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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴518年 ヴァルツヘイム
65/70

黒騎士 2

 夜になれば追撃の手も弱まると、テオバルドはそう考えていた。

 おまけに逃げ込んだ場所は針葉樹が生い茂る陸竜の生息地で、まともな人間なら日が落ちてからはまず踏み込んでこないような場所だ。

 が、結果から言ってその考えは甘かったし、黒騎士配下の連中はまともでもなかったようだった。


 夜半。

 追手の気配が完全になくなり、日中の強行軍で疲弊した体を休めている時にそれは起こった。


 鬱蒼(うっそう)とした夜の針葉樹林の中で、馬に繋がれた数台の貨車を五騎の竜騎兵が守っている。

 警戒に当たっているリザード級竜騎兵のダークは格闘能力こそ低いものの、闇の中でも昼間と同じように見通せる能力があり、聴力も鋭い。

 いくら闇に紛れているとはいえ、竜や竜騎兵が近くにいれば即座に気付くだろう。

 相手が強い“竜の力”を持っているならば、それを感じ取ることもできるはずだ。

 さらに周囲一帯には対竜騎兵用の罠も張り巡らせており、彼らに気付かれずに接近することはほとんど不可能だ。


 静かな夜だった。

 月も出ていない。

 空気はどこまでも冷たく澄み渡り、ただひたすらに透明な闇が木々の間を漂っていた。


「おい、交代だ」

 という声に反応し、ダークの操縦者が胸部装甲を開く。

 丸一日ぶっ通しで森林を駆けた彼の疲労は限界に達しており、もう少しでこのまま寝てしまうところだった。

 やっと休める。

 そう思って開いた胸部から顔を出した瞬間。


 彼の意識はそこで途切れた。


 そして同じようなことが、別の場所で警戒を続けるダークの一騎にも起こっていた。


 *****


 異変に最初に気付いたのは、テオバルドだった。

 一気に二人分の竜核の気配が感じ取れなくなったからだ。

『おいニーザ、マルコフ、どうした』

 ダークの聴力でぎりぎり聞こえる程度の声で呼びかけるが、反応は無い。


 嫌な予感がする。

 それは例えるなら、害虫を防ぐために厳重に穴を(ふさ)いだ部屋の隅に小さな穴を見つけたような、生温(なまぬる)く粘ついた不安だ。

 そしてその不安は、すぐさま現実のものとなる。

貨車を停めた辺りから、大きな破砕音と悲鳴が響き渡った。


 鉄を引き裂くような子供の悲鳴。

 つまり、レーナの声だ。


 事態を把握しようと頭が考える前に、テオバルドの意思がダークを動かす。

 大地を蹴り、木々の間をすり抜け、獣のように駆ける。

 この段になってようやく、先ほど感じた嫌な予感の正体が何なのか、薄々ながら分かってきた。


 近付いてくる竜騎兵はいなかった。

 張り巡らせた竜用のトラップも動いた気配は無い。

 それも当たり前のことだ。


 ヴァルツヘイムの連中は適当な所まで竜騎兵で追い回した後、生身でここまで迫って来たのだ。


 そして竜騎兵を奪った。

 こちらの竜騎兵を、生身で、いとも容易く。


 ひたすらに森を駆け、テオバルドのダークが貨車の集まる場所へと近付く。

 遠目に確認する限り、そこに立っているのは三騎のダークだった。

 しかし、そのうち一騎は頭部を失い、胸部の操縦席を潰されて、今まさに崩れ落ちようとしている瞬間だった。

 脚元にはさらに一騎、こちらも操縦席を潰された状態で横たわっている。

 恐らくどちらも死んでいる。

 竜騎兵が、ではなく、中の人間が。


 この時点で敵味方の判断は、もはや考えるまでもないだろう。

 仲良く立っている二騎が敵。

 そしてテオバルドの味方はもういない。


 ならば。


 細く短く息を吐き出し、竜核に精神を集中しながら相手の一騎に狙いを定める。

 人間の数倍はあろうかという巨体であるにも関わらず、テオバルドのダークは吹き抜ける夜風のように静かに獲物へと迫る。

 普通の人間には不可能な動き、竜核を埋め込んだ者の特殊な力だ。


 音も無く距離を詰め、不意打ちでまずは一騎を倒す。

 二対一では貨車を守り切れない。


 テオバルドは一足飛びに一撃を加えられる距離まで詰めると、自騎を一気に跳躍させて逆手に持った片手剣を抜き払った。

 まずは脚の(けん)を切断し、そのまま引き倒して操縦席を貫く。

 ほんの一瞬で全ては片付く。


 ――はずだった。


 ヴァルツヘイムの兵がテオバルド騎の動きに気付いた様子は無かった。

 完全に背後から、虚を突いて攻撃を仕掛けたはずだ。

 仮に振り返ったとしても、闇の中、地を這うように走るダークの姿は一瞬では認識できないだろう。


