第13話
「大正時代の女学生なら、袴だ!!」
教室の中でやたらと力説している男がいた。渡辺宗助である。通称、ナベ。渡辺姓の人間がつけられるあだ名は八割以上ナベだと信じている男がいる。それは、僕だ。
模擬店で出すメニューも決まったので、今度はどんな衣装にしようか、という話題になった。例の洋菓子店食べ歩きの翌日の事である。
朝、教室に入ると、少しげっそりしている岩月さんがいた。
「どうしたの?」
「体重計が、怖いです……」
どう怖いか、聞けなかった。きっと、「饅頭こわい」とは、違う意味で怖いのだろうな、とは思った。……何で、こんな古典落語か何かが頭の中をよぎったのだろうか?
ついでに言うと、僕も昨晩、体重計に乗ってみた。結果? 言いたくないね。僕ですら、体重計が怖くなったのだ。女性はもっと、体重計が怖くなるだろう。世の中には、どれだけ食っても太らない人種がいるという。羨ましくてしょうがないね。
それ以上、岩月さんには語りかけず(朝のHRの時間が近付いてきていた事もある)、自分の席に着いた。
二、三分程経っただろうか? 近藤先生が気怠そうに教室に入って来た。
「うーす、朝のHR始めるぞ。皆揃っているな? 神代だけ欠席、と」
「この頃、近藤先生が僕をいじれば笑いがとれると勘違いしている件について、小一時間ほど問い詰めたいのですが、よろしいですか?」
いつも僕をからかっているんだ。たまには僕がからかったっていいだろう。うん。
「二人っきりでか?」
「え?」
「二人っきりでと言うのなら、考えてやらんでもないぞ?」
「え? マジっすか?」
うーむ、見た目だけなら美人の近藤先生を小一時間問い詰める事が出来るのか? もしかして、それ以上の関係に逝っちゃったり(誤字にあらず)? アレだね、年上の女性教師に憧れるのは、男子高校生の特権だよね。もっとも、相手の女性教師は美人でなければならないけどね。
「ん? どうなんだ?」
「是非二人っきりで」
お願いします、と続けようとしたところで、後方の席で机を叩く音が聞こえた。それは、結構大きな音であったように感じられた。
何故か恐怖心を抱いて振り返ると、机に拳を叩きつけた格好の岩月さんがいた。否、いらっしゃった。敬語の使い方を間違えているかもしれないけど、気にしてはいけない。
「そういった、破廉恥なのは禁止です」
「「…………」」
僕と近藤先生が息をのむ音だけが聞こえた気がする。教室中が静まりかえったから、余計にその音だけが大きく聞こえたのかもしれない。
ダメだ。今の岩月さんに逆らってはいけない。僕と近藤先生は瞬時にアイコンタクトをかわした。もっとも、僕がそう思っただけで、近藤先生はどう思ったのかは知らないけれどね。
「ま、まあ、アレだ。冗談だ。気にするなよ、岩月」
「アハハ、近藤先生ってノリがいいからね。ま、まあ、近藤先生の言うとおり、冗談だから、冗談」
「本当に、冗談?」
「「イエス、オフコース」」
「息がピッタリですね」
ダメだ、話を、話の流れを変えなくては……ッ!!
さあ、頭をフル回転させる時は今ッ!! 生き延びるために、腐りかけた脳細胞よ、今こそ活性化の時ッ!!
……どうする、どうすればいい? どうすれば話をそらす事が出来るんだッ!?
救いを求めるように、近藤先生に視線を送っても、顔をそらされた。ちくしょうッ、大人は分かってくれないッ!!
ええい、ままよッ!!
「そ、そうだ、学園祭の模擬店の衣装について、考えようッ!!」
誰か、助けてください!!
「そういや、はっきりとは決まっていなかったな。何にするんだ?」
「大正時代の学生の格好をするんだろう? どんな格好をすればいいんだ?」
よかった、クラスメイトもきっと、この空気に耐えられなかったに違いない。話題をそらす事が出来たぞ!! 貴女は何で、露骨に「チッ」なんて、舌打ちしているんですか、近藤先生? 僕の不幸を楽しんでいただけだな?
今日は一時間目が近藤先生の授業だという事もあり、そのままHRの延長戦となった。
そして、冒頭のナベのセリフへと繋がるのである。
「袴か。セーラー服とかは?」
「それは、元来男が着るモノだ」
ナベのセリフに、男連中が押し黙った。きっと、セーラー服は男が着るモノだと言われ、スカートをはいた自分を思い描いたに違いない……オェッ!!
