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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴518年 ヴァルツヘイム
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北天に舞う太陽 1

 斜面を下る、と言えば聞こえはいいが、それはもはや滑落としか表現しようのない姿だった。


 ブリューナクは両脚の爪で速度を制御しながら、自重に任せて騎体を滑らせる。

 コツさえ掴んでしまえば簡単な動作だが、だからといってバランスを崩せば即座に谷底まで転げ落ち、無事では済まないという現実に変わりはない。

 ユーリはしかし、その状況下においても冷静にブリューナクを制御し、あまつさえその腕に抱えたファランクスによる牽制(けんせい)射撃までこなしていた。


 谷底にひしめく肢竜(ヒドラ)の群れはさらにその数を増やし、山の中腹辺りから見ればアヴァロン軍の竜騎兵が黒い河をせき止めているように見えた。

 放っておけば間もなく前線が瓦解(がかい)し、本隊に大きな損害が発生するのは間違いないだろう。


 後方で、遠雷のような砲撃音がいくつも鳴り響く。

 続いて、まるで笛の音のような高音を上げて大口径の榴弾が谷底へと降り注いだ。

 山頂に設置した迫撃砲からの砲撃支援。

 だが、それもアヴァロン軍の前衛部隊を巻き込まないためには、やや後方へ撃ち込むのが精一杯という状況だ。

 さすがに城塞の壁すら吹き飛ばす威力の迫撃砲弾を受けて肢竜(ヒドラ)も無傷ということはないが、問題はこの奇妙な生物の特性である。

 木端微塵の肉塊と化した個体でさえ、数瞬の後には他の個体に捕食されて同化してしまう。

 これを殺すには焼夷弾で焼き尽くすのが得策と思われるのだが、そんなものを谷底に撃ち込めば、味方に甚大な被害が出るだろう。

 となれば、もはや谷底まで下って一匹ずつ処理するしかない。

 斜面を滑り下りれば、そう時間はかからないだろう。


 と、思っていたのだが。

 やや下方の斜面に、何か黒いものが湧き出てくるのが見えた。

 クソったれ、と毒吐く代わりに舌打ちをひとつ。


 先日のものよりも前腕が発達した肢竜(ヒドラ)の個体が、その鋭く巨大な爪で地面を掘り返して現れる。

 アヴァロン軍の連中が急襲を喰らうのも無理はない。

 これらは地上でも空中でもなく、地の底から現れたのだから。


 ユーリは迷うことなく、それらにファランクスの銃口を向けてトリガーを引いた。

 弾帯が次々と給弾口へと飲み込まれいき、それと同じだけの火線が朝靄の舞う冷たい空気を切り裂いて飛んでいく。

 後に残るのは火薬が焦げる匂いと僅かな硝煙、そして排莢口から吐き出されるおびただしい数の空薬莢だけだ。


 竜核の気配が感じ取れなくとも、ユーリの眼は次々に現れる黒い影を的確に捉えていた。

 一匹、二匹と対竜弾の斉射を受けてその身を裂かれていく肢竜(ヒドラ)だったが、相変わらずその生命力は尋常ではなく、致命傷を与えるには至らない。

 おまけに千切れ飛んだ四肢や肉片は即座に別の個体に捕食され、吸収再生されてしまう。

 焼夷弾で燃やすか、それとも細切れになるまで徹底的に破壊するか。

 ブリューナクの雷撃でも殺すことはできるだろうが、昨夜の戦闘で感じた手応えだと、いかんせん時間を喰い過ぎるように思える。


 極めて面倒な相手だ。

 これに難なく対処できる竜騎兵は、いまのところ一騎しか思い浮かばない。


 *****


 大盾を構えてひしめき合う竜騎兵の一団、その間に怒号が飛び交う。

 アヴァロン軍の第三騎士団がいかに精鋭揃いの前衛部隊であろうと、間近で相対する竜はやはり恐ろしいものだ。

 カノンの砲弾すら弾き返す鋼鉄製の大盾を一枚隔てたすぐ向こうには、無数の肢竜(ヒドラ)がこちらを喰い殺そうと押し寄せている。

 巨大な爪で盾の表面をがりがりと引っ掻く音が延々と響き渡り、彼らの士気は恐怖心によって少しずつ削られていく。


 それでも彼らが一歩たりとも退かないのは、すぐ隣に並ぶ仲間のためだろうか、それとも栄えあるアヴァロン軍の騎士団に名を連ねる誇りからだろうか。

 時折、大盾を乗り越えようと頭を出す個体を、すぐさま後ろの騎体がバンカーで吹き飛ばしていく。

 個々の役割を忠実に果たすことで生まれる、完璧な連携。

 それを可能にするのが、何の特徴もない当世随一の凡庸騎体と呼ばれたサーペント級竜騎兵のエストックである。


 それまで使用されていた主力騎レイピアの後継騎として十数年前にアヴァロン王国の兵器工廠で開発されたこの竜騎兵は、筋力、瞬発力、強度のいずれにおいても標準的かやや優れている程度で、生産性が極めて高く量産が可能な点を除けばしごく平凡な騎体だった。

