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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴518年 ヴァルツヘイム
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獲物 1

 谷間を抜ければ、そこはもうヴァルツヘイム連邦王国の領内だ。

 針葉樹が生い茂る森林地帯には、まだそこかしこに凍結した雪の塊が数多く残っており、南部寄りのオスタリカやアヴァロンでは想像もできないほど過酷な冬の名残を感じさせる。

 やけに硬く岩肌が目立つ地面はお世辞にも肥沃(ひよく)とは言えず、作物を育てることすらままならないだろう。

 厳しい寒さに、()せた大地。

 それでもヴァルツヘイムは、大陸随一の大国家として強烈な存在感を放ち続けている。

 その最大要因は、他国を圧倒する軍事力に他ならない。


 元来、北の民は農耕に頼らない狩猟民族の末裔(まつえい)である。

 戦い、奪うことを旨としてきた精神は今も脈々と受け継がれ、ヴァルツヘイムは獲物を狩り殺すかのように他国を滅ぼし、喰らい尽くして成長してきたのだった。


 そして広大になり過ぎた国家は八つの区域に分割され、それぞれ別の諸侯によって統治されている。

 最南端に当たるここ第四区は、黒騎士に次ぐ武勇を誇り豪将と名高いケラート候の治める地なのだが、オスタリカ・アヴァロン同盟軍が目にした光景は、その片鱗すらも感じさせない惨憺(さんたん)たるものだった。


 *****


 森林内に転がる無数の竜騎兵。

 国境線の谷間からケラート候の居城であるシガイア城塞(じょうさい)へと向かうアーデたちが見たものは、ヴァルツヘイム南部の防衛を長きに渡って担い続けた第四剣狼騎士団の竜騎兵、その残骸だった。

 黒い狼に四本の剣をあしらった紋章を肩口に刻まれた騎体はヴァルツヘイム軍の正式配備騎であるサーペント級竜騎兵のハルベルトであり、そのいずれもが拠点防衛のため重装甲に換装されている。

 だが、カノンの直撃にすら耐えると言われる装甲は鋭い何かでざっくりと切り裂かれ、ある騎体は四肢を切断された状態で胴を潰され、またある騎体は上半身をそっくり喰い千切られたのか、腰から下だけが残されていた。

 そして操縦者である騎士たちもまた、乗騎と同じように無残な姿を晒している。

 ざっと見る限り、その数二十余り。

 第四剣狼騎士団のほぼ半数といったところである。


「このぶんじゃシガイアも似たようなもんじゃないか」

 胸部装甲を開け放ったクラウソラスから身を乗り出したリゼリアが、溜息混じりにそう(つぶや)いた。

 それは誰に言った訳でもない言葉だったが、彼女の背後から誰かが答える。

『まぁ、存在が確認できただけでも良しとすべきですね。それに少々不安になってきたところでしたが、どうやら間違いなくここはヴァルツヘイム領内のようです』

 竜騎兵の伝声管を通してなお、衣擦(きぬず)れの音を連想させるような品のある柔らかな声音。

 確かに若い男の声なのだが、どこか(つや)っぽい響きの声に、リゼリアはこれ以上ないというほど全力で顔をしかめる。

 クラウソラスの装甲を上り、肩口の装甲に立った彼女は、後方にやたらと目立つ一騎の竜騎兵の姿を見つけた。


 薄紅色の外骨格を持つその騎体は、手足も胴もやけに細く、節くれ立った関節部分も相まって昆虫のような雰囲気を漂わせる不思議な姿だった。

 しかし、一般的な竜騎兵の姿形からは少々逸脱しているものの、美しいと表現して差し支えのない騎体だ。

 昆虫の中には花に擬態(ぎたい)する種がいるが、色合いも形状もそういった種に近しい印象を受ける。


 オスタリカ皇国所属のワイバーン級竜騎兵、ティルヴィング。

 そしてこの美しい騎体を駆るのは、オスタリカ中央議会の議長を務めるザルカーン=イーザリッドという名の男である。


 彼は先の反乱の首謀者であるカルナカン=イーザリッドの実の孫でありながら、その手でカルナカンを殺害して事態に収拾を付けると同時に議会周辺のあらゆる派閥をまとめ上げ、四十手前という若さで絶大な権力を手にした男だ。

 今回の遠征では、後方に待機している本隊の指揮および、弾薬や食料などの兵站(へいたん)を担っている。

 文官であるはずの議員、それも最高権力を持つ議長が戦場にまで出張るなど妙な話ではあるが、実際のところ本隊を形成するオスタリカ正規軍は議会の承認無くして動かすことができない上に、物資の大半も中央議会付けの持ち出し品なのだから仕方がない。

 彼が同行することで面倒な手続きが大幅に省略できるのであれば、アーデにしてみれば断る理由など無いのだろう。

 ただ一つ、リゼリアと折り合いが悪いことに目を(つむ)れば。


「何しに来た、ザルカーン。本隊の援軍を呼んだ覚えはないぞ」

 あからさまに剣呑な調子でリゼリアが放った言葉を、彼女と同じく胸部装甲を開いて顔を見せたザルカーンは、まったく何食わぬ顔で答える。

「なに、あまりにも前線の進軍が遅いので追いついてしまっただけですよ、リゼリア姫。そこで、もしや何か問題でも起こったのかと様子を(うかが)いに参った次第でございます」

