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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴518年 ヴァルツヘイム
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獲物 2

 城壁というものがどのようにして作られているのかを、一国の軍に所属する兵であれば一度は学ぶものだ。


 一見すれば単純に岩や煉瓦(れんが)を積み上げただけのように見えるが、その中身は何層かに分かれており、それぞれ違った材質が実に様々な脅威から城内を守っている。

 外側の層は風雨に強く安価で調達しやすい石材を歴青(れきせい)で固めて作られおり、ある程度の強度を持ちながら修復がしやすい、いわば使い捨ての層と言える。

 続いて二層目は土や砂が詰め込まれ、砲弾の威力を分散させて殺すほか、高い貫通力を誇る対竜弾の威力を()ぎ落とす役割を持つ。

 そして中心部に、最も強固な鉄の層が埋め込まれる。

 積み上げた城壁に溶鉄を流し込んで作られるこの層が、弾丸や砲弾、そして竜の爪や火炎かをことごとく弾き返してしまう。

 一昔前はほんの一撃で粉砕され、気休め程度でしかなかった壁も、兵器の進歩と共により強固に改良され続けてきたのだ。


 実際こういった多層式の城壁を崩すのは、圧倒的な威力を誇る竜騎兵の兵器をもってしても容易なことではない。

 ファランクスやカノンで破壊しようとすれば相当な弾数と時間を要し、かといってバンカーなどで崩そうものなら瓦礫(がれき)に巻き込まれるのは必至。

 しかも城壁の上からは、絶え間なく弾丸や砲弾が撃ち下されるのだ。

 掘削作業よろしく、悠長に巨大な壁を崩している暇などあるわけがない。

 動きの鈍い攻城兵器なども、壁上に据え付けられた大砲のいい(まと)でしかないだろう。


 相手が竜であろうが竜騎兵であろうが、攻城戦、あるいは籠城戦(ろうじょうせん)において、城壁の有用性はいまだに揺るぎない。


 *****


「ケチってないで撃て撃て! ありったけブチ込め!」

 迫撃砲に弾を詰めながら、白髪の老婆が周囲に(げき)を飛ばす。

 壁上には装甲を外した軽装ハルベルト二騎が陣取り、真下の正門付近に詰めかける肢竜(ヒドラ)に向かって容赦なく対竜弾の雨を降らせていた。

 とんでもない数の空薬莢(からやっきょう)が壁の内側へと降り注ぎ、正門を押さえる三騎の重装ハルベルトの装甲に当たって小気味のいい音を鳴らし続ける。

 彼らの脚元には加熱されて薄い煙を上げる薬莢(やっきょう)がうず高く積み上がり、城内はむせ返るほど濃い硝煙(しょうえん)の匂いで満たされていた。


『弾帯! 弾だ! ぜんぜん足らない!』

『こっちは銃身がもう限界です!』

 断続的に響くファランクスの発射音に紛れて、壁上の竜騎兵から叫びが上がる。

 すると、壁上から城の上層部へと繋がる金属製レールの上を、弾薬が装填されたファランクスが積み込まれた荷車が凄まじい勢いで走ってきた。

 消耗が激しい壁上の兵に即座に補給を行うため、こうして壁と上層部の兵器庫はレールで直接繋げられているのだ。

 壁上の二騎は、弾切れになり銃身が真っ赤に焼けたファランクスを投げ捨て、たっぷりの弾帯が装着された新たなファランクスを手に取ると、再び直下の竜の群れへと射撃を始めた。


 もうこんな状態が半日、休みなく続いている。

 二十騎の竜騎兵がそれぞれ東西南北の城壁と門に散らばり、城内に侵入せんとする肢竜(ヒドラ)の群れをなんとか押し止めていた。

 しかし、相手は殺しても殺しても融合してすぐに襲い掛かって来る厄介な連中で、しかもどこから集まって来るのか、その数は時間と共にどんどん増えていく。

 始めの数日は殺した死骸に油を()いて燃やすことで再生を防ぐことができていたが、備蓄された油が切れてからはこのザマだ。

 こうなれば、数の力で押し切られるのはもう時間の問題でしかない。


「こいつはさすがに詰んだかもな……」

 なんとなく老婆が漏らした独り言に、門を押さえるハルベルトの一騎から気弱そうな声が返ってくる。

『勘弁してくださいよ女将(おかみ)さん。俺ら援軍が来るって話を信じて付いて来たんすからね』

「あのな、女将(おかみ)さんはやめろって言ってんだろ、ノックス。技師長だ、技師長」

 へいへい技師長様、とノックスが小声で(つぶや)くと同時に、鋼鉄の門が再び音を立てて振動する。

 相変わらず門の向こうは雪崩のように押し寄せる肢竜(ヒドラ)で一杯らしい。

 ファランクスの掃射で一時は静かになるものの、結局はまた融合して元気に襲ってくるのだ。

 必死に抵抗を続けているはずなのに、どこか虚無感すら漂い始めている。


 と、不意に老婆の耳に、嫌な音が飛び込んできた。

 ごきん、と金属の塊が立てる鈍い音。

 何度も聞いた音ではあるが、できれば戦場では聞きたくない類の音だ。


 直後、壁上の一騎が持つファランクスの射撃がぱったりと止まる。

 操縦者はハルベルトの腕を操って砲身側面にある排莢(はいきょう)レバーを何度も引くが、レバーは途中で何かが挟まっているのか、完全に引き切ることができなくなっていた。

