(競作) 痩身を求めた死神
というわけで始まりました、競作第四弾!
今回のお題は『カメラ(ビデオカメラも可)』
過去最高の参加者数となった今回の競作、いつもより気合を入れて書かせていただきました!
それでは、ごゆっくりとお楽しみ下さい。
壬生谷優作のテンションは最高潮だった。
「は、ははっ! 神だ! ぼ、僕は神になったんだ!」
興奮した口調で、優作は薄汚れたポラロイドカメラを高々と天に掲げた……。
優作はこの日、本気で自殺を考えていた。
自殺を思った原因は、通っている高校での優作に対する執拗ないじめだった。
丸々と太った身体、すぐにどもってしまう口調、そして何より挙動不審なオドオドとした優作の態度は、いじめの対象としては正にうってつけだった。
(もう、もう耐えられない……クソックソッ! 何もしてないのに! 僕は何も悪いことしてないのに!)
何故自分が死ななければならないのか? でももう耐えられない……そんな葛藤を抱えながら飛び降りるのに丁度いい建物を探して、優作はフラフラと街を彷徨っていた。
「もしも~し、そこのおにいさん♪」
するとそんな優作を可愛らしい声が呼び止める。
普段女性から声を掛けられることなど皆無に等しい優作は、その声に反射的に振り向いてしまう。
すると声のした先に、怪しげな骨董品を道端に広げた、ベレー帽を被った小学生ほどの小さな少女がニコニコと手を振り、優作の方を見ながら座っていた。
「あ、え、えっと……ぼ、僕のことかな?」
普段は女性と目も合わせることもできず、どもってしまう優作だが、相手が小さな女の子とわかり、多少はまともな喋りができる。
「ですです~♪ おにいさん、何か悩んでますよね~」
「え、あ、そ、そんなことは……」
「いじめ……ですよね」
「!?」
コロコロと可愛らしい笑みを浮かべながら、優作の心中を的確に当てた少女に、優作は驚きの表情を見せる。
「なんで……それを」
他人に知られたくないところを突かれ、優作の全身から嫌な汗が噴き出し、キョロキョロと目が泳ぐ。
「えへへ~、女の勘ってやつですよ♪」
何を考えているのかわからない少女のその笑顔を見て、優作は更にオドオドとしてしまう。
「あの、その、えっと……」
「なんと今日は、そんなおにいさんにうってつけの商品がありますよ~!」
モゴモゴと挙動不審に喋る優作の言葉を遮り、少女は並んでいる骨董品の一つを手に取り、優作の目の前に差し出す。
「これは……カ、カメラ?」
優作の前に差し出されたもの……それはあちこちが煤け、薄汚れたポラロイドカメラだった。
「はいです! でもこのカメラただのカメラじゃないんですよ……その名も、ダイエットカメラなのです!」
「ダイエット……カメラ?」
これでもかというほど胡散臭い名前のカメラに優作は表情を曇らせる。
これはもしかして新手の押売セールスなのでは? と優作は警戒を強める。
「あぁ、そ、そんな身構えないで下さいよ~。別に悪徳セールスとかじゃないですから~」
ブンブンと両手を振りながら困った顔をする少女を見て、優作の警戒心が少しだけ緩む。
「とりあえずこのカメラの説明をしますね! 買うかどうかはそれで決めるということで♪」
まだ全ての警戒心が解けていない優作だったが、その言葉を聞いてとりあえず優作は話だけでも聞いてみることにしたのだった……。
「なんとこのカメラ……」
………………。
次の日、優作はいつものように教室で一人、モソモソと昼食を食べていた。
今日は天気もいいので皆、外に昼食を食べに行ってしまったおかげで、教室にはまばらにしか人がいない。
(人が少ないと落ち着くな……)
すると、そんなことを考えていた優作の背中に突然、もの凄い衝撃が走る。
「ギャッ!」
突然の出来事に優作は机ごと前に倒れこんでしまう。
『バターーン!』
その拍子に食べていた弁当箱が机から落ち、弁当は中身をぶちまけながら教室の床を転がっていく。
「ギャッハッハっハ! ギャッだってよ! 相変わらずデブ谷はいいリアクションするよな~!」
痛む背中を押さえながら後ろを振り返ると、何かにつけていつも優作に絡むいじめの主犯、山本が前蹴りの体制をしながらニヤついた顔で立っていた。
そして山本といつも一緒にいる取巻き連中も、そんな優作を見てゲラゲラと笑っていた。
「いやぁ、いいストレス発散になったわ! ありがとなデブ谷! あぁ、それとその弁当……いや餌か! ちゃ~んと次の授業までには拾っとけよ。汚ねぇから!」
山本は優作にそう吐き捨てると「ひっで~」と、笑う取巻きを連れて教室から去っていく。
そんな山本の背中を睨みながら、優作は遂に我慢できずにカバンから昨日買ったポラロイドカメラを取り出す。
(今なら人もそんなにいないし……いける!)
