第14話
「やはり、これが一番だろう」
「いやいや、こっちの方が似合うって。お前の目は節穴か?」
「三次元には興味のない自分だが、こっちを推そう」
朝、通常通り遅刻ギリギリに教室に入った僕を出迎えたのは、やたらと集団になっているクラスメイトであった。
もうすぐHRが始まると言うのに、あっちこっちで数人の集団が出来上がっているのである。いったい、何があったのだろう?
「おう、直斗、お前も見ろよ。どれが一番いいと思う?」
「お願いだからもうやめてよう……。何で朝から公開処刑されないといけないの?」
何とか、松本から何かをとりかえそうともがいている岩月さんもいた。
「イイじゃんかよ。直斗にも見てもらおうぜ」
からかっているのが分かる松本の声。
「いやしかし、コレはイイな。なあ、俺にも一冊くれよ」
遠くから、井川の声が聞こえてきた。お前、クラスも違うのにHR直前にうちのクラスで何をやっていやがるんだ?
必死に松本から何か冊子のようなモノを取りかえして満足そうな岩月さん。そして、他のクラスメイトの元へと走っていった。皆、何かの冊子を数人単位で眺めている。どうやらその回収に必死のようだ。
岩月さんの視線が他のクラスメイトに行っている際に、僕の手に一冊の冊子が押しつけられた。
「何故か君に見られるのを一番イヤがっている節がある。だから、私は君にコレを見せようと思う。君用に特別に作った一冊だ。最後のページ以外でどれが一番良かったか、後で私に教えてくれたまえ。学園祭でやる大正喫茶の制服は、クラスメイトの人気投票で決めようと思っているんだよ。モデルはもちろん……、おっと、ここまでのようだ。君にはプレゼントしよう、それを。他の男子連中にとられたり、それで商売などしないようにしたまえよ。嫌われたくはないだろう、彼女に?」
時々よく分からない言葉遣いに変わる斉藤さんである。演劇部なだけはあるな。裏方という話ではあるが。
「よく分からないが、感謝しておこう、斉藤さん」
僕は押しつけられた冊子を、岩月さんにばれないようにカバンの中に押し込んだ。……押し込む必要もないほど、スペースが沢山あった。今日も相変わらず、教科書類は学校におきっぱなしだった。
「置き勉ばっかりしている君は、赤点確定だな。来年、君が進級できることを心より祈っているよ」
手をひらひら振りながら、自分の席に向かう斉藤さん。……マジで、進級出来るだろうか、僕は? 岩月さんを“先輩”だなんて呼びたくはないけど、このままでは彼女を“先輩”と呼ばなければならない可能性が高いな。
「神代君は……、見た?」
「何を?」
岩月さんが色々と回収を終わって、今度は僕に近付いてきた。そんな事を聞かれても、僕が教室に来てからは、教室の騒ぎ以外は見ていない。だから、自信を持って見ていないと答えられる。
「そう、ならいいんだけど」
岩月さんの目は半信半疑のようだ。ヤバいぞ、このままでは僕のカバンの中身を見られてしまう。
どうする、僕? 逃げられるか?
そんな時、救いの女神が教室にやって来た。
「おーっす、お前ら、何だか今日は騒がしいな。まあいい、席に着け、席に着かないと欠席扱いにするぞ。そして、席に着こうが着くまいが、神代は遅刻だ」
「先生は何が楽しくて僕をいじるんですか? もう、いじめも同然だと思うんですが、いかがでしょう?」
「……何でだろうな? 分かるなら教えてくれよ」
質問に質問で答えないでくださいよ。口には出せない、ヘタレな僕よ。
さて、昼休みになった。
学食で昼食をとった後、僕はトイレへと向かった。ある意味、学校では一番落ち着ける場所だ。いつも清掃がある程度行き届いているからな、この学校は。
トイレの個室に入り、鍵を閉める。
僕としてはこんな場所で昼休みを過ごしたくはないが、現状教室に戻るわけにもいかない。一人きりになれる場所など、学校という性質上、ほとんどない。空き教室に入るわけにもいかないし、帰宅部である僕には、部室を利用する事も出来ない。屋上とか、誰がいるか分からないからな。時々、岩月雪菜非公認ファンクラブが会合をやっているトカいないトカいう話である。よって、屋上にも近付けない。
その他諸々を考慮すると、最終的に選択肢として思い浮かべるのはトイレになるわけである。
