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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
6/70

殺戮衝動

 なんだ、こいつは。

 陥没した地面から現れたものを見て、サイラスは一瞬その動きを止める。


 そこには、先ほど自分が切断した地虫竜(ワーム)の下半身と思われる長大な物体が、鎌首をもたげた蛇のような姿で立っていた。


 しかしその先端部の形状は、彼らが知っている地虫竜(ワーム)のそれとは明らかに違っている。

 通常、地虫竜(ワーム)の尻(正確には腹)は竜核を保護する厚い外殻に包まれている。

 しかしこの個体の尻は外殻が砕けており、その上から何か別の、血のように赤いクモのようなものが覆いかぶさっている。

 このような生物がオスタリカ近辺に生息しているという話は聞いたことがない。

 おそらくは竜の一種、地虫竜(ワーム)と同じ虫竜の変異種か何かだろう。


 赤い虫竜には八本の長い脚が生えており、それらは外殻を失ってむき出しになった地虫竜(ワーム)の肉を、人間が両手を組み合わせるような形で抱え込んでいた。

 さらに地虫竜(ワーム)の体には虫竜のものと思われる細長い尻尾が巻き付いている。

 先端部はサソリの針に似て鋭く尖り、それは時折、威嚇するように小刻みに振動し、きちきちという不快な音を周囲に響かせていた。


『サイラス! 離れろ!』

 (なか)ば呆気にとられたように動きを止めるサイラス騎に、ユーリが叫ぶ。

 ユーリの一言で我に返ったサイラスは、すぐさま自騎を跳躍させて後方に退避。

 同時に、ユーリ騎は左手に装着された小型バリスタから、地虫竜(ワーム)に取り付く赤い虫竜を狙った鉄矢を放つ。

 小型バリスタは破壊力こそ低いものの、反動が小さく自動で連射が可能だ。

 ユーリはバリスタに残った十本の矢を全て連続で撃ち続け、虫竜および地虫竜(ワーム)の動きを牽制する。

 虫竜の外殻を貫通して殺せるのならばそれでよし、そうでなくとも動きは止まる。

 そう考えたユーリの行動は合理的かつ適切なものだった。

 が、赤い虫竜が次に見せた動きはユーリの予測範囲を超えるものだった。


 飛来する鉄矢に気付いた甲虫は、そのまま鉄矢を受けるでもなく、身をよじって回避するでもなく、後部に生えた尻尾を振り回し高速で飛来する十本を全て叩き落とす。

 ユーリにもサイラスにも、尻尾の動きをはっきりと視認することができなかった。

 もし虫竜があの尻尾で竜騎兵に対して攻撃を仕掛けてくれば、回避はおろか防御することすら難しいだろう。


 ユーリの背筋に、ぞくりと寒気が走った。

 それと同時に、胸の奥から不気味な感覚が這い上がってくるのを感じる。

 あぁ、まただ。

 徐々に大きくなるその感覚は、火で(あぶ)られた紙が焦げていくように、ユーリの心を浸食し始める。


 後方に飛び退いたサイラス騎は着地と同時にアクスバンカーを構えて戦闘態勢をとるが、先ほど見た尻尾の動きを警戒してか、すぐさま攻めに転じることはできない。

 それでなくとも見たこのとのない種だ。他に何を仕掛けてくるか分かったものではない。

『一体なんなんだい、こいつは』

 少し離れた位置に立つカーラが苛ついた口調で言う。

『知るかよ。それよりどうすんだカーラ、戦うのか?』

 アーベルは大型バリスタの再装填を終え、射撃体勢に入っていた。

 予備の砲身は重量のかさむチェーン付きのものではなく、代わりに回転式シリンダーを内蔵した連装式のものだ。三発まで連続射撃が可能だが、チェーンのように対象を捕縛(ほばく)することはできない。