優作が山本に絡まれるなど、クラスの人間にとっては日常の光景になっている為、あれだけのことがあったにも関わらず、もう誰も優作のことなど見ていない。
その隙を見て、優作は去っていく山本の背中に向かってシャッターを切る。
『パシャッ』
シャッター音を確認すると、優作は散らかった机や弁当をそのままにし、急いでトイレに向かう。
(あの野郎、あの野郎! やってやる! 畜生、やってやるぞ!!)
持て余すほどの山本への殺意を胸に抱きながら、優作はトイレの一番奥の個室に飛び込む。
「昨日のあの子の言うことが本当なら……」
ビーッという音とともに、先ほど撮った山本の後姿が写った写真が、ポラロイドカメラからゆっくりと吐き出される。
優作はその写真を引っこ抜くように取ると、昨日父親の部屋からくすねてきたライターを制服のポケットから取り出す。
「お願いします……お願いします……。どうかあいつを、山本を殺して下さいっ!」
半べそをかきながら優作は、山本の写真にライターで火を点ける。
独特の匂いを放ちながらパチパチと燃える山本の写真。
「う、うわぁぁぁっ! 山本っ!?」
突然聞こえる大声に優作はビクッと肩を震わせる。
(……これってもしかして!?)
優作は真実を確認するため急いでトイレの個室から出て、声のしたほうへ向かう。
すると山本の教室の前には騒然とした同級生たちで、沢山の人だかりができていた。
「おい、なんだよあれ!」
「わかんないわよ! いきなり山本君が燃えて……!」
「山本! 山本!」
思い思いに喚く人だかりを何とかすり抜け、優作は教室の中を覗く。
「!?」
優作の目に飛び込んできたもの……それは教室の中心で声にならない悲鳴をあげ、真っ赤な炎を纏いながら、顔を押さえて床を転がり回る山本の姿だった。
「お前らどけ! どきなさい!」
切羽詰ったような怒鳴り声が聞こえ、優作は振り返る。
すると、後ろから消火器を持った教師陣達が、野次馬している生徒達を押し退けながら現れ、教室に入ると持っていた消火器を山本に向けて噴射する。
『シュゥゥゥッ!』
白い煙と共に山本の身体から赤い炎が消えていく。
……それと同時に髪の毛と、肉の焦げた匂いが辺りに充満する。
「おぇぇ……」
その匂いを嗅いで数人の生徒は口を押さえ、たまらずその場を離れる。
そんな生徒たちを尻目に優作は目の前に転がっている消火液まみれの山本を呆けた顔で見ていた。
全身黒焦げになった山本は、身体のあちこちからプスプスと音をたて、時折「あ……うぅ……」と、しわがれた呻き声を漏らしながら痙攣を繰り返している。
山本がもう助からないことは、誰の目に見ても明らかだった……。
(本当に、本当に写真に写った人間にしたことが、現実の本人の身に起きた……)
昨日の少女の説明を思いだし、優作はたまらずその場から駆けだす。
(やった……やった! 本当に!!)
