真竜 1
最前線でアヴァロン軍のエストックが、大盾を並べて即席の壁を作る。
竜騎兵をすっぽり隠すほどの巨大な盾は生半可な攻撃ではびくともしないのだが、押し寄せる肢竜の勢いは一向に衰える気配を見せない。
『団長! これじゃそう長くもちませんよ!』
『うるっせぇな、つべこべ言わずに押せ押せ』
盾の上から顔を覗かせた肢竜の一体をバンカーの一撃で吹き飛ばしながら、カークスが配下の騎士に檄を飛ばす。
バンカーの炸裂音、ファランクスの掃射、カノンの砲撃などあらゆる轟音が谷間で反響して、耳が馬鹿になりそうな状況だ。
後方でカレンが何か騒いでいるが、まるで水の中に放り込まれたように音がくぐもっており、はっきりと聞こえない。
おまけに肢竜どもは絶え間なく大盾を引っ掻き回し、不快な金属音を立て続けている。
少々精神面の弱い兵ならば、ものの数分で恐慌状態に陥る状況だ。
その中にあってカークスの落ち着きようはさすがに歴戦の守護騎士といったところで、肢竜の群れにすぐ鼻先まで押し込まれている状況でも普段の調子を崩さないが、とはいえ状況があまり芳しくないのも当然ながら理解している。
こんな所で力任せの押し合いをしていて、埒が明くはずもない。
現状としては、最前線にてカークスの第三騎士団が防御陣形を敷いて肢竜の群れを足止めし、後方斜面に展開したアウロラ率いる第二騎士団が火砲による側面からの砲撃を行っている。
その合間を縫うようにしてカレンが団長を務める第一騎士団が一撃離脱の突撃をかけているのだが、確かに殲滅しているはずの肢竜はアヴァロン軍に圧倒されるどころか、徐々にその勢いを増しているようにすら感じられるのだ。
『まったく、どうなってんだこいつら? まさかとは思うが本当にアレなのか?』
アレ、と言葉をぼかしたのは、その存在があくまで噂に過ぎないからだ。
いや、噂というよりもはや伝説か与太話に近い。
そいつはつまり――
『これ、本当に無限竜かもね』
カークスの頭の中を代弁するかのように、誰がそう言葉にする。
無限竜ファーブニル。
百年も昔から語り継がれる、国喰らいの暴竜。
『あぁ、言っちゃったよ。あえて俺が口にしなかったのによ』
そう言うと共に、大きな溜息が漏れる。
溜息の原因は、誰かが禁句を口にしたということだけではない。
『つぅか、お前こんなとこで何してんだよレオン』
前線を構築するエストックの一騎、その伝声管から響いてきたのは間違いなくレオンの声だった。
『いやぁ、僕も何か手伝おうと思ってさ。カリバーンは使ってないから問題ないでしょ』
レオンはあっけらかんと答えるが、そういう問題ではない。
『あ、カレンには内緒で頼むよ』
『当たり前だ、とばっちりなんか食いたかねぇからな』
言いながら、大盾の隙間から頭を捻じ込んできた肢竜を、カークスのガラティーンとレオンのエストックが同時に蹴り飛ばす。
徐々に肢竜の押しが強くなっている。
このまま防衛線を張り続けても、急造の土壁で洪水を堰き止めているようなもので、いずれは決壊してしまうだろう。
現に、既に何騎かのエストックが大盾の向こうへと引きずり出され、損害を受けている。
騎体下半身がそっくり無くなったくらいはまだ運の良い方で、操縦者ごと一騎まるまる喰い尽くされた奴もいる。
『で、大将、どうすんだよこの状況』
聞いてはみたものの、アヴァロン軍の中でも古株で、随一の戦闘経験を誇るカークスにもどのように戦えばよいのか見当も付かない。
そもそも本当にこれがファーブニルだとしたら、人間がどうこうできるものかすら怪しい。
竜というものは細かく分類していくと、実に様々な種類に分けることができる。
例えば小分類では、その姿や生態から獣竜、鳥竜、虫竜、魚竜など。
さらにその上位種として、竜学者が定義付けるところの四元素を操る火竜、水竜、風竜、地竜。
これらはすべて単に“竜”と呼ばれるが、厳密には“亜竜”という種類に属し、この“亜竜”という枠組みで大多数の竜は分類することができる。
問題は、分類できないごく一部の個体。
それらは環境に適応する中で本質を失くしていった亜竜に対し、“真竜”と呼ばれる。
真竜――即ち、真なる竜。
それらは竜が持つ本来の性質、人知を超えた力をそのまま受け継いだ個体の総称だ。
例えば、無尽蔵に自己増殖することから名付けられた、無限竜ファーブニルのように。
『どうもこうもないよ、こいつを退治して世界に平和をもたらすのが我ら勇者のお仕事さ』
『その勇者様ご一行が入口でこのザマじゃ世話ねぇな』
弾切れしたバンカーに弾薬を詰めながらカークスがぼやく。
実際、こんな所は城攻めで言えば堀の外側といったところで、城門の手前ですらない。
『ま、その辺りは助っ人の活躍に期待しようじゃないか』
『あぁ? 誰が――』
言い切る前に、カークスは首筋に焼きごてでも当てられたかのような熱を感じた。
冗談のように強い竜の気配。
それが、大盾で作られた壁の向こう側へと、矢のような速さで落下した。
地響きと共に閃光が走り、激しく砂埃が舞い上がる。
山頂から降り注ぐオスタリカ軍の迫撃砲、その不発弾か何かが降ってきたのだと誰もが思った。
それは、カークスも例外ではない。
『危ねぇだろ! どこのアホだ糞ったれめ!』
大声で山頂に向かって怒鳴りつけるが、距離的に聞こえるはずもない。
だが、意外にも答えは返ってきた。
それも山頂ではなく、眼前に立ち並んだ大盾の、すぐ向こう側から。




