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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴518年 ヴァルツヘイム
55/70

夜明け 2

 数刻経って、ようやく地平の彼方、白く冠雪した山々の間から太陽が昇る。


 ヴァルツヘイム連邦王国の国土は、そのほとんどが針葉樹と岩石で覆われた寒冷地特有の環境だ。

 リゼリアたちが中腹から見下ろす景色もそのようなものであり、所々に残る雪の白を除けば、濃い緑の海が地の果てまで広がっているようにも見える。


『不気味なくらい普通だな』

 百を超える竜騎兵から成る本隊が行軍する谷間を見降ろしながら、リゼリアが呟く。

 肢竜(ヒドラ)による昨夜の襲撃に比べれば、よほど平穏な状況だ。

 無論、所々にはヴァルツヘイム近辺の原生種である大熊竜(バーゲスト)甲脚竜(アラクニッド)などが生息しており、散発的に本隊へと襲い掛かっているのだが、行軍の前衛を担うアヴァロン軍の第三騎士団、守護騎士(パラディン)カークスが率いる重装突撃部隊によってあっという間に駆逐されている。


『噂には聞いてましたけど、あの守護騎士(パラディン)とかいう人たち凄いですね』

 その戦いぶりを見たヘズが、やや興奮気味に言う。

 ヘズはオスタリカ軍の中でも白兵戦の技術に優れた騎士で、その技は父親である先代の戦技教官によって、幼少の頃から直々に仕込まれたらしい。

 そのせいか、白兵戦における戦闘技術や兵器に対し、やたらと興味を示すのだ。

『ほら見てくださいよ姫様、守護騎士(パラディン)カークスのガラティーンが素体になってる大熊竜(バーゲスト)と取っ組み合いの格闘戦ですよ』

 まるで賭け試合の観衆だな、と苦笑しながら、リゼリアもその方向に視線を移す。


 *****


『しつけぇなぁ、オイ』

 猛烈な勢いで突進してきた大熊竜(バーゲスト)に対し、カークスのガラティーンが大型アクスバンカーを盾にし、正面からぶつかって動きを止める。

 先制で打ち込んだ大斧の一撃は確かに熊のごとき巨体に直撃したのだが、鋼のごとき剛毛と分厚い筋肉に阻まれて、致命傷には至らなかったようだ。

 いつもは自騎を守っているその天然の鎧も、敵に回すと途端に厄介な代物に変わる。

 おまけに組み合っての格闘戦となれば、いくら竜の力を使える守護騎士(パラディン)が操るワイバーン級の竜騎兵とはいえ、兵器が使えないぶん分が悪い。


 が、しかし、人間には人間の戦い方があるというものだ。

『一番、二番、突撃!』

 カークスの号令に合わせて、両翼からバンカーを構えたサーペント級竜騎兵エストックが二騎、ガラティーンと組み合ったままの大熊竜(バーゲスト)に向かって真っ直ぐに突っ込む。