トイレが一番落ち着く場所であるという事へのどうでもいい考察を終えた僕は、朝斉藤さんに手渡された冊子を開いた。
「マジかよ。僕にとってお宝じゃねえか」
つい、そうひとり言を呟いてしまうほどであった。
僅か十数ページの冊子である。手作り感満載である。しかし、今の僕には、好きな作家のラノベなど足元にも及ばない程の価値のある冊子へと変貌していた。
「やべえ、マジやべえ」
トイレの個室で呟いているなど、確かにマジでヤバい。が、今の僕はそんな事を気にしている余裕などなかった。
何故なら、その冊子には、岩月さんの袴姿が、何ページにも渡って載っていたのだから。
止まらないッ!! ページをめくる手が。まずは、一気に見る。そして、最後のページで、手が止まった。
そこには、大正時代の女学生を思わせる姿の岩月さんではなく、巫女服姿の岩月さん。どう違うのかは分からないけれど、普通の巫女服姿ではなかった。何と言えばいいんだろう? 盆や正月の時に神社でお守りとか売っている巫女さんが着るような衣装ではなく、神楽を舞ってる時に着ている、特別な巫女服のような服を着ていた。ナベあたりに説明を求めれば教えてくれそうだけど、この冊子を見たのが岩月さんにばれるのが怖いので、胸の内にしまっておこう。
しかし、何でこんな服まで着たのだろう? 僕としては、とても嬉しいけれどね……って、僕は巫女萌えではない。あえて、萌えなどという言葉を使うのなら、岩月さん萌えだ、僕は。
これは、この冊子は本当に僕だけにくれたのだろうか、斉藤さんは。分からないが、後で懇切丁寧に礼を言おう。岩月さんにばれないように。
まあ、巫女服姿の岩月さん(の写真)は、後でしっかり拝むとして、斉藤さんは、人気投票で決めると言っていたな、大正喫茶の制服。ここで僕が選ぶのは、どの制服が一番可愛いか、ではない。どの制服が一番岩月さんに似合うか、だ。他の接客係の女性陣には申し訳ないけれど、僕にとって一番大事なのは、岩月さんのコスプ……じゃなかった、岩月さんの制服姿だから。
しかし、大正時代の女学生が着ていそうな袴姿って、何パターンかあるんだな。近頃女性が着ている袴姿なんて、大学の卒業式とかの様子をテレビ中継しているのしか見た事なかったぞ。だからこそ、新鮮に感じられるのかもしれないな。
さあ、僕はどの岩月さん……、じゃなかった。どの制服を選ぼうか。出来れば、僕の選んだ制服にならないかなあ。
迷うなあ……。岩月さんはスタイルもいいし、弓道をやっているからか、姿勢もいい。はっきり言って、どれを着ても、似合うし着こなしているように見える。まあ、写真で判断しているだけなんだけどね。
「どれも、似合うんだよなあ……。そこが問題だ」
トイレで冊子のページをめくりながらひとり言を呟いている自分も問題だ。あまり悩み続けると、次の時間に影響を及ぼしてしまう。……次の授業は、何だったっけ? まあいい、忘れるくらいなんだから、どうって事はないだろう。
迷いに迷ったが、僕は上は紫の矢羽根柄のを選んだ。下の袴は、紫の無地に、所々桜の花が刺繍されているのを選んだ。やはり、桜の花が、(僕にとって)大事なポイントだ。そして、黒の編み上げブーツ。大正時代の女学生が編み上げブーツなんて履いていたかどうかなど、知った事ではない。大事なのは、岩月さんに似合うかどうかだ。
三枚目の写真が、ちょうどそれだった。もう、最高であった。
冊子の写真には①から⑫まで、ナンバーがつけられていたので、どれか一つを選んで斉藤さんに言えばいいのだろう。そう、僕は③を、選んだね。
だいぶ長くトイレに籠っていた気がする。トイレの個室に籠るだけでいじめられた小学生時代は、僕の黒歴史だ。……どうでもいい事を思い出してしまったな。
午後からの授業にギリギリ間に合うように教室に戻った僕は、斉藤さんに③を選んだことを報告した。
「やはり、神代君は③を選んだか……、しかし、やっぱり③が一番人気だねえ」
との返答を得た。
ふふふ、学園祭当日は僕好みの岩月さんが拝めるぜえ。
「じゃあ、次の文章の和訳を、神代」
「全く分かりません」
よく考えれば、昼休みに誰かのノートを写させてもらうつもりだったんだ。午後イチの授業が近藤先生の英語だって事を、すっかり忘れていた。
内申点って、どうなるんだろう……?