 その端正な顔に浮かんだ薄い笑いを見て、リゼリアは軽く寒気のようなものを感じた。

 ただの愛想笑いだとは理解しているが、どうしても、どこか打算的な印象と共に嫌悪感を覚えてしまう。

 他の者は気にしている様子は無いので、恐らくは自分だけがそう感じるのだろうとリゼリアは思っているが、とにかく苦手な手合いなのは確かだ。


「見ての通りの状況だ、無暗に進軍するわけがないだろう。先に危険が無いか斥候(せっこう)を出して調べている」

「なるほど、珍しく慎重なようで」

 一言、余計な言葉が含まれていたのをどうにか受け流し、リゼリアが前方へと向き直る。

 あからさまに(ほほ)が引きつっているのを見られたくないのもあるが、そろそろ斥候(せっこう)に出した兵が戻る頃合いだ。

「用が無いなら本隊へ戻れ。ここは前線だ、いきなり出てきた竜に頭から喰われても知らんぞ」

「ご心配には及びません。これでも多少の心得(こころえ)はございますので」

 そう言ってザルカーンは小さく笑い声を()らす。

 リゼリアにしてみれば別に心配をした訳ではなく、このまま話していると殴り飛ばすか尻を蹴り上げたくなる衝動を抑えるのに苦労するので、無駄なことに神経を使いたくないだけだったのだが。

 ザルカーンは笑いながら操縦席へと戻ると、胸部装甲を閉じてティルヴィングを起動させる。


 完全な姿となったティルヴィングは、本当に巨大な薄紅(うすべに)の花に見える。

 この美しい竜騎兵にあの男が乗っているなんて悪趣味な冗談だと、リゼリアは心の中で悪態を()いた。


『そちらこそ、どうぞお気を付けくださいませ。言うまでもありませんが、クラウソラス(それ)に替えはありませんので』

 ザルカーンはそんな台詞と共にティルヴィングで慇懃(いんぎん)に礼をして見せた。

 うるせぇ死ね――とリゼリアは小声で(つぶや)きつつ、ティルヴィングに背中を向けたまま返礼として片手を上げる。


 *****


 ザルカーンが去って、間もなく。


「リゼリア様! 斥候(せっこう)より報告です!」

 名を呼ばれて視線を前方へ向けると、軍馬に乗った伝令が「ひっ……」と軽く声を上げる。

 彼の強張(こわば)った顔を見て、リゼリアは自分がひどく殺気立った表情をしていることに気付き、すぐさま大きく息を吐いて胸中に(くすぶ)る胸焼けのような苛立(いらだ)ちを追い出す。

「すまん、続けてくれ」

「は、はい」

 と、伝令はすぐさま我に返り、早口でまくし立てるように告げる。

「シガイア方面に出た部隊より、城塞(じょうさい)から戦闘音が聞こえるとの情報です。どうやら残存している何者かが戦闘を継続している模様です」


 生存者。


 思いがけない報告に、リゼリアは胸の奥から得体の知れない感情が沸き起こるのを感じた。

 それは歓喜というにはあまりに狂暴で、獲物を見つけた肉食獣のようにゆっくりと静かに心臓から這い出してくる。

 もしかしたら、そこに“あれ”がいるかもしれない。

 そう考えただけで、すぐさま駆け出してしまいそうだ。


「そうか、わかった。お前はそのままアーデレード陛下にこの情報を伝えてくれ。私の部隊は先行する」

 りょ、了解です、と伝令はまたしてもぎょっとした顔で答える。

 なぜそんな顔をされたのか、今度ははっきりわかっていた。

 リゼリアは森の奥、遥か彼方に視線を向けながら、静かに笑っていた。


 *****


 同刻、シガイア城塞(じょうさい)


 ヴァルツヘイム南部の防衛、その(かなめ)となるよう極めて強固に作られた城に、何十匹もの肢竜(ヒドラ)が押し寄せていた。

『これもう無理っすよ! 逃げましょうよ!』

 巨大な鋼鉄の城門を押さえる数騎の竜騎兵、その一騎が若い男の声で情けない泣き言をわめき散らす。

 その声を聞きながら、短髪の老婆――と呼ぶには矍鑠(かくしゃく)とし過ぎている感はあるが――が、城壁に据え付けられた迫撃砲に弾を装填しながら笑う。

「男のくせに情けない声出すんじゃないよ! ほら、しっかり押さえてな!」

 言いながら、迫撃砲の発射装置を蹴り飛ばす。

 ぼんっ、という小気味の良い音がして、爆薬を詰め込んだ砲弾は弧を描き城壁の外へと飛んで行った。

「心配しなくても、じきに頼もしい援軍が来るさ。それまでの辛抱だ」

『とか言って、いつまで経っても来ないじゃないっすか! ほんとに来るんすか? その“竜殺し”とかいう奴!』

 男が言い終わると同時に、城壁の向こうで爆音が鳴り、耳を(ふさ)ぎたくなるような気味の悪い断末魔が響き渡る。


 来るさ、と小さく答えつつ、老婆は次の砲弾を抱え上げた。

「こいつらはみんな、あいつの獲物なのさ。絶対に、逃がすわけがない」


 そうだろう、なぁ、ユーリ。


 老婆は懐かしそうにその名を(つぶや)くと、再び迫撃砲の発射装置につま先で蹴りを入れた。

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