雷光再び 2
時刻は二十三の刻を少し過ぎて。
翼竜の襲撃を受けたリゼリア率いるオスタリカ軍の紅竜騎士団は、迫撃砲を積んだ輸送車を運ぶタージェを防衛しながらゆっくりと山頂へと進んで行く。
不意の夜襲によって完全に混乱状態にあった騎士団は、大皇アーデと竜殺しユーリ、そして皇竜騎ブリューナクの合流に少なからず驚愕を受けながらも、アーデの迅速かつ正確な指揮によって急速に統率を回復していった。
*****
『せぇーのっ!』
叫びながらヘズが重盾で自騎をガードし、翼竜の腹部に突き込んだ長柄武器のトリガーを引く。
直後に鳴り響くのは、竜との戦いの歴史において何千、何万と轟いてきた爆音。
一撃必殺の対竜兵器バンカーは、その圧倒的な殺傷力でいまだに主力兵装としての地位を保っている。
より強度の高いクロム合金製のものへと変わった穂先は、ファランクス等の銃火器から応用されたバレル内のライフリング加工により、高速回転しながら竜の外殻を喰い破る。
そして割れた外殻の隙間から、爆炎と高熱のガスが内側の肉体へと襲いかかるのだ。
勘違いされがちだがバンカーという武器は、穂先、つまり金属製の杭による刺突によって相手を殺傷することが目的ではない。
むしろ致命傷となり得るのは、この炎とガスによる追撃の方だ。
それらによって一瞬で蒸発した体液は、蒸気となって急激に膨張し、竜の肉体を内側から破壊する。
いかに強固な外殻を持つ竜でも、内部組織は脆いものだ。
血管が破裂し、筋繊維は引き裂かれ、高熱のガスと蒸気に晒された内臓はあっという間に蒸し焼きになって致命的なダメージを負う。
運が良ければ、高熱によって竜核を破壊することも可能だ。
バンカーとはつまり、獲物の体内へと効率的に熱を送り込み、内部から破壊するための兵器なのだ。
後に残るものは、肉が焦げる匂いと、ずしりと重い反動。
胴体を吹き飛ばされた翼竜は、もはや地面を這い回る半死半生の肉塊にすぎない。
あとは焼夷弾で燃やされて、灰になるだけだ。
『これで最後ですか』
『もう気配はないから、多分ね』
ヘズの返事を聞いたアルベルトは、ヘヴィカノンを下ろして周囲を見渡す。
味方の竜騎兵の他には確かに動くものは見当たらない。
ふと下方に目をやると、翼竜の死骸が再利用されないように焼夷弾で燃やしながら斜面を登ってきたため、転々と巨大な火の塊が見える。
幸いにもこの山にはほぼ樹木が生えていなかったのだが、これが寒冷地に群生する針葉樹の生い茂る山であれば、大規模な山火事に発展していたかもしれない。
ここまでで、二十八匹。
正確にはもっと多いのか少ないのか、とにかく次々と融合するため個体としてどう数えるのが正しいのかは不明だが、燃やした死骸の数は二十八だ。
大規模というほどではないが、それなりの数がまとまって襲ってきたことになる。
『それで結局、何なのこいつら』
ハンドショットの中折れ式弾倉に焼夷弾を詰めながらヘズが聞く。
だが、それに正確な回答ができる人間など、ここには存在しない。
わかりません、と前置きのように言ってアルベルトが続ける。
『ですが、いくつか推測を立てることはできます。例えば――』
*****
『例えばそうだな、トカゲの尻尾を想像してみろ』
あれは何なのかと尋ねたリゼリアに対し、アーデはそんな答えを返した。
山頂へと向かう集団、その先頭に立つブリューナクとクラウソラスが、周囲を警戒しつつ斜面を登って行く。
『トカゲの……尻尾? ですか?』
『そうだ。ある種のトカゲは危険を察知すると、自力で尻尾を切り離して身代りにするらしい』
その話ならばリゼリアでも知っている。
が、いまいち話の繋がりが見えてこない。
『ユーリ、あれは竜か?』
と、アーデは副操縦席からユーリに話を振る。
ブリューナクの操作と周囲の警戒と同時に行っているユーリはその問いを無視していたが、しばらくの沈黙を挟み、小さく嘆息してから面倒くさそうに答えた。
『あれには竜核が無い。だから“竜ではない”とも言えるが、正確には“竜本体ではない”と言うべきだな』
竜本体ではない。
その言葉でリゼリアにもピンとくるものがあった。
『つまり、あれは本体から切り離された末端器官だとでも?』
トカゲの尻尾とは恐らく、そういう意味だ。
切り離されたトカゲの尻尾は、しばらくの間、何かの生物であるかのように動き続けるという。
それは襲ってきた敵が、尻尾の方が獲物だと誤認することを狙ったものらしいが、あの黒い生物もまた同じようなものだろうというのがアーデの仮説だ。
必要最低限の生体機能だけを持ち、外敵に向かって逆に襲いかかる“器官”。
それが本体から切り離され、独立して動く。
突拍子もない話だが、なんとなく説得力はある気がする。
『仮にこの末端器官を肢竜と呼ぶことにしよう。これら肢竜はただの切り離された末端なので、脳に当たる部分が存在しない』
つまり自ら思考することがなく、本体が本能的に行っている行動を反射的に行っているだけと考えられる。
アーデの説によれば、それは縄張りを守る防衛本能と、獲物を捉えて捕食する狩猟本能ではないかということだ。
先ほどの夜襲も、恐らくこちらがテリトリーへと脚を踏み入れたことが原因か、もしくは単に捕食対象を発見しただけのことだろうとアーデは言う。
『まぁ、こいつだけなら正直言って大したことはない。問題は、本体がどのくらいの数いるのかという点だな』
肢竜の再生力を見る限り、本体の生命力もまた相当なものだと予想される。
そんなものがウジャウジャと湧けば、それこそヴァルツヘイムが危機的状況に陥ったとしても不思議ではない。
だが。
『――いいや』
不意に、ユーリが否定の言葉を呟く。
それが何に対してなのか、どのような考えによるものなのか、アーデは直感で感じ取った。
『おいユーリ、決め付けるのは早計だ。もっと情報を――』
『いいや、あれは一匹だ。ただ一匹の竜なんだ』
俺にはわかる。
ユーリはそう言ったきり、押し黙ってしまった。
あぁ、そうだ。
俺にはわかる。
あれは、あの竜は――
胸の奥にほんの少し熱を感じながら、ユーリは無意識に凶暴な笑みを浮かべた。