 そしてユーリ騎が放った鉄矢を弾き飛ばした尻尾の動きを見るに、速度で劣る大型バリスタが命中する確率は低いように思えた。

 大型バリスタの鉄杭は小型のそれよりも遥かに重量があり、地虫竜(ワーム)の硬い外殻を易々と貫くほどの威力を持っている。大型の竜でもない限りこれを防ぐことは難しいのだが、先ほど虫竜がやったように横からなぎ払う形で衝撃を与えれば、その軌道は簡単に逸れてしまうだろう。


 今の装備では危険か。

 カーラはそう判断し、撤退の合図を出そうとする。

 もとより彼らはこの国の人間ではない。

 報酬を求めて竜を狩る、いわば流浪の傭兵だ。

 国に仕える騎士のように他人を守る義務を背負っているわけでもない。

 命を賭けるには相応の対価が必要だ。

 その考えは、長年カーラと共に戦ってきたアーベルとサイラスも同様だった。


 撤退。

 この場においてはそれが妥当な判断だ。

 三人は無言のうちに理解し合い、じりじりと後退して地虫竜(ワーム)と謎の虫竜から距離を開いていく。


 だが、そんな中。


『おいユーリ! 何してる!』

 ユーリ騎だけが攻撃態勢を継続し、一歩ずつ地虫竜(ワーム)の体に近づいていく。

 ユーリは弾切れとなった左手のバリスタを放棄し、腰の裏に吊り下げられた小型の円盾を装着する。腕の装甲に固定できるタイプの軽い盾で気休め程度の防御性能しか持たないが、何も無いよりはましといった代物である。

 そして右腕にはまだ未使用の単発式小型バンカーが握られている。

『戻れユーリ! どうするつもりだ!』

 カーラが叫ぶ。

 しかしユーリ騎は動きを止めようとしない。


 どうするつもりだって?

