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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴518年 ヴァルツヘイム
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北天に舞う太陽 2

 谷底へと続く斜面は肢竜(ヒドラ)の残骸で黒く染まり、それはまるで精緻(せいち)な風景画にインクをぶちまけたような有様だった。

 緑豊かとまではいかないまでも、独特な立ち姿の針葉樹と白みがかった岩石で彩られた景色は大陸中央部では見られない独特の美しさを誇っていたのだが、こうなってしまえば血生臭い戦場以外の何ものでもない。

 ひとつ、またひとつと爆音が鳴り響くたび、黒い染みが斜面を塗り潰していった。

 長い年月、谷底から吹き上がり続けた風によって滑らかな曲面にまで削られた岩の上を、腐った果実の汁にも似た濁った体液が流れ落ちる。

 その中を、ユーリの操るブリューナクが、さながら弾丸のように駆け抜けていく。


 次々と襲い掛かってくる肢竜(ヒドラ)の群れを、鋼鉄の穂先が、真っ赤に焼けた対竜弾が、爆ぜて炎と化す榴弾が、一瞬のうちに(むくろ)へと変えていく。

 異形の竜騎兵を象徴する四本の腕がそれぞれ別の意思を持っているかのように動き、前後左右あらゆる方向からの襲撃を退けていた。

 左から振り下ろされた大爪を左副腕の小盾で受け止め、右副腕のバンカーで本体を吹き飛ばし。

 右前方の地面から飛び出した一体は、跳躍してそのまま蹴り潰し。

 左右から同時に来れば右主腕のファランクスと左主腕のカノンが火を噴き。

 正面から数匹が固まって突進してくるならば、弾切れしたバンカーに爆炎筒を引っ掛けて投げつけ、間髪入れずファランクスを撃ち込んで一気に爆破する。

 そんなブリューナクの姿は人間が操る兵器というよりも、そう戦うために生まれついた生物のようですらあった。


 目の前の集団をあらかた片づけたユーリだったが、下方に目をやると、他の十倍はあろうかという巨大な肢竜(ヒドラ)が斜面を駆けあがって来るのが見えた。

『まったく、面倒な奴らだな』

 誰に言うでもなくそう呟く。

 何が面倒かといえば、この下っ端どもを皆殺しにしたところで特に意味はないという点だ。

 これらは人間で言えば、いくらでも生えて伸びる爪の端のようなもの。

 それをいくら必死に削ったところで、本体を殺すには到底及ばない。

 こいつらを真に殺し尽くすには、何百何千という中からだた一匹、竜核を持つ本体を見つけ出して殺さなければならない。


 本当に、本当に面倒な奴だ。

 言いながら、言葉とは裏腹にユーリの口元が(いびつ)に吊り上がる。

 その表情は、笑うと呼ぶにはあまりに狂暴で殺気立っていた。


 久しく忘れていた感情。

 そう、これは愉悦(ゆえつ)だ。


 体中の血か沸騰(ふっとう)し、激流となって血管を巡るような感覚。

 殺せ、殺せ、ぶち殺せ。

 彼の心臓が、彼の心が、彼の奥底にある彼でない何かが、殺せ殺せと叫びを上げる。


 そうだ、そうだな。

 殺そう。

 こいつを殺そう。

 こいつを殺して、何もかも終わらせよう。

 それが望みなんだろう、なぁ。


 そうして狂気に満ちた咆哮(ほうこう)を上げ、ブリューナクは大型の肢竜(ヒドラ)へと向かって真っ直ぐに駆け降りて行く。


 *****


 斜面を蹴り、大型肢竜(ヒドラ)に向かってブリューナクが突っ込む。

 出会い頭にカノンとファランクスの同時射撃。

 そこから間髪入れずにバンカーの一撃を喰らわせ、大穴が開いた所へ焼夷弾(しょういだん)を叩き込む。

 このデカブツの生命力がいくら強かろうと、それで少なくとも戦闘不能にはできるだろう。

 大型肢竜(ヒドラ)は体表面に生える無数の腕、その鋭い鉤爪(かぎづめ)をガチャガチャと鳴らし、威嚇(いかく)するようにブリューナクの方へと突進する。

 しかしその眼の無い頭は、ブリューナクの騎体よりもさらに上方へと向けられている気がした。


 その動作にユーリが違和感を覚えた矢先。

 ()け付くような強い竜の気配と共に、何かが高速でブリューナクの頭上を飛び越して行った。


 ユーリの視線は、反射的にその飛翔する何かを追う。

 が、しかし彼の眼に飛び込んできたものは、太陽にも似た(まばゆ)い光のみだった。

 一瞬、視界が真っ白に染まり、眼球の裏側を指で引っ張られたような鈍い痛みが走った。

 不意の強烈な光にユーリは思わず眼を細める。

