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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
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竜狩り姫

 虫竜の触手に貫かれたユーリ騎は動きを停止している。

 突き出したバンカーの穂先は、赤い虫竜には僅かに届いていない。


 しかし。

 それで十分だ。


 ユーリは右手に意識を集中し、竜騎兵の指を動かしてバンカーのトリガーを引いた。

 機関部の撃鉄が弾かれ、硬い金属音と共に炸薬シリンダーの底部を叩く。

 一瞬だけ嘘のように静まり返っていた森に、強烈な爆音が響き渡った。

 爆ぜる炸薬。その勢いが鋼鉄の穂先を押し出す。

 虫竜との間に僅かに開いた距離は、そのひと押しで埋まった。


 鋼鉄製の穂先が赤い虫竜の背を覆う外殻を貫く。

 先端は内部の肉に届き、筋繊維を切り裂きながらさらに深く抉れ込む。

 通常のバンカーならばその辺りで穂先が伸びきり、止まってしまう。

 だがユーリ騎のバンカーは、飛び出した穂先を止めるためのロック機構を持たない。

 つまり、撃ち込んだ穂先はそのままバリスタの鉄杭のごとく射出されるのだ。


 続いて穂先の下に開けられた噴射口から、機関部より溢れだした爆炎が放出される。

 超高熱の炎とガスが虫竜の外殻と筋繊維、さらにその奥にある内臓組織を容赦なく焼き尽くし、一瞬で沸騰した虫竜の体液は蒸気となって傷口から噴き出した。


 凄まじい貫通力を持ったバンカーの穂先は虫竜の体を貫通し、下に隠れた地虫竜(ワーム)の肉体をも引き裂き始める。

 本来ならその部位は虫竜のそれとは比較にならないほど硬い外殻に覆われているはずだったが、今は違う。何らかの原因で外殻は砕かれており、竜核を包む柔らかい肉がむき出しになっている状態だ。

 そんなものは研ぎ澄まされた鋼鉄の穂先にとって、(わら)で編まれた鎧に等しい。


 不意に、ガラスの塊を砕いたような音が辺りに響き渡る。

 それは優秀な竜騎兵乗りならば何度も耳にする聞き慣れた音。

 竜核が割れた音だ。

 同時に、地虫竜(ワーム)の巨体が大きく痙攣(けいれん)する。

 巨木のように雄々しく威圧的にそびえ立っていた地虫竜(ワーム)の体は一瞬にしてその制御を失い、放りだされた縄と見紛うほどに脱力し崩れ落ちていく。

 頭を切断され、竜核も砕かれた竜に待っているのは、完全な死のみだ。

 竜核を失った地虫竜(ワーム)の肉体はやがて組織崩壊を始め、土に還るだろう。


 一方、射出式バンカーの一撃と爆炎によって大きなダメージを負った虫竜は、それでもまだ死んでおらず、制御不能になった地虫竜(ワーム)の体を離れて逃げようともがいている。