「まあいい。大正時代の女学生は袴だと言ったな、ナベ。弓道着とか、巫女装束ではダメなのか?」
だいぶ、僕の好みが出ているが、気にしたら負けだ。弓道着姿の岩月さんは、それはイイ。岩月さんの洋服姿もいいが、和装の方が似合う気がする。……私服姿は、見た事ないんだけどね。
「弓道着など、誰か特定の女性をさしているとしか、思えんな。貴様の趣味嗜好などどうでもいい。巫女装束など、お前みたいな巫女萌えなどと常日頃言っているような奴でないと、喜ばんだろうが」
「待て、僕は巫女萌えなどと常日頃言ってなどいないぞ、謝罪して訂正しろ」
これ以上、僕がおかしな奴だと岩月さんに思われたくない。
「か、神代君は、巫女萌え……と」
岩月さん、貴女何をメモっているんですかぁ!?
「何で、私はこのクラスの副担任やっているんだろうな……。だいたい、三嶋先生が本来HRやらないといけない筈なのに。あの勤務態度はどうかと思うよ、うん」
知らないよ、そんなの。近頃僕の周りがおかしいのは、貴女のせいでもあるんだよ、近藤先生!!
そして、最終的にはナベがネットで見つけてきた画像をもとに袴を調達してくる事に決まった。大正喫茶で当時の女学生が着ていそうな袴である。何故か男子陣は執事服になった。解せぬ。
「任せて。親戚が貸衣装屋をやっているから。きっと、タダで借りられるから。接客担当のメンバー用にサイズだって仕立て直してみせるわ。うふふ、腕が鳴るわあ……」
演劇部で衣装係もやっているという、斉藤さんが猫のように目を細めていた。腕をポキポキ鳴らしている。ちなみに男子陣は、サイズが合いそうな奴らで着回しになった。男女差、酷いな。
放課後になった。
今日は、久しぶりにギターの練習をしよう。……岩月さん、見に来てくれないかな。
二時間経っても、三時間経っても、岩月さんは姿を現さなかった。
近藤先生に下校の挨拶をしてから、トボトボと家路についた。……バンドの練習を忘れていたのに気付いたのは、日付が変わる頃だった。
明日、皆に謝ろう。
――――※※※――――
「参ったよ、本当に……」
思い出すのは、放課後の狂乱のひと時。
斉藤さんに連れて行かれた貸衣装屋で、採寸までされて、着せ替え人形にされてしまった。まあ、私一人じゃなかったのは幸いだけど。何だろう、斉藤さんって猫っぽい人だとは思っていたけど、着せ替え人形状態の私を見る目が、獲物を狙う目をしていたように感じた。ちょっと、怖かった。
『アハハハハ、ゲホッ』
むせるまで笑わないでくれるかな?
『でも、何でそんなに何着も着たの?』
確かに、よく考えたら、渡辺君がネットで拾ってきた画像だって、数パターンしかなかった。何であんなに着替えさせられたんだろう? 写真まで撮って。
「一番似合いそうなのを選ぶんだって言っていたけど……」
『で、巫女服は着たの?』
飲みかけのコーヒーを噴き出してしまった。よかった、机の上に宿題広げてなくて。
「あ、茜……、な、何で、私が巫女服を着たの、シッテイルノ?」
最後がカタコトの日本語みたいになってしまった。かなり、動揺しているのが、自分でも分かる。
『やっぱり……。どうせ、神代君が巫女萌えだとか聞いて、彼の前で着てみたらどんな反応を示すかな、とか考えて着てみたんでしょうが』
す、鋭い……。流石、親友と言うべきだろうか?
「うん、まあ、そうなんだけどね」
『まあ、彼ならきっと、雪菜がどんな服装をしていても、コスプレっぽければ、デレデレするわよ』
そうかな?
『そういえば朝、神代君と近藤先生が楽しげに会話をしているのを、物凄い形相で止めたって話を聞いたけど……』
「ああ、うん……」
朝の事をかいつまんで茜に説明した。
『やっぱり、雪菜は神代君の事、だいぶ気になっているんだよ。好きなの?』
「まだ、はっきりとは分からないけど……」
気になっているのは、事実かなあ?
『神代君は、絶対に雪菜に好意を抱いていると思うけどね。でも、彼は自分が女の子にモテるとは考えた事がないんでしょうね。たぶん、誰が見ても雪菜が彼に好意を抱いているって分かっていても、彼は雪菜が自分に好意を抱いているとは、考えないんじゃないかなあ? 鈍感っぽいし』
あり得るなあ。
その後は適当に話をして、日課の茜との電話を終えた。
予習復習をしっかりとして、ベッドに潜り込んだ。
神代君は、どのタイプの袴姿が好みなんだろう? そんな事を考えながら、眠りについた。
「おやすみ、神代君」
何故、この場に居るはずのない彼におやすみなどと言ったのか、自分でも分からぬまま。




