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序章

 いつからだろう、この時間帯にギターの音色を聞くのが日課になったのは。

 もうすぐ、学園祭だ。生徒会長になんてなってしまったせいで毎日帰るのが遅くなっているというのに。

 それでも、このギターの音色を聞かないとなんだか一日が終わった気がしないのだ。学校での一日が。

 もうすぐ、秋の夕陽が沈む。ああ、この音色とも今日はもうすぐお別れだ。


「よし、今日は一曲最後まで通してみよう」


 彼の言葉が聞こえてくる。

 たどたどしいギターの音色も今日は少し、スムーズだ。多少のミスはあるけれど、もうすぐで曲が終わるという所まで来た。上手くもないが下手でもない歌もついでに聞えてくる。以前に車のCMか何かで聞いた事がある曲だ。

 そして、一曲終わった。大きなミスもなく曲を弾ききったようだ。


「やった、やった、一曲何とか弾ききる事が出来た……!!」


 嬉しそうな彼の声に、私はつい、拍手をしてしまった。


「だ、誰かいるの……?」


 彼としてはもしかして、誰も聞いている人間がいないとでも思っていたのだろうか?


「あはは、ごめん、でも、上手くなったよね。二週間前はほとんど弾けない状態だったのにさ」


 私は教室のドアの陰から顔を出した。


岩月いわつき……生徒会長?」


「クラスメイトなんだから、出来れば生徒会長の肩書では呼んで欲しくない、かな? 神代かみしろ直斗なおと君」


 これが、クラスメイトでありながら挨拶以外でたぶん初めて彼とかわした会話だったと思う。






――――※※※――――




 初めて夕方の校舎で彼を見たのは、二週間前だった。生徒会での仕事を終えて、忘れ物に気付いた私は、他の役員に先に帰るように伝えて自分の教室に戻っているところだった。

 明らかに挙動不審だった。あたりをきょろきょろと見まわしてから、教室に入る彼、神代直斗。

 特に目立つでもない彼を覚えているのは、ただ単にクラスメイトだったからと言ってもおかしくはないだろう。顔がいいわけでもない、成績だってずば抜けているわけでも、赤点たっぷりと言うワケでもない、運動神経が悪いわけでもなく、いいわけでもない。クラス内での立ち位置も、悪い場所にいるわけではない。

 何かの部活に在籍しているわけでもない(もしかして知らないだけで、何かの部活に在籍しているのかもしれないが)彼がこの時間帯に校舎にいるなど少し信じられなかった。

 挙動不審な彼を見て、教室内で女子生徒の私物をあさっていたりしたらどうしようか、そう考えて少し彼を見張る事にした。

 何故か教室の扉は開けっ放しである。少しだけ扉の外から軽く顔を出してみたが、気付いていないようだ。

 彼は窓際の彼の席に座り、ギターケースの中からアコースティックギターをとりだした。

 そして、つっかえつっかえ曲を奏で始めた。はっきり言って下手だ。楽器には疎い私でも分かるくらい下手だ。

 でも、真剣だった。

 夕陽のさしこむ教室で彼が奏でるアコースティックギターの音色は私をとらえて離さなかった。違うかな、あの真剣な表情が私の心をとらえたのかもしれない。

 少しだけ聞いていると、私の足が音を立てたようだ。


「誰?」


 気付かれた? なんだかギターの音を聞いていました、と言うのも恥ずかしくなった私は隣の教室に逃げ込み、しゃがみ込んだ。何で逃げないといけないのだろう?


「誰もいない、か……。練習しているのを見られるのは恥ずかしいんだよな……」


 どうやら、廊下を確認しに出てきたらしい。ひとり言も恥ずかしいと思うよ、神代君。

 隣の教室に逃げ込んだ私に気付かずに神代君はまた教室内に引っ込み、ギターの練習を再開した。

 結局その日は彼がギターの練習を終えるまで(副担任が呼びに来るまで)待ち、忘れ物をとってから家路についた。

 ずいぶん遅くなったけど、何故か悪い気はしなかった。


 彼がバンドを組み、学園祭に出る予定だという事を知ったのは翌日の事だった。だから、個人練習でもしていたのかもしれない。ただ、彼以外のバンドメンバーがイケメンとして名高い生徒ばかりだったのは、何故だろう? 

 きっと、神代君も女の子にモテたいという理由でギターを始めたのかもしれないな。


 彼の個人練習(?)は続き、何故か私はそれを生徒会の用事やら学園祭の準備を終えた後に聞くのが日課になってしまった。少しずつ上達していくのを聞いていると、案外嬉しかったりする。

 でも、この関係も学園祭が終わったら終わりかな? そう思うと、少し切なくなる。

 学園祭が終わったら、彼と話をしてみようかな? もしかしたら、面白い人かもしれないし。

 クラスメイトでありながらよく知らない彼との未来の会話に胸躍らせる自分がいた事に驚きながらも、私は毎日の夕方が楽しみで仕方なくなるのだった。


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