『畜生! 詰まりやがった!』

 叫びながら、何度も同じ動作を繰り返す。

 先ほどの金属音は、ファランクスの銃身内部で排莢(はいきょう)機構が詰まった時に、金属製の部品同士がぶつかって鳴った音だった。


 冷静に考えれば、弾詰まりを起こしたファランクスを放り捨て、新しいものを手にすればよいだけの話だ。

 しかし、戦闘中、それも多数の相手を射程と連射性能でぎりぎり抑え込んでいるこの状況下では、唐突に弾が出なくなるという事態は想像を絶する恐怖を呼び起こす。

 白兵戦が主体だった時代に比べ、現在の兵は銃火器の性能に依存し過ぎているのだ。

 だからこそ、その性能が失われれば、あっという間に取り乱してしまう。


「馬鹿! さっさと捨てちまえ!」

 老婆の怒声に我に返ったハルベルトの操縦者は、即座に弾詰まりを起こしたファランクスを投げ捨てて、貨車に積まれた新しい一丁を手にする。

 腕部にかかる重量感が、激しい心の揺れを一気に抑えてくれた。

 隣で同じように掃射を続けるもう一騎のハルベルトが、何事かを叫んでいる。

 よく聞き取れないが、早く持ち場に戻れとでも言っているのだろう。

 言われなくても、と慣れた手つきで安全装置を外し、振り返って再び壁の下へと銃口を向ける。


 が、そこで彼の意識は一瞬止まった。


 眼前に迫る、黒い影。

 そいつが何なのか認識するよりも早く、鋭い鉤爪(かぎづめ)がハルベルトの頭を一撃で斬り飛ばす。


 一匹の肢竜(ヒドラ)

 融合を重ねて肥大化したそいつが、もう一騎のハルベルトに横っ腹を撃たれながらも壁を登り切ったのだ。

 ふと壁の下を覗いてみれば、二匹三匹と続いて黒い塊が壁を這い上がって来ている。

 防衛線の決壊。

 もはやファランクス一丁でどうにかできる状態ではない。

 首を飛ばされたハルベルトは、あっという間に解体されて貪り喰われている。

 間もなく、城内の全員が同じ目に()うのだろう。

 誰もがその瞬間を想像し、恐怖に身を固くして震え出す。

 もうここは難攻不落の要塞などではなく、この奇怪な化物の餌場(えさ)と化したのだ。


「ボサっとしてんじゃないよ! お前らそれでもヴァルツヘイムの軍人かい!」

 老婆が(げき)を飛ばすが、反応が鈍い。

 ただ一人、ノックスが『お、俺は違うっすよ……』と答えたものの、そんな腰の引けた言葉で士気が上がるはずもなかった。


 万事休す。

 ここまで猛然と反撃を続けてきた老婆も、さすがに覚悟を決めざるを得なかった。

 王都に残してきた家族、そして(つい)に姿を現さなかった“あいつ”のことを思い、力無く笑う。




 ――が。


 遠く空の彼方。

 一瞬、風を切るような妙な音が聞こえた気がした。


 老婆は無意識に空を見上げる。

 厚い灰色の雲が一面に広がり、それはまるで今の心境をそのまま表しているように感じられた。


 その曇天(どんてん)に、ぽつりと光る、赤。

 真冬の夜空に輝く星のように輝きを放つ、何か。

 そいつは絶望に凍る空気を真っ直ぐに切り裂きながら、猛烈な勢いでこのシガイア城塞(じょうさい)へと落ちてきた。


 とてつもない振動と共に、城壁の上でハルベルトの残骸に喰らい付いていた肢竜(ヒドラ)が一匹、一瞬で真っ二つに両断された。

 激しい爆音と共に振り抜かれたのは、巨大な炸薬式の大剣、キャリバーだ。

 その持ち主は巨大な一対の翼をはためかせると、先程までの勢いが嘘のようにふわりと城壁の上に降り立った。

 巻き起こった一迅の風は、北国には似合わない熱気を(はら)んでいる。


 紅玉のごとき装甲と灼熱を(まと)う竜騎兵。

 キャリバーを構え直し、真紅の翼を広げた皇竜騎(アークドラグーン)クラウソラスが、獲物に死を告げるかのように咆哮(ほうこう)を上げた。

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