天に雷、地に鋼 2
あれは人間の戦い方じゃない。
後方からユーリの戦闘を見て、レオンは直感的にそう思う。
戦うことの本質とは何かを考えた時、真っ先に優先されるべきものがある。
“生存性”。
誰も彼も、何もかも、生き残るために戦っているのだ。
自分自身が生きるため。
自分が生きられずとも、誰かを生かすため。
理由は様々だが、その根底にあるものは常に、命の継続だ。
戦うことの本質は、人も獣も、竜ですら大きな違いは無いはずだ。
だが、あれは違う。
あれはそんな生存性とは何の関係もない、純粋な、しかし純粋であるが故に不自然極まりない暴力だ。
殺したいから殺す。
そのために自分の命が危険に晒されるとしても。
まったくもって人間らしからぬ、いや、生物らしからぬ戦い方だ。
例えるならそう、兵器が一番近いだろう。
刀剣や銃砲と違うのは、自分の意思を持っていることだ。
思考し、判断し、自らの意思に基づいて戦う兵器。
“創った”奴はよほどの狂人か、そうでなければもしかすると天才なのかもしれない。
『恐ろしいね、彼は』
レオンはいつになく神妙な口調で呟く。
竜殺し、その噂話程度は聞いたことがあるが、どれも眉唾ものの話ばかりで、正直言って傭兵連中の与太話としか思っていなかった。
が、実際に見てみればどれも真実だったというわけだ。
隣で聞いていたカークスもまた同様の考えに至ったようで、
『おいおい、もう全部あいつ一人でやっちまうんじゃねぇのか』
などとぼやきつつ、傍観者を決め込んでいるようだ。
『突撃自慢のアヴァロン第三騎士団としては、ちょっとくらい手伝わないと面子が立たないんじゃないかな』
『馬鹿野郎おめぇ、あんなとこ突っ込んだら一発で丸焦げだろうがよ』
無論、レオンの言葉は冗談に決まっているのだが、状況としてはカークスの言う通りだ。
近付いただけで火薬は誘爆し、騎乗している人間は感電死するだろう。
要するに、アヴァロン軍およびオスタリカ軍は揃いも揃って戦力外というわけだ。
もっとも、この状況を作り出したのは他でもない、両軍一般兵による必死の抵抗のお陰ではあるのだが。
前線が崩れて乱戦状態になっていたらクラウソラスの熱線は使えなかっただろうし、ブリューナクの稲妻を伝播させているのは迫撃砲の鋼針弾と榴弾の破片、そしてアヴァロン軍が放った無数の弾丸や空薬莢なのだから。
『まぁ、今回は前座を務めさて頂いたということで、彼らが出す結果に満足するとしようよ』
そう軽く言ってはみたものの。
やはりどうしても考えてしまう。
あそこにいるのが、自分だったなら、と。
異形の雷晶竜、ブリューナク。
灼熱の紅玉竜、クラウソラス。
あっという間に戦況を覆したのは、このたった二騎の竜騎兵だ。
どれほど兵器が進化し、戦術が円熟しようとも、皇竜騎の対竜戦闘能力がいまだ揺るぎないものであることは、ここに現実として証明されている。
その圧倒的な戦力を有効に使えていたなら、消耗も損害も遥かに小さくできたはずだ。
それだけの力が、カリバーンにもあるはずだ。
『やっかむなよ、レオン』
胸の中で燻る感情を読まれたのか、カークスが軽い口調で言う。
『お前まであんなことしだしたら、俺らみんな廃業だぜ』
『むしろそうあって欲しいと願っているけどね』
ここにいるのは全員、自ら望んで女王陛下の剣となった者たちだけれども。
それでも、傷ついたり死んだり、しなくていい方法があるはずだ。
それを求めることは、間違っているだろうか?
戦場ではおびただしい数の肢竜がブリューナクに襲い掛かり、そのすべてが強烈な雷撃によって生焼けの肉塊へと変えられていく。
雨後の泥のように地面を覆い尽くす黒い屍は、後から現れた個体に捕食吸収され、個体同士の融合によって生まれた何匹もの巨大な竜が姿を現しつつあった。
*****
思った通りだ、とユーリは鼻で笑う。
思った通りの単純さだよ、この間抜けめ。
肢竜と戦い続けて、わかったことがある。
それはつまり、この奇怪な竜の生態に関することだ。
まずひとつは、攻撃性について。
自らを傷つけるものを外敵と認識し、これを排除しようとする性向である。
そしてもうひとつは、異常なまでの食性についてだ。
捕食の最中というのは極めて無防備な状態であるはずだが、この肢竜は戦闘中にすらそれを行う。
これは他の個体を吸収し同化する特性によるものだろうが、おそらく理由は極めて単純な話と思われる。
つまりこの肢竜という個体は、獲物を襲って喰うための存在。
アーデの言う通り、広範囲の獲物を効率良く捕食して本体へと栄養を供給するのが主な役目なのだろう。
仲間を喰って吸収するのは、単に戦闘力を強化するためでなく、死んだ個体が保有している栄養を無駄にしないためというわけだ。
とすれば。
数十匹、数百匹を一ヶ所に集めるなど簡単な話だ。
要するに一斉に刺激を与えて敵意を集め、片っ端から無力化すれば、あとは勝手にまとまってくれる。
それはどこか、布を織るのに似た作業だった。
ひとつひとつの個体が織り上げるのは、数十の頭と数百の四肢を持つ三匹の長大な竜。
まるで絡み合うムカデのようなそれらは、さらにお互いを貪りながらひとつになっていく。
生理的な嫌悪感を誘う、それでいてどこか幻想的でもある奇妙な光景だ。
ひとつに束ねられた幾百もの殺気に、ユーリは自分の心臓が一瞬で赤熱したかのような感覚に捉われた。
肌が粟立つ。
首筋に冷たい汗が流れる。
これは危険な相手だとユーリの本能が全力で警告を発していた。
だが、本能が察知する危機とは裏腹に、ユーリは口元に笑みを浮かべる。
獣が威嚇のために牙を剥くような、獰猛な笑み。
こいつは久しく遭うことのなかった、殺し甲斐のある獲物じゃないか。
あのじゃじゃ馬にくれてやるのは、なんだか勿体ないという気さえする。
このまま自分で狩り殺してしまおうか。
そう考えもしたが。
*****
ついに混じり合い一体となった肢竜。
その巨大な口がブリューナクを飲み込もうとした瞬間。
先ほどよりもさらに強く熱い気配がユーリの心臓を焦がす。
瞬間、ユーリの視界が白に染まり、眼前の景色が消し飛んだ。
ブリューナクの眼前を掠めるようにして放たれた光の奔流が、凄まじい熱量をもって肢竜の体を蒸発させていく。
鋼鉄で作られた分厚い胸部装甲を通してでさえ、その熱を肌で感じることができた。
煌めく両翼を広げて空中へと舞い上がったクラウソラスが放つ熱線は、風景画をナイフで引き裂いていくように直線状の何もかもを消し飛ばしていく。
草も、土も、そして当然、肢竜でさえも。
やがて滑空していたクラウソラスが地上へと降り立つ頃には、もう地上のありとあらゆるものが焼き尽くされ、後に残っていたものは真っ赤に焼けた岩石と、溶解した鋼針弾の鉄矢だけだった。
動くものの居なくなった谷底には、先程までの熱気が夢か何かだったと思えるほどの冷たい風が吹き抜けていった。