 狭まった視界に踊るのは、紅い影。

 それは閃光を放つ両翼を広げ、風を切り裂き北天を駆ける飛竜。

 皇竜騎(アークドラグーン)クラウソラス。

 再活性化により進化した騎体、その翼が放つ輝きは、まさに太陽そのものに見えた。


『どぉけぇぇぇぇぇっ!』

 裂帛(れっぱく)の気合いと共に繰り出されるのは、何の変哲もない飛び蹴り。

 その、ただの蹴りですら、夜空を駆ける流星のごとき速度によって、想像以上の破壊力を生み出す。

 たったの一撃でクラウソラスの十倍はあろうかという大型肢竜(ヒドラ)の巨体は宙へと浮き上がり、少し遅れて、思い出したように大木がへし折れるような音が鳴り響いた。

 蹴りの当たった個所が大きく陥没し、骨格を粉々に砕いた衝撃力は体内で逃げ場を失い、表皮を破って外へと噴き出した。


 呆気に取られるユーリの目前に、光る翼を大きく一度はためかせてクラウソラスが着地した。

『なんだ、見かけ倒しもいいところだな』

 ふんっ、という鼻息のような笑いと共にリゼリアの声が響く。

『どうだ竜殺し、昨夜のお返しだ』

 そう言いながら、クラウソラスがブリューナクの方へと振り向く。

 昨夜というのは多分、彼女が戦っていた肢竜(ヒドラ)をブリューナクの雷撃で殺した件だろう。

 お返しというのが助勢に対する礼なのか、それとも獲物を横取りされた報復なのか。

 まぁ十中八九、後者なのだろうが。

 答えに(きゅう)したユーリは、とりあえず『あぁ、そうか』とだけ返す。

 その一言と共に、胸の奥底で燃え上がっていたどす黒い感情も一緒に吐き出してしまったような気がした。


『それより、何なんだその非常識な竜騎兵は』

 空を飛ぶなんて聞いたこともないぞ、とユーリは吐き捨てるように言う。

 そう、竜騎兵が飛行するなど、彼の知る限りでは前代未聞だ。

 だが、当のリゼリアはユーリの問いに、さして面白くもなさそうに答える。

『こっちにしてみれば腕が四本付いてる方が非常識だ。あたしは竜の力を操れて、このクラウソラスには立派な翼が生えてる。だったら空くらい飛ぶだろうさ』

 何か文句でもあるのか、と余計な一言を加えてリゼリアは谷底へと向き直った。

 減らず口のようにも聞こえるが、言っている内容は意外にも真理を(はら)んでいる。

 つまるところ、竜の力を扱えるならば、竜にできることはできるということだ。

 例えば地中を掘り進むことも、溶岩の中を泳ぐことも。


『まぁいい。それでお前、谷底まで降りてどうにかできるのか?』

 同じく谷底を見下ろしながらユーリが問う。

 見たところクラウソラスの装備は、肩部装甲に固定された両手持ちの大剣一本のように見える。

 刀身の根元にある装填シリンダーを見る限り炸薬式の兵器、恐らく昔オスタリカの工房で見たキャリバーとかいうやつだろう。


『そのお前ってのをやめろ。次に言ったら殺すぞ』

『悪かったな、リゼリア』

『呼び捨てもだ!』

 あぁ、面倒くさいなこいつ。

 リゼリアの憤慨(ふんがい)した声をよそに、ユーリは小声でそう(つぶや)く。


『で、結局どうなんだ。あの黒いのを片付けられるのか?』

『当然だ。あんなもの一瞬で消し炭にしてやる』

 なるほどな、とユーリは答える。

 考えうる限り、この状況を手っ取り早くどうにかしようとすれば、必然その答えに行き着く。

 要するに、クラウソラスの能力で一発ぶちかまそうというわけだ。

 だが、ひとつ問題がある。

『大体わかった。だが、そいつは土の中に(もぐ)ってる奴には効果が薄い』

 詳細はともかく、クラウソラスのそれは高熱による攻撃なのだろう。

『だったら地面ごと焼いてやる』

 と、リゼリアはむきになったような口調で言うが、そう簡単にいくものではない。

 土というものは存外に熱を遮断してしまうもので、火竜に行き会った者が地面を掘り返して生き延びたという話もあるくらいだ。


 ならばどうするか。

 それは考えるまでもない。


『もっと良い方法がある。地面の中にいる連中は俺とアヴァロン軍でどうにかして追い出す。お前は出てきた奴らを一気に焼いてくれればいい』

 悪くない作戦のはずだ。

 そう言ったユーリの言葉に、リゼリアは少し考え込んだ後、答える。

『いいだろう、できるだけ一ヶ所に集めてくれ。それから――』

 言いながら、クラウソラスの腕が両手剣を手に取り、勢いよく脚元の斜面へと突き刺す。

『次にお前と呼んだら、本当に殺すからな』

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