一気に体育館の裏まで走り、はぁはぁと肩で息をしながら周りに誰もいないこと確認すると、優作は高らかに叫んだ。
「は、ははっ! 神だ! ぼ、僕は神になったんだ!!」
興奮した口調で、優作は薄汚れたポラロイドカメラを高々と天に掲げた……。
……………………。
興奮冷めやらぬまま家に帰ると、優作は真っ直ぐ洗面所に向かい、恐る恐る体重計に乗る。
「ホ、ホントだ! ホントに体重が減ってる!」
嬉しさのあまり優作は大声を上げてしまう。
それはこのカメラのもう一つの効果……ダイエットカメラという名の由縁であった。
「こ、殺した数だけ体重が減る! 正に僕のためにあるようなカ、カメラじゃないか!」
優作はこのカメラをたった二千円で売ってくれた昨日の少女に、心の中で深く感謝する。
(話を聞いたときはどうせ二千円だしダメ元でと思ったけど……最高だ! 最高だよ!)
優作はポラロイドカメラを最愛の彼女のように優しく撫でる。
「こ、これでもう僕に怖いものはない! だ、だってぼ、僕は……神になったんだから!」
優作はこの日、確かに神になった。
死神という名の神に……。
………………。
それから優作は実に二十人以上の人間をそのカメラの餌食にした。
ある者は写真をシュレッダーに放り込まれ、またある者の写真は五体バラバラに鋏で切り刻まれた。
殺した人数が十人を越えた辺りからは、殺される理由は次第に小さく、くだらないものになっていき、肩がぶつかったというだけで写真に写った全身を裁縫針で百箇所以上貫かれた者もいた。
そうやって人を惨殺する度、優作の体重は減っていき、ポッコリと出っ張っていた腹は凹み、遂には空腹すら感じない身体になった。
「ははは! 僕は神だ! 僕を笑った奴も、僕を馬鹿にしてきた奴もみんな、みんな……僕の思いのまま……あは、あははははっ!」
以前とは別人のようにやせ細った優作が高らかに笑う。
そこに気弱で臆病だった優作の姿はどこにもなく、狂気を滲ませたその顔は、正に死神そのものと化していた。
……だがその数日後、痩身と快楽を求め続けた死神は、自宅で変死体となって発見されるのだった。
………………。
「滝川さん! 例の少年の検死結果報告、ここに置いておきますね!」
給湯室でコーヒーを入れている滝川の耳に、部下の畠山の声が響く。
「おう、ありがとよ」
淹れたてのコーヒーをすすりながら、滝川は自分の席に座り、畠山が置いていった『壬生谷優作』の検死結果報告書を手に取る。
「ったく……これで今月、何人この街で死んだんだ? この街には人喰い鬼でも住み着いてんのか……」
報告書をペラペラとめくりながら、滝川は椅子の背もたれに寄りかかる。
「! おいおい……この仏さん、この状態でどうやって今まで生きてたんだ……」
ありえない報告が書かれた項目を見つけ、滝川は顔をしかめる。
「そうか……。数日前の写真とだいぶ見てくれが変わっちまってたのは、こういうことか……」
滝川はコーヒーをすすりながら、深い溜息を吐いた……。
『検死結果報告
死因:両肺の欠損(片方の肺は完全に損失)による窒息死。
備考:また肺のほか、腎臓片方完全損失。残った腎臓も一部欠損。肝臓・膵臓・胃は完全に損失。その他大腸などの臓器も一部欠損。
尚、死因・備考ともに欠損・損失の原因は不明。現在調査中である。 以上』
………………。
そしてこの街の片隅でまた一人……新たな生贄が選ばれる。
ベレー帽を被った少女の手には薄汚れたポラロイドカメラ……。
「もしも~し、そこのおにいさん♪」
立ち止まりゆっくりと少女の方を振り向く青年。
そんな青年に少女は言葉を弾ませながら、手に持ったポラロイドカメラの説明を始める。
「なんとこのカメラ! カメラを使って殺した数だけおにいさんの『体重』が減っていく、ダイエットカメラなのですよ♪」
ニヤァっと……少女の口元が不気味に歪んだ……。
如何でしたでしょうか?
因果応報……やはりこの世にそうそう上手い話はないということですね。人を殺すたびに、自分の臓器が失われていく……。ダイエットはやはり健康的に行うのが一番です(笑)
なお、今回は第一回競作で登場した鬼っ子少女を、作者の独断と偏見と趣味で登場させていただきました(汗