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第9話

 土日の連休はみっちりバンドの練習をして過ごした。夏休み前には学園祭で演奏する楽曲も決めていたので、もう楽譜を見なくても弾けるくらいだ。


「でも、まあ、問題はやっぱり直斗だよなあ」


 日曜日、昼食をとりながら、問題点があるかどうかの話し合いをしている時、ボーカルの井川が挙げた問題点は、僕だった。


「僕? そんなに問題があるか? ほぼ完璧。ミスらしいミスもしていないじゃないか」


 答える僕の声も、ずいぶんと不満たらたらな感じがしたに違いない。僕だってここまで練習をこなしてきて、だいぶ上手くなった自負がある。女の子にモテたい、そういう不純な動機で始めたギターだったけど、真面目に練習をしてきたんだ。技術的にも学園祭で演奏するくらいのレベルなら問題は無い筈だ。井川達が本気でプロを目指すというなら、流石に邪魔になりかねないレベルではあるけれど。こいつら、上手いんだよなあ。レベルの差は、正直言って感じる。いつかは、僕以外のメンバーを入れてちゃんとした形でバンドを組むかもしれないな。


「直斗、お前の腕には不満はねえよ。学園祭でやるレベルでは、な」


 井川が認めてくれた。ま、これで自他共に学園祭で演奏する分には十分なレベルだという事だ。


「問題はそこじゃねえ。いいか、直斗。俺たちが心配しているのは、お前が本番で通常の精神状態を発揮できるかどうかなんだ」


「どういう事?」


 ベースの岡野が問いかけてくる。こいつ、軽い絶対音感を持っている癖に、僕の練習にもだいぶ付き合ってくれたからな。感謝しなければならない所が、沢山ある。何と言っても、僕と岩月さんの接点を作ってくれたのは、彼が楽曲を聞いて楽譜を書いてくれたからだからな。まあ、後は僕の必死の練習の賜物だけれど。


「まあ、たぶん、アレだ。結構、女の子が身に来るぞ、俺たちのバンド。それだけ注目度が高いんだ、俺たち」


「一応自覚はしているのか」


 まあ、僕以外のバンドのメンバーはイケメンだ。顔だけ見たら、そこら辺のアイドルグループにだって引けはとらないだろう。顔だけ見れば。だからこそ、女の子人気は高い。故に女の子が沢山見に来るのは間違いないだろう。


「つまり、僕が女の子に注目されてあがった挙句、ミスをしないか心配だ、と?」


「ギターはボーカル並に注目されるからな、そこら辺は仕方ないだろう」


 ドラムの松本が僕をかばうかのような発言をした。


「立ち位置を変えれば問題なくねえ? そうだな、本来の僕の立ち位置に松本《ドラム》を持ってくるのは?」


「ボーカルの真横にドラムがいるバンドなんて、聞いた事ねえよ」


 そりゃそうだろう。僕だって聞いた事はない。


「まあ、大丈夫だろう。どうせ、女の子たちはお前らを見に来るんだから。俺の事なんて見に来る子はいねえよ」


「雪菜ちゃんはどうよ?」


「岩月さん?」


 どうだろうか、学園祭本番、彼女は生徒会長としても忙しいだろうし、クラスの出し物である大正喫茶(未だどんな形になるのか、はっきりとしていない)の方でも大忙しだろう。彼女がいるかいないかで、来客数が大きく変わるだろうから。


「雪菜ちゃんがもし、お前を見に来た場合、お前、いつものようにギターを弾けるか?」


 松本にそう言われて、想像してみる。他の女の子が全員、僕以外のバンドメンバーを見ている中、彼女だけが、岩月さんだけが僕の方を見ているのを。そう、何故かその時の岩月さんはメイド服だったけれど。


「……いや、マジでイケる」


「何が?」


 妄想で岩月さんにメイド服を着せたところを想像してイケると思った事が、口に出ていたらしい。いや、確かにメイド服姿の岩月さんはイケる。


「いやいや、こっちの話。でも、大丈夫、岩月さんが見に来ても」


「ホントか? 絶対か?」


「むしろ、岩月さんに僕のカッコイイところを見せたい。いつもより上手くギターを弾ける自信がある」


 そう、自信だけならある。実際に出来るかどうかなんて、知ったこっちゃないね。


「ふうん、まあ、直斗がそう言うなら、それでいいけどな」




 昼食を食べ終えてからも、みっちり練習だ。学園祭後に控える学期末テスト? 知らんな、そんなモノは。

 今はもう、夕食の時間だ。こういう日は井川の両親が夕食を作ってくれたりするので、財布には優しい。

 井川の母親が作ってくれたカレーライスを頬張りながら、何でもない会話を繰り返す。いつもいつも音楽の話題ではない。まあ、高校生だからな。


「それにしても、直斗が結構雪菜ちゃんと仲良くなるとは思わなかったなあ。きっかけは何よ、きっかけは?」


 カレーを一口、飲み干した後に岡野が僕に問いかけてきた。どうやって岩月さんと会話をするようになったか、だ。

 岩月さんは元来社交的ではあるから、僕だってそれまで挨拶や事務的な会話くらいはした事がある。でも、同じクラスになって半年間、まともな会話などした事がなかったのだから、違うクラスの岡野が気になったとしても、おかしくはあるまい。