 しかしそれは同時に、高い汎用性という性能を獲得しているとも言えるのだ。

 カークス率いる第三騎士団の騎体は隊列進軍による戦線の構築と、戦線維持のための防御能力を重視した重歩兵仕様に調整されている。

 逆にアウロラの第二騎士団などは、後方からの遠距離攻撃を主体とした猟兵仕様の装備になっており、部隊を迅速に展開するため装甲は最低限に抑えている。


 これらを同じ騎体がこなしている。

 つまり、装備次第でどちらの役割もこなすことが可能である。

 例えば、前線に重歩兵が足らない場合。


「第二のエストック十騎、換装完了しました!」

『よしそいつらは第一と一緒に前線に回して。残りはあたしと一緒に斜面に展開』

 アウロラの指揮を受けて、後方で待機していたエストック三十騎がそれぞれ行動を開始する。

 第二騎士団の猟兵型エストック、その十騎を重歩兵型へと換装し、前線へと回す。

 加えて、近距離戦と遠距離戦のどちらも標準以上にこなせるエリート集団、カレン率いる第一騎士団もそれに加わり、力づくで押し込もうというのだ。

 でなければ、後方の非戦闘員と補給物資が危ない。

 やや強引な気がしなくもないが、悪いのはカレンの判断ではなく状況の方だろう。


『ていうか、オスタリカ軍は何してるのさ。山の上はともかく、後方部隊はお客様気分?』

「いえ、戦闘準備が完了してこちらへ向かっています。しかし……」

 不満そうに言うアウロラに答える兵が、やや言いよどむ。

『しかし、何?』

「いえ、指揮を()っていると思しき騎体が、見たことのない騎体だったもので」

 紅竜騎士団と呼ばれるオスタリカ軍の主力騎はエストックと同じ思想で配備されたサーペント級竜騎兵のグレイブだ。

 それを束ねるのは副長騎であるワイバーン級竜騎兵、ベガルタとモラルタ。

 そして頂点に立つのは言うまでもなく、あの不敗の紅玉竜クラウソラスである。

 これ以外に判別できない騎体となると、恐らくは新型竜騎兵だろう。

『まぁいいか、それじゃあ彼らに伝えて。前線は我らアヴァロンの騎士が押さえるから、オスタリカ軍は後方の守備をよろしくって』

 了解しましたと兵は短く返事をし、持ち場に戻る。


 さて、と一息を吐き、アウロラは自騎クレタナの操縦へと戻る。

 愛用のロングカノン、そして榴弾、焼夷弾、炸裂鋼針弾などなど、大量の弾薬の詰まった背嚢(はいのう)を抱えて進軍の号令をかけようとした瞬間。

『アウロラ聞こえますか! 山頂の方を見てください!』

 アロンダイトの拡声帯で増幅されたカレンの声が戦場全体に響き渡る。

 もしこれで聞こえない奴がいたら、聴覚の異常で除隊させた方がいい。

『聞こえてるよカレン! 土砂崩れでも起きたか!』

『違います! 山頂から何かがこちらへ飛んできます! クレタナの眼で見えますか!』

 山頂から、となると撃ち漏らしの歌鳥竜(ハルピュイア)だろうか?

 だとしたら、オスタリカ軍も随分と適当な仕事をするもんだ。

 面倒になる前に撃ち落としてやる。


 そう思ってアウロラは、山頂へとクレタナの視線を向け、意識を集中する。

 そうすることで、視界は果てしなく鮮明に、そして鋭敏になる。


 だが、その眼が捉えたものは。


『いやいやいや、何あれ冗談でしょう……?』


 彼女に見えたものは、砂埃を巻き上げて斜面を下る、一騎の白い竜騎兵。

 そしてその背後に、朝陽に照らされた空を舞う何かが黒い影を落としていた。

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