 決まってる。


『あの竜を殺す』


 そうだ、竜は殺さなくてはならない。

 ユーリの胸中にあるのは脅迫観念にも似た、暗く強い衝動。

 竜という名を聞くたび、竜という存在を間近で感じるたび、その衝動は強くなっていく。

 不意に脳裏に浮かぶのは、紅蓮に燃える街のイメージ。

 竜は殺さなくてはならない。

 まだ俺の竜騎兵は動く。武器も残っている。

 それならば――


『まずいぜカーラ、あの野郎またキレてやがる』

 アーベルが焦りの混じった声でカーラに呼び掛ける。

 また、という言葉通り、ユーリがこのような行動に出るのは今回が初めてではない。

 彼は若いながらも優秀な竜騎兵乗りで、冷静かつ合理的な戦術を身に付けた一人前の戦士ではあるが、時折まるで人が変わったように好戦的になることがあった。

 それは決まって危険な状況、強大な竜と相対した時に起こる。


 幼い頃に見た光景を憶えているのかもしれないと、彼の育ての親であるジークはそう言っていた。

 竜に滅ぼされた小国ユリンガルドの、最後の生き残り。

 ユーリ本人も気付かないほど心の深い場所で、あの地獄のような光景は今も彼を(さな)んでいるのだろうか。

 実際、身の危険も(かえり)みず、自分も相手もずたぼろになるまで戦い続けるその姿は、まるで激しい憎悪に身を焦がす復讐鬼のように見えた。


『サイラス! ユーリを止めろ!』

 カーラはユーリ騎に一番近いサイラスにそう叫ぶと同時に、自騎を操り前方へと走りだす。

 サイラス騎もまたユーリ騎に駆け寄り、その肩を掴んで動きを止めようとする。

 だが、ユーリ騎は身を(かが)めてサイラス騎の腕をかわし、そのまま前傾姿勢で赤い虫竜が取り付いた地虫竜(ワーム)に向かって突進を始めた。


 虫竜の反応はやはり早く、ユーリ騎の動きを察知するやいなや、細い尻尾を振り上げて攻撃の構えをとる。

 そして繰り出される高速の一撃。

 やはり尻尾の動きは目で捉えることができない。

 風を切るような音がして、ユーリ騎の右肩に装着された分厚い鋼鉄の装甲が弾け飛ぶ。

 宙を舞う装甲は、まるで大斧で叩き割られたように裂けている。

 もしこの装甲が無ければ、ユーリ騎は肩口から右腕を切断されていただろう。


 それでもユーリ騎の突進は止まらない。

 虫竜は狂ったように尻尾を振り回して、二撃三撃とユーリ騎に攻撃を仕掛ける。

 そのたびに周囲の木々はまるでバターで出来ているかのように綺麗に切断され、軋みを上げながら倒れていく。

 一歩間違えれば瞬く間に五体をばらばらにされそうなほどの凄まじい斬撃だ。

 ユーリ騎は円盾を前面に構えて頭と胸を守りながら、行く手を塞ぐように倒れてくる木々を巧みにかわし、矢のような勢いで虫竜に迫る。


 ユーリ騎の装甲はほとんどが斬り飛ばされ、その下にある素体もまた多数の斬り傷を受けている。

 その痛みは竜核を通じて竜騎兵と感覚を共有するユーリにも伝わっており、物理的なダメージこそ無いものの、精神的な負荷は極めて高い状態にあるはずだった。

 しかしユーリ騎の動きはいささかも衰えない。

 カーラ騎もサイラス騎も急いでその後を追っていたが、もともとユーリ騎よりもやや重装甲にセッティングされた二騎では速度的に劣るため、装甲を失ってより身軽になったユーリ騎との距離は開く一方だ。

 アーベル騎もまた大型バリスタによる援護射撃を狙っているが、次々と倒れる木々の枝葉に視界を遮られ、上手く狙いを付けられないでいる。


 虫竜の斬撃はなおも激しさを増し、ユーリ騎はその中を真っ直ぐに突っ切っていく。

 構えた円盾はもはや縦横無尽に切り裂かれ、それを取り付けた左腕の装甲もまたぼろ切れのような状態になっていた。

 これ以上は装甲がもたない。

 そう直感したユーリは、あと十歩ほどという距離で軽く跳躍し、着地すると同時に両足を曲げて自重(じじゅう)をさらに前方へと傾ける。

 一瞬しゃがみこむような姿勢になったユーリ騎の頭上を、虫竜の尻尾がかすめた。

 右から左への高速斬撃。あと少しで頭を斬り飛ばされるところだった。

 実際に自分の首が飛ぶわけではないが、その感覚を受けたならただでは済まない。

 耳元をそっと撫でられるような死の予感。

 その恐怖がユーリの殺意をさらに強くする。


 こいつを殺す。


 ユーリ騎はありったけの力を込めて前方へと跳び上がった。

 彼らが駆るグラディウスタイプの竜騎兵は、二本足で野山を駆ける陸竜を素体とするものだ。

 膂力(りょりょく)は比較的弱いものの、他のリザード級竜騎兵に比べて足回り、特に跳躍力に優れる。

 装甲を失い身軽になったユーリ騎は、その跳躍力を生かして自騎の三倍はあろうかという高さにある地虫竜(ワーム)の最後部、そこに取り付く赤い虫竜を目前まで一気に接近する。

 右手のバンカーを振り上げて、刺突の態勢をとった。

 バンカーの薬室にはすでに炸薬入りのシリンダーが送り込まれている。

 トリガーを引けば使える状態だ。


 死ね!

 暗い激情と共に突き出されるユーリ騎の右腕。

 その手に握られたバンカーの穂先が、赤い虫竜の体まであと(わずか)かという一瞬。

 紫の鮮血を噴き出しながら、むき出しになった地虫竜(ワーム)の最後部から何かが飛び出した。


 それは尻尾と同じような形状をした、二本の細長い触手。

 不意を打って飛び出した触手は、ユーリ騎の胴を狙って真っ直ぐ突き出される。

 空中にいるユーリ騎は回避することもできず、左の肩口と腹を貫かれ、串刺しになったまま空中で静止する。


 バンカーの穂先は、虫竜まであと拳ひとつ分という距離で止まっていた。

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