「あー、うん、なんて言えばいいかな。とりあえず、岡野には感謝だな」


「俺に?」


 おいおい、全然わかりませんなんて表情《カオ》しないでくれませんかねえ?


「ほら、以前楽譜を書いてくれ、って何曲かお願いしたじゃん」


「おお、あったな、確かに。俺を便利屋扱いしやがってよ」


 口調程に怒っていないのが分かるよ、岡野。


「でさ、それをバンドの練習まで時間に余裕があったから、夕暮れの教室で最近練習してたのよ。あのあたりの教室、部活で残る奴らはいないし、近藤先生にお願いして使わせてもらっていたんだ」


「ほほう」


「まあ、一人で練習していたのは、見られるのが恥ずかしかったからなんだけどな。それを、バッチリ見られていたのよ、岩月さんに。弾きはじめの頃から、一曲何とか弾けるようになるまでの二週間」


 今考えれば、二週間ばっちり見られていたのは恥ずかしいな。もっとも、毎日最初から最後まで見ていたわけじゃないとは言われたけれども。


「ほほう」


「で、一曲まともに弾けるようになった頃、声かけられたってワケ。そこからかな、ある程度話すようになったのは」


「家まで送るようになったのも?」


 ……そう言えば、松本には見られたんだっけ。


「そうだよ、彼女くらいの美人を一人で帰らせるのは心配だったからさ」


 この頃、色んなニュースがあるからなあ。


「嘘付け、本当はもっとお近づきになりたくて送っていこうって言いだしたんだろうが」


「まったくもってその通りでございます」


 いや、反論のしようがない。そういう考えがなかったなど、口が裂けても言えそうにない。「駅まで送るよ、家まで送るよ」、たった、それだけのセリフを言う為に、僕がどれだけ躊躇ったかなど、こいつらにはきっと、分からないだろう。


「しっかしなあ、あの岩月雪菜が直斗と仲良くなるなんてねえ……、世界は謎に満ちているわあ」


「悪かったな、僕程度の人間が岩月さんと仲良くなって」


 何だか今の僕は優越感に満ちていた。どうせこいつらは遠くから「雪菜ちゃんってさあ」くらいしか言えない人間なのだ。僕は直接会話が出来るんだぜ?


「俺、去年告ったのになあ」


「マジで? で、どうだったのよ井川?」


「振られた。貴方の事をよく知らないので、お友達から始めましょう、って。で、今も単なるお友達どまり。まあ、同じクラスだったからな、去年。今でも顔を合わせれば時々会話はするよ」


 僕の優越感は数秒しか長続きしなかった。


「まあ、女は他にもいるし、俺はフラれてもどうって事はないけどな」


 クソッ、イケメンが!! 僕の場合、もし岩月さんに告ってフラれたら衝撃がデカすぎるから、告れないんだぞ!!


「まあ、これからは直斗の恋路を面白おかしく見つめるとしますかね」


「ああ、他人の不幸は蜜の味って言うからな。直斗が振られでもしたら、盛大にパーティーでもしようぜ!!」


「上手く行ったら、お前らを結びつけた楽譜代を請求するか。一曲十万でいいだろ」


「そんなに払えるワケねえだろ!!」




 井川の家を辞してから、自宅へと戻る。もう少しで、十時だ。

 その時、ふいに気になって、岩月さんにメールを送ってみた。


『学園祭、ライブの時、見に来てくれますか?』


 僕は、やっぱり女々しいのだろうか? 不安でたまらないのかもしれない。

 駅まで辿り着き、電車に乗って空いている席に腰を落ち着かせた頃、返信のメールが着た。


『絶対見に行くね。楽しみにしています!!』


 たったそれだけの短い文面。それでも僕の心は温かくなったのだ。

 電車に乗っている最中、ニヤつく頬を抑えるのに、必死だった。




 もう少しで、月曜日だ。

 憂鬱だった。今までは。

 でも、今は違う。これからの学校生活は、決してバラ色ではないけれど、それでも、灰色ではないだろう。

 何と言っても、学校に行けばあの女性《ひと》の笑顔が見られるのだから。
















 日付が変わった頃、連休の宿題を一切していない事に、ようやく気付いたのだった。

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