 尻尾を絡ませてバンカーの穂先を引き抜くと、それまでむき出しになった地虫竜(ワーム)の尻をがっしりと抱え込んでいた八本の脚を開いて跳躍を試みようとする。


 が、それも不意にかけられた凄まじい重量によって阻止される。

 ユーリ騎が自らに刺さった二本の触手を両手で掴み、自由落下していく自騎の重さを全て虫竜にかけたのだ。

 恐ろしく強靭な虫竜の触手は根元から引き千切られ、不安定な足場で跳躍寸前に重量をかけられた虫竜はバランスを崩し、ユーリ騎同様にそのまま落下していく。


 地響きと共に先に着地したのはユーリ騎。

 すぐさま前方へと駆けだし、落下寸前の虫竜に両手で組み付き、そのまま倒れ込むように自騎ごと地面に叩き付けた。


 もはやユーリ騎に武器はない。装甲もほとんど剝れ落ちている。

 それでもまだ、竜騎兵は戦える。

 虫竜の背面にのしかかったユーリ騎は、先ほどバンカーの一撃を受けて大きく裂けた外殻に両手を突き込み、力任せに引き裂いた。

 爆炎でずたずたになった虫竜の内部には、生々しく(うごめ)く他の内臓器官とは全く違う、宝石のように輝く竜核が埋まっていた。


 ユーリ騎はその竜核をわし掴みにし、虫竜の体内から引きずり出す。

 筋繊維と血管が千切れる不快な音を立てながら、やがてそれは虫竜の体から完全に分離されて、その機能を停止した。


 死んだ。

 そう思ったのも束の間。


 虫竜の竜核を掴んだユーリ騎の右腕、その肘関節から先が、突如として消え失せた。

 続いて左腕が、肩口からすっぱりと切断されて落ちる。

 何が起こったのか、ユーリはすぐに理解することができない。

 ユーリの両手は、自騎の両手が切断される感覚を共有したことで脳および神経が錯誤を起こし、動かすことができなくなっていた。


 後を追ってきたカーラとサイラスの目に、両腕を斬り飛ばされたユーリ騎の姿が飛び込んでくる。

『ユーリ!』

 すぐに駆け寄ろうとするカーラ騎を、サイラス騎がアクスバンカーを横に突き出して制止する。

『何すんだいサイラス! どきな!』

 アクスバンカーを振り払って進もうとするカーラ騎だが、すぐに異変に気付いて動きを止める。遅れてきたアーベル騎もまた同様だった。

『おいおい、冗談だろ……』

 アーベルが半分引きつったように力なく呟く。


 虫竜が尻尾から響かせていた、かちかちという威嚇音(いかくおん)

 それが鬱蒼とした森の中から、無数に聞こえてくるのだ。


 カーラたち三騎は同時に円陣を組み、周囲に目を凝らす。

 一匹だけじゃない。見えている範囲だけでも他に二匹。

 それらはユーリ騎にほど近い木々の上に体を固定し、長い尻尾を震わせてこちらの動きを(うかが)っている。

 おそらくユーリ騎の腕を斬り飛ばしたのもこの虫竜だろう。

『まずいぜカーラ、こいつはマジでやばい』

『黙りなよアーベル。どうにかしてあそこからユーリを助けるんだ』

 そうは言うものの、カーラもまたこの状況の悪さは理解している。

 例えユーリ騎の場所まで辿り着けても、無事に逃げおおせる可能性は低いだろう。

 みんな揃って細切れにされるのがオチだ。


 ではどうする? 自分が盾になって突っ込むのか?

 カーラはしかし、それでも構わないと思っていた。

 意を決したカーラは、両脇の二騎に向かって告げる。

『サイラス、アーベル、よく聞け。あたしが――』


 言いかけて、カーラはさらなる異変に気付き、言葉を止める。

 断続的な地響き。

 何かが木立をかき分けながら、こちらに向かって走ってくる。

 まずい。この状況で新手の竜でも現れようものなら、最早どうにもならない。

 カーラは覚悟が決め、ユーリ騎に向かって駆け出そうとしたその瞬間。

 巨大な何かが三騎の頭上を軽々と飛び越えて、彼らを遮るような形で目前へと着地した。


 そこに降り立ったのは、輝ける真紅の竜騎兵。


 虫竜のような生理的嫌悪感を感じる赤ではない。

 木漏れ日を反射して(きらめ)めく紅玉のような赤の装甲が細く引き締まった体躯を包み、両肩部にそれぞれ違った角度で三本ずつ据え付けられた剣の鞘が、まるで翼竜のようなフォルムを作り出している。

