に学際をまわっていたようだ。羨ましくなんか、ないんだ……、すみません、凄く、羨ましいです。
松本は宮下さんと一緒に食べ歩きをしていた。あの二人、この前岩月さんと一緒にケーキを食べに行った後、ずいぶん仲が良くなった気がするな。もしかして、あの二人は……、ま、どうでもいいか。
これ以上特筆すべき事は、ない。その後しばらく井川のナンパに付き合わされたけど、今日の井川は何と言うか、いつものオーラがなかった。もしかして、マジで近藤先生に惚れちゃったのかな? ま、どうでもいい事だな、今の僕にとって。そして、今日も僕はナンパ連敗記録を更新したのだった。
今、体育館のステージに上がっている連中の次の次という順番になり、僕らはステージ近くに集合していた。
公立高校の学園祭――名前がこうなっているだけで、本来なら文化祭どまりだ――というだけあって、ステージの出し物は演劇部の演劇だったり、吹奏楽部の演奏だったり、僕らのようなアマチュアバンドのライブが限度だ。
去年、女子大生をナンパしに行こう、と誘われ井川達と大学の学園祭を見に行ったけど、やっぱり凄かった。プロで活躍しているバンドのライブを無料で見る事が出来た(井川達がどんなマジックを使ってチケットを手に入れたかは不明だ)けど、圧倒されたもんな。もちろん、そこでも僕はナンパの連敗記録を更新したんだけども。
「やべえ、マジやべえ」
僕は、今になって緊張していた。震えが止まらない。
「ああ、やっぱりこうなっちまったか」
「仕方ねえって言えば仕方ねえか。直斗は慣れていないからな、こういうの」
「近藤先生、見に来てくれねえかなあ……」
岡野、松本、お前らは友だち思いだなあ……。そして井川、お前が気にしているのはそれだけか?
「井川の野郎、さっきからこればっかだなあ。ま、あの衣装来た近藤先生は井川のストライクゾーンど真ん中だったからな、仕方ねえか」
「まあ、井川は年上のお姉さん大好きだからな」
そんな事はどうでもいいんだよ!!
どうする? どうすればこの震えを止める事が出来るんだ?
そうだ、確か昔こんな方法を聞いた覚えがある。
「直斗、お前何やってんの?」
「“人”という字を掌に書いて飲み込めば緊張が紛れるという事を聞いた覚えがある。確か、三回やれば良かったはずだ」
緊張が紛れる、で合ってたかな? まあ、大きく外れてはいないだろう。僕は、二回目、三回目と書いて、飲み込む仕草をした。全然震えがとれな い。まあ、この程度で震えがとれるな、誰だって緊張なんてしないだろう。
「お前、それで震えがとれるワケねえだろ? だいたい、お前がさっきから書いている字、“人”じゃなくて、“入”じゃねえか」
勢い余って四回目を書いている時、岡野からのツッコミが入った。確かに僕はその時、“人”ではなく、“入”と書いていた。
「…………」
まあいい、やり直せばいいんだ――
「まあ、仕方ねえか。直斗の口癖は『穴があったら入れてみたい』だからな」
「そんなに雪菜ちゃんに“入れてみたい”のか? まったく、変態だな、直斗は」
「ああ、俺は近藤先生に“入れてみたい”」
「「「…………」」」
僕をからかって緊張をほぐしてやろうと考えていたのかどうかは知らないけれど、岡野と松本のからかいに僕が反論する前に、井川がおかしな事を呟いていた。その場にいた誰もが、言葉を発する事をやめた。
異様な雰囲気が、僕らを包み込んだのだった。
結局、僕はガチガチのままだった。
そして、僕らの順番がやって来た。
結局あの後、異様な雰囲気のまま時間だけが過ぎて行って、僕はガチガチに緊張したままだった。
井川はあの後、「俺がカッコよくステージこなして、近藤先生に惚れさせればいいんじゃね?」などと言いだし、いつもの状態になっていた。
とりあえず、全員でステージに上がり、セッティングを開始する。幕が下りているのが幸いだったかもしれない。
僕がこうして学際でバンド組んでライブやるのは、ただ女の子にモテたいからだ。実際、学生時代に楽器やりだすヤツの何割かはそうだと思う。違ったとしても僕は謝らない。
でも、今の僕は女の子にモテたくてこのステージに立つんじゃないんだ。岩月さんに見てもらいたい、あわよくばもっと岩月さんと仲良くなりたい。そんな思いが僕の胸中を占めている。
ガチガチなままだけど、仕方ない。さあ、もうすぐ幕が上がる。気持ちをきりかえろ!!
所定の位置に立ち、僕は幕が上がるのを待っていた。
そして、幕が上がった。目の前には――って言ってもステージの下だけど――、数百を軽く超える群衆がいた。学生、他校の生徒、地域の人々、その他諸々。
きりかえた筈の思考が、元に戻る。ヤバイヤバイ、足が震えてきた!!
松本のスティックが鳴った。一曲目が始まってしまう……!!
『ぼろろ~ん』
僕の持つギターから、マヌケな音が聞こえてきた。どうやったら、エレキギターからこんな音が鳴るのか、不思議に思える音だった。
「…………」
沈黙が一瞬場を支配したかと思うと、次には爆笑の渦が広がっていった。
「直斗、テメエ、何やってんだよ!!」
中央に立つ井川から、思いっきり頭をはたかれてしまった。痛さより、恥ずかしさが強い。
岡野は、我関せずと言わんばかり、何かの楽曲を奏で始めた。もしかしたら、僕への注目をそらそうと考えてくれたのかもしれない。
しかし、僕はパニックのままだった。どうしよう? どうすればいい? 今すぐステージを降りるか?
そんなパニック真っ最中の僕の耳に、澄んだ声が届いた。
「頑張れ、神代君!!」
ああ、こんな状態でも、僕の耳には、君の声ははっきり届くんだ。さっきまでは気が付かなかったけど、袴姿のまま、最前列に君がいた。その横には近藤先生もいた。
「神代君なら、大丈夫。出来るよ、ちゃんと!!」
笑顔で語りかけてきてくれた。
何故だろう、口に出したら十秒にもならないようなそんな言葉だったけど、ストンと胸に沁み込んだ。
「大丈夫か?」
ニヤニヤしながら、僕に声をかけてくる井川。
「誰に言ってんだよ?」
さっきまでの緊張など、何処へ行ったやら。僕もいい加減だなあ。
「んじゃ、気を取り直して行きますか!!」
松本のスティックの音が、響いた。ライブの幕開けだ。
そして、約三十分間のライブが、終わった。
「燃え尽きたぜ、真っ白によ……」
僕はステージ脇の床に座り込んでいた。顔にはタオルを乗せて。
「直斗、お前そんな名言出せるくらいなら、案外平気なんじゃねえか?」
心地よい達成感と共に、いくつか細かいミスをしてしまった後悔とが、僕の胸中を今、駆け巡っていた。
「ま、何はともあれ、お疲れだな」
「ああ」
「宴は終わったな……」
僕らはしばし、ステージ脇に座り込み解放感に浸ったのだった。
セットリスト
①異国の空
②カウントダウン
③天国への翼
④共鳴
⑤刃
⑥サイレン
全部、THE BACK HORNのカバー。
どうでもいいけど、今より数年前という設定(特に書いていないけど)なので、数年前までの曲で選曲してみました。




