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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴518年 ヴァルツヘイム
60/70

天に雷、地に鋼 1

 天高く響く爆音と共に、黒染めの谷底へと鋼の雨が降り注ぐ。

 炸裂式鋼針弾、その内部に詰められた無数の鉄矢は爆発の衝撃で加速し、四方八方へと飛び散る。


 しかしながら、さながら式典用の花火のごとき派手な見た目とは裏腹に、対竜および対竜騎兵への殺傷能力は極めて低い。

 旧式となったバリスタ用のものを再加工しただけの鉄矢は、そこそこの貫通力はあるものの、竜を一撃で殺せるだけの破壊力は無く、より堅牢に進化した竜騎兵の装甲を貫けるほどの威力も無いのだ。

 せいぜい飛行する虫竜の羽を傷付けて敏捷性(びんしょうせい)を削ぐか、人間の集団を制圧する程度にしか使えない代物である。


 そんなことは砲撃を要請したユーリもわかっている。

 鋼針弾で肢竜(ヒドラ)を仕留める必要はまったくない。

 要はこの鉄矢が戦場全体にばら撒かれ、地面に突き刺さってさえいれば、それでいい。


 *****


 鋼針弾の着弾と共に一斉に後退を始めたアヴァロン軍第三騎士団。

 その中にあってただ一騎で前方へと斬り込んでいくのは、双腕に鋼鉄製の鎖を(たずさ)えたブリューナクである。


 脱兎の勢いで後ずさるアヴァロン軍に対し、猛然と突撃を開始する肢竜(ヒドラ)の群れ。

 再び黒い濁流と化したそれらを遮るようにして、ブリューナクが長大な鎖を左右へと伸ばす。

『おい、お前らの相手はこの俺だ』

 ユーリがそう言うや否や、ブリューナクの全身が月光のごとき蒼い光を放つ。

 それは瞬く間に両腕の鎖を伝わり、空中に(いびつ)な弧を描いて何十という肢竜(ヒドラ)へと襲い掛かった。


 直後、炸薬が弾けるような音と共に突進する群れが一瞬、全身から炎を上げたように見え、それから完全に動きを止めた。

 稲妻の直撃に匹敵する電流をその体に受けて、肉は焼け、内臓は焦げ、全身の筋繊維もまた感電し麻痺(まひ)を起こしたのだ。

 しかも、それは鎖の周辺だけに留まらない。

 鎖から遠く離れた個体もまた、同様に強烈な雷撃を受けて感電し、苦悶の叫びと共に白煙を上げている。


 アヴァロン軍が一斉に後退したのは、このためだ。

 ブリューナクが放った雷は、金属製の鎖を通るだけでなく、鎖の近辺に突き立ったままの鉄矢に伝わってさらに広範囲へと広がっていく。

 雷とはその性質上、最も近くにある伝導体へと瞬時に伝わる性質を持つ。

 そのため、鉄矢の刺さった領域から距離を開けなければ、自分たちが雷撃を受ける恐れがあるのだ。


 ユーリは闘争本能を剥き出しにし、それに呼応するかのようにブリューナクの放電はさらに強さを増していく。

 身をよじって全身から稲妻を放つブリューナクは、殺戮の歓喜に悶える暴竜そのものだった。

 純白の鱗に覆われた素体は、いまや遠目に蒼く見えるほどに激しく燐光(りんこう)を放っている。

 光は四腕が振るう鉄鎖を流れて雨のように地表の鉄矢へと降り注ぎ、地下へと流れた電雷はさらなる行き先を求めて縦横無尽に地中を駆け巡るのだ。

 天を(はし)る雷は弧を描いて踊り狂い、地を埋め尽くす鋼は火花を散らして冷たい土の下へと死を放つ。

 朝霜で凍り付いた土はさながら澄んだ湖水のように容易くブリューナクの雷撃を通す。

 地下に潜む異形にとって、それはもはや身を隠すものではなく、身を焼き焦がす電雷を伝える危険な物質でしかなくなったのだ。


 鉤爪(かぎづめ)が地面を突き破り、何十もの黒い影が土の中から這い出した。

 そのすべてが、ただ一騎の竜騎兵を殺すため、濁流となって押し寄せる。


 *****


 さぁ出てこい。

 出てきてこの身を裂いてみろ。


 ユーリの口元が凶悪に歪む。

 普段の落ち着いた態度からは想像もできないほど、殺意と狂気に満ちた表情。

 何十年も大陸を放浪し、竜を狩り続け、その末に辿り着いた原始の感情。


 竜殺し、とはよく言ったものだと、笑う。

 自分は何者かと、それを見付けるために旅を続けていたつもりだったが、結局は元いた場所へと大回りで帰ってきたに過ぎなかった。

 年を経ることもなく、死ぬこともなく、ただ延々とひたすらに竜を殺し続ける。

 いつかどこかで、それも終わる日がくるのだろうと、そう思っていた。

 満足した、うんざりした、飽いてしまった。

 終わるための理由なんて、なんでもいいはずだ。

 けれども、憎悪も殺意も尽きることはなく、いつまで経っても血みどろの戦場を駆けずり回っている。


 それが辛いわけではない。

 むしろ逆だ。

 それが楽しいのだ。

 それだけが、楽しいのだ。

 戦いの中、命を狩り()るその瞬間に感じる刹那の熱気だけが、永遠の中に沈殿したこの心を焼き焦がしてくれる。

 命の所在を確かめるための、たったひとつの方法。

 普通に生きることも、無様に死ぬこともできないならば、この永遠を猛火にくべて心を焦がす他に、一体なにができるというのだ。


 生物というものは、殺意に対しては異常なまでに敏感に反応するよう出来ている。

 いま眼前で肌がひりつくほどの殺気を放っている肢竜(ヒドラ)にしたってそうだ。

 ほんの少し痛めつけてやれば、すぐにこちらを敵と認識し、全力で殺しにかかってくる。

 それでいい、それこそが生命の本質だ。

 国家だの何だのと小難しい理屈を並べ立てても、要は人間だって同じようなものだろう。


 敵は殺す。

 敵は殺す。

 敵は殺す。


 獣のような叫びを上げるユーリの殺意は、無数の稲妻となって再び戦場に撒き散らされる。

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