雷光再び 1
妖しく、美しく、それでいて獣のように獰猛。
もしも死が目に見えるものならば、きっとこんな姿をしているのだろう。
まるで月光のごとき蒼い光を放つ竜騎兵、ブリューナクがその背中に大槍を突き立てた瞬間、化物はその巨体を激しく揺らし暴れ始めた。
ブリューナクの騎体各所から伸びる光の筋が、化物の体を這い回る。
それは天空から落ちる稲妻と同等の雷撃が作り出した、破滅を誘う光に他ならない。
『おい、リゼリアとか言ったな』
化物の背中に取り付いたままのブリューナクから、若い男の声が響く。
間違いない、あの赤毛の男、竜殺しユーリの声だ。
『暇なら手伝ってくれないか。こいつ、図体がでかくて時間がかかりそうだ』
まるで荷物運びでも頼むかのような口調に、リゼリアは苛立つ。
『うるっさい! お前に言われるまでもない!』
思わず感情的に返した言葉は、ひどく粗暴で俗