 その左手に取り付けられた盾には、翼竜を絡め取る薔薇の紋章が刻まれていた。

 それはオスタリカ皇国が誇る最強兵力、総数百騎の竜騎兵を保有する紅竜騎士団の旗章だ。

 つまりこの竜騎兵は旗章を刻まれた旗騎であり、紅竜騎士団の旗騎といえば竜騎兵乗りならばその名を知らない者はいない、とある一騎を指すのだ。


皇竜騎(アークドラグーン)…… クラウソラス……』

 呆気に取られたようにその姿を見ていたカーラが、誰にともなく呟く。

 オスタリカ皇国の至宝。千の竜を狩り殺せし(くれない)の翼竜。

 桁外れの性能を誇るがゆえに通常の等級から除外され、世界でただ数騎、(アーク)の称号を冠するに至った名騎である。


 真紅の皇竜騎クラウソラスは、両腕を失って停止しているユーリ騎を一瞥するや、そちらへ向かって、一気に走り出す。

 カーラたちが駆るグラディウスなど比較にならない、常識外れの脚力だ。

 虫竜たちはその動きに即座に反応する。

 クラウソラスを敵として認識したのか、樹上の二匹が凄まじい勢いで躍りかかり、鋭利な尻尾による超高速の斬撃を浴びせかけた。


 が、その攻撃がクラウソラスに届くことはない。

 目には見えないほどの速度で襲い来る虫竜の尻尾をクラウソラスは両の手で防ぎ、握り潰さんほどの握力で逆に捕まえていた。

 もはや常人の反射速度ではない。左右から飛来する矢を素手で受け止めるような、曲芸レベルの(わざ)だ。しかもそれを巨体を誇る竜騎兵でやってのけた。

 クラウソラスはそのまま騎体を回転させ、遠心力を乗せて虫竜の体を振り回して地面に叩きつける。

 衝撃で動けなくなった虫竜はなおも態勢を整えて攻撃に転じようとするが、次の瞬間、小型バンカーのそれに似た爆音が響き渡ると同時に、その体を真っ二つに切断された。


 地面に打ち付けられた虫竜まで一気に距離を詰めたクラウソラスの両肩部、そこに装着された剣の鞘から煙が立ち上っている。

 炸薬の威力で穂先を打ち出すバンカーと同じ原理で剣による抜き打ちを放つ、ブレードと呼ばれる切断兵器だ。

 バンカーやバリスタのような点の攻撃ではなく、線の攻撃である斬撃を目的としたブレードの刃先は竜ですら反応不可能な速度に達し、虫竜の体だけでなく竜核までをも正確に捉えて一刀のもとに両断していた。


 両手で一本ずつ振るった剣が再び左右の鞘へと収められると、鞘の内部機構が作動して炸薬が詰まっていた薬莢(やっきょう)が排出され、新たな薬莢が自動で薬室に送り込まれる。

 装弾カートリッジを用いた最新式の自動装填機構だ。


 なんて竜騎兵だ。

 その圧倒的な戦闘力の前に、カーラたちは言葉を失って呆然と立ち尽くしていた。

 ユーリが死に物狂いになりながらやっと一匹殺した竜を、傷ひとつ負うことなく、一瞬で二匹同時に片付けた。

 その姿を見た虫竜たちは森の奥へと逃げ去ったのか、無数の威嚇音はもうどこからも聞こえない。


 ひとまず難を逃れたようだ。

 カーラは悠々と立つクラウソラスに目を向ける。

 竜騎兵もそうだが、それを操る操縦者も並の腕ではない。

 いくら竜騎兵が機敏に動くからと言って、乗っている人間が敵の攻撃に反応できなければ意味がないのだから。


『まったく、恐れ入ったよ』

 カーラがそう言うと同時に、クラウソラスの胸部、真紅の装甲が開き、その中から一人の少女が姿を現した。

 歳の頃は十八そこそこ。

 長い黄金の髪と、白磁のように透き通った白い肌。

 やや勝ち気に見える整った顔立ち。

 銀色の軽甲冑をまとったその立ち姿は、まるでおとぎ話の世界から降り立った戦の女神のように美しく、そして堂々としたものだった。


 少女は大きく息を吸い込むと、ユーリ騎に向かって大声で語りかける。

「おい! そこのぼろぼろになった竜騎兵! 生きてるか!」

 しばらくして、ユーリ騎の胸部装甲が開き、赤毛の少年ユーリが顔を覗かせた。

 ユーリはその青い瞳で、殺気立ったように少女を睨みつける。


「俺の獲物だった」

 その一言を聞いた少女は思わず噴き出し、人目も(はばか)らず豪快な笑い声を上げた。

「何が可笑(おか)しい!」

 馬鹿にされたと思ったのか、ユーリが怒声を響かせる。

 少女はしかし、その声にも臆することなく、やや声を引きつらせながら言った。

「いや、すまんすまん。その状態であの二匹も狩るつもりだったとは大した闘争心だ。お前、名はなんというんだ?」

「ユーリだ。あんたこそ何者だ」

 聞かれて少女は、自信に満ちた笑顔で答える。

「私はアーデレードだ。アーデで構わないぞ、ユーリ」

 その名を聞いたカーラたちは、やはりなという思いと共に大きく嘆息する。

 ユーリ、お前はなんて相手に、なんて口のきき方をしているのかと。


 アーデレード・フォン・エーデンブルグ。

 オスタリカを守護する真紅の皇竜騎、クラウソラスを受け継いだ第三皇女。

 若くしてその武勇に並ぶ者なしと言われ、父であるオスターク皇も竜と戦うことを認めざるを得なかったという天才。


 彼女は各地の竜騎兵乗りから、畏敬(いけい)の念を込めてこう呼ばれていた。


 竜狩り姫、と。

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