 狙いは当然、大熊竜(バーゲスト)、そのがら空きになった胴だ。

『点火!』

 穂先を突き込み、同時にトリガーを引く。

 強装弾に込められた大量の炸薬から一瞬で巨大な炎が生まれ、猛り狂った鋼鉄は爆炎と共に巨大な黒獣の腹を喰い破り、臓腑(ぞうふ)を焼き尽くす。

 獲物の肉を裂く鋭い牙が生えた口が大きく開かれ、重低音の咆哮と共に大量の血液が吐き出される。

 爆炎の熱で沸騰寸前まで加熱された血液は、冷たい外気に晒されてすぐさま赤黒い蒸気と化した。


『あんま人間様を舐めてんじゃねぇぞ』

 カークスがそう言うと同時に、剛腕による拘束を逃れたガラティーンがその場で一回転し、手にした大型アクスバンカーを振り抜いた。

 頭部を狙った横一閃。

 その直撃の瞬間に、ガラティーンの指がトリガーを強く押し込む。

 爆音、そして大盾かと思うほど巨大な刃先が脚元の冷たい岩肌を叩き割る音が鳴り響く。

 大量の炸薬が撃鉄の火花で巨大な爆炎となり、片刃の背面から噴き出したのだ。

 その勢いがガラティーンの強靭な膂力(りょりょく)による高速斬撃を、さらに加速させる。

 一撃必殺の高速斬撃。

 それは鋼鉄の鎧をも(しの)大熊竜(バーゲスト)の黒毛を易々と切り裂き、その奥にある頭部、さらには脳髄を一瞬で斬り飛ばした。

 大熊竜(バーゲスト)の竜核はまだ生きているが、頭部が無くなればもはや動くこともない。


 一瞬の間を置いて、切断した頭部から大量の血液が噴き出し、ガラティーンの周囲に雨のごとく降り注いだ。

 いつまで経っても嗅ぎ慣れない生臭い匂い顔をしかめ、カークスは小さく息を吐き出す。

 夜明けと共に谷間へ進軍を開始して、カークスの第三騎士団が処理した竜はこれで十五匹。

 それなりの数ではあるし、予想よりも多い。


 チッと舌打ちをした瞬間、またもや近くで砲撃の音が響き渡る。

『偵察から報告! 前方の斜面に新手です!』

『なんだよ、まだ出てくんのか。いい加減おじさんヘバっちまうぜ』

 言いながら、脚元に刺さったままのアクスバンカーを蹴り上げ、刃先を地面から引き抜く。

『で、次は何だ? また熊か?』

『いえ、それが――』

 と、言いかけた騎士の声を、前方からの激しい銃声が掻き消す。

 ファランクスの乱射、それも数騎による集中砲火。

 重装甲を活かした突撃と接近戦による一撃必殺を得意とする第三騎士団にとって、それは異常事態の合図のようなものだ。


『オタついてんじゃねぇ、状況報告しろ』

『も、申し訳ありません! 斜面の両側から襲撃、約五十! あの黒いやつです!』

『あぁ? 五十だぁ?』

 この谷間で両脇から五十もの竜が現れて、接敵するまで誰も気付かないわけがないし、そもそもそんな間抜けを偵察に出した覚えもない。

『各小隊、重盾を固定して防衛戦を作れ。絶対に抜かれるなよ』

 とにかく、今は目の前の事態に対処しなければならない。

 なぜこのような状況になっているかはともかく、相手が向かってくるのならば、迎え撃つのみだ。


 *****


 山頂より少し下った中腹から見下ろす谷間には、無数の(うごめ)く黒い影。

 それらは岩と土で出来た斜面からじわりと湧き出し、紙の上に落としたインクのようにゆっくりと広がっていく。


「ユーリ、あれはまずい。頼めるか」

 すぐさま状況を理解したアーデが、操縦席のユーリに告げる。

「条件がある」

 条件? とアーデは珍しく上ずった声で返した。

 正直に言って二つ返事で承諾されると思っていたのだが、予想が外れたようだ。

「なんだ、装備ならいくらでも持って行って構わないぞ。それとも報酬の上乗せか?」

「違う、邪魔だから降りろ」

 極めて素っ気ないユーリの答えに、アーデは盛大な溜息を漏らす。

「駄目か?」

「当たり前だ。六十過ぎの婆さん抱えて、あんな所に突っ込めるか」

 そう言い放ち、どうぞ降りてくださいと言わんばかりに、ユーリがブリューナクを膝立ちの状態にさせる。

「やれやれ、仕方ない」

 複座席を開け放って外へと身を乗り出したアーデは、ゆっくりと上がってきたブリューナクの腕部装甲に掴まり、地面へと降り立った。


 *****


『姫様! ちょっと待ってください!』

 一歩を踏み出そうとしたリゼリアのクラウソラス、その肩をヘズのベガルタが鷲掴(わしづか)みにして止める。

『なんだヘズ』

『なんだ、じゃありませんよ!』

 心底慌てた様子のヘズが、今しがたクラウソラスが踏み込もうとした先を自騎の指で指し示す。

 彼女たちが立つ場所もそこそこの斜面ではあるが、その先は立っているのもやっと、というよりも崖に近い程の急斜面になっている。

『完全武装でこんなところ下るなんて無茶ですよ。脚滑らせたら死にますよ』

『別に付いて来いなんて言ってないだろう。お前たちはここで援護してくれればいい』

『いや、そうじゃなくてですね――』

 その場合、死ぬのは貴女です。

 そうヘズが言おうとした瞬間。


 どすり、と。


 すぐ背後でいきなり、遥か空中からカタパルトの砲弾が落ちたたような重い音が聞こえた。

 途端に、リゼリアとヘズ、二人の(まと)う空気が、冷たい刃物のように研ぎ澄まされる。

 無言で武器を構え、背後を振り返るその動きには一切の無駄は無く、さらにはお互いに半身を外側へと向けて死角を最小限にする。


 が、しかし彼女たちの眼に飛び込んできたのは、ファランクスやカノン、ブレード、連発式バンカーなどなど、全身にありったけの武装を積んだ純白の竜騎兵、ブリューナクの姿だった。


『おいリゼリア。お前のとこの大将を少し上に置いてきた、約束通り引き取ってくれ』

 そんなユーリの言葉に、リゼリアは頬を引きつらせる。

『呼び捨てとは、いつの間にか仲良くなったものだな竜殺し』

 思わずクラウソラスが手にしたロングカノンの砲口をブリューナクに向け、明らかに苛ついた声音で答える。

 だが、それに対するユーリの返答は、実に淡々としたものだった。

『悪いが、お前と遊んでる暇は無いんだよ』

 じゃあな、とだけ言い残して、ブリューナクが驚異的な脚力で大きく跳躍した。

 凄まじい重量の装備を抱えたまま、クラウソラスとベガルタの頭上を跳び越えて、白い装甲に包まれた美しい騎体は崖下へと消える。


 あっ、と声を上げる暇も無かった。

 まったく無造作に、躊躇(ちゅうちょ)する様子もなく、飛び下りて行った。

 その驚きがヘズの感覚を一瞬だけ鈍らせる。

『おい待て! この野郎!』

 一国の姫君にあるまじき台詞を残し、リゼリアの駆るクラウソラスの後ろ姿が遠のいていく。


 あぁ、やっぱりこうなるのか。

 ヘズは無駄だと知りつつ、ベガルタの手を伸ばす。

 その指が空を掴むと同時に、クラウソラスが地面を蹴って、崖下へと飛び込んでいった。

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