 それを、一瞥(いちべつ)すらすることなく、跳躍して回避した。


 あまつさえ、その勢いを乗せたまま自騎を空中で一回転させ、蹴りまで叩き込んできた。

 まったく出鱈目(でららめ)としか言いようのない動きだ。

 目隠しをされた状態で背後から射かけられた矢を蹴り落とすくらいに、人間離れした動きだった。

 テオバルドは一撃を加えられた衝撃よりも、むしろその事実に打ちのめされた。

 目の前の二騎からは竜の力を感じない。

 つまり、この連中はただの人間ということになる。

 まったくもって信じ難い事実だった。


『そういえば、野良犬が一匹残っていたな』

 ふわりと軽い動きで着地したダークから、女の声が響く。

 抑揚が無く、無機質で、どこか氷のような冷たさを感じさせる声だった。

『はっ、黒騎士の犬に言われたくないね』

 倒れた自騎を起こしながらテオバルドが軽口を叩くが、状況はあまり良くない。

 奇襲に失敗したということはつまり、二対一で不利な状況ということだ。

 おまけにどうも普通の人間ではない。

 まともに戦って勝てるかどうかも怪しい上に、貨車まで守るのは不可能だ。

 こうなれば戦って皆殺しにされるか、投降して皆殺しにされるかの違いしかない。


 だが、ダークを奪った女は思わぬ言葉を吐く。

『我々の目的は、お前たちを殺すことではない。竜騎兵を降りて一緒に来てもらおう』

 何を馬鹿な、とテオバルドが返す。

『冗談じゃねぇぜ。そう言って無防備になったら一気に殺すつもりだろうが』

『殺すつもりならとっくに殺している。それとも、貴様が降りるまで一人ずつ順番に握り潰していこうか?』

 女はそう言ってダークの手で貨車の(ほろ)を引き剥がすと、中にいる集落の女を一人、無造作に掴み出した。

 奪われた二騎のうち一騎の操縦者だった、マルコフの妻だ。

 頭を掴まれた彼女は声を上げることもできず、ただ自分の首にかかる体の重さに、身を固くして耐えていた。


『三つ数える。竜騎兵から降りろ』


 一つ。

 女がそう言いながら、ダークの手に力を込める。

 竜騎兵の腕力なら、人間の頭など卵を握り潰すように造作もなく粉々にできる。


 二つ。

 テオバルドの駆るダークの耳には、頭蓋骨が(きし)みを上げる音がはっきりと聞こえていた。

 相手の目的は不明だが、本気で殺そうとしていることだけは寒気がするほど伝わってきた。

『分かった! 降りるから離せ!』

 そう言いながらテオバルドは、なめし革で出来た操縦席の装甲を蹴り開ける。

 身を乗り出し、腰に掛けた剣を捨て、抵抗する気が無いことを示した。


 その瞬間。

 めきりと嫌な音が響いた。


 三つ、と声が聞こえた。

 人質の女は一度だけびくりと痙攣(けいれん)し、そのまま脱力して動かなくなった。

 体から、一瞬にして命というものが、すとんと抜け落ちてしまったように見えた。

 首が異常な長さに伸びて、やがてダークの手が力を緩めると、切れた(ひも)か何かみたいに力無く落下していった。


 同時に、もう一騎のダークが手にした長槍を放り投げ、テオバルド騎の胸部、剥き出しになった操縦席を貫く。

 操縦者のいないダークは硬直したまま地面に倒れ伏し、テオバルドは中空へと放り出されて数瞬の後に地面へと叩き付けられた。

 落下の衝撃で咳き込みながら、テオバルドが怒りに満ちた眼で二騎のダークを睨み付ける。

『てめぇら……なんで殺した……!』

 その問いに答える女の声は、やはり人間的な感情を感じさせないものだった。

『こちらの要求には正確に応えろ。私は、竜騎兵を、降りろと言ったのだ』

 それだけの理由。

 ほんの(わず)かな違いだけで、躊躇(ちゅうちょ)なく頭を握り潰した。

 こいつらには、まともな感情が無い。

 テオバルドはそう確信したが、もはやどうすることもできなかった。

『全員、集落跡に戻ってもらう。逃げようとすれば殺す』

 貨車に隠れていたウルも、イスマも、そしてレーナも、誰も何もできなかった。


 *****


 その姿をはっきりと覚えている。

 声も、匂いも、何もかも。


 鎖に繋がれ、集落跡へと戻ったあたしたちを待っていたのは、黒い鉄仮面を付けた男だった。

「随分と手間をかけさせてくれたものだな」

 ひどく歪な響きの声で、まずは静かにそう言った。


 この男の一挙手一投足、一言一句は残らず記憶に焼き付いている。

 ゆっくりと歩み寄り、一人また一人と品定めするように眺め。


 そして、あたしを見て、笑った。

 何も言葉を発さず、表情も見えなかったけれど、確かにあいつは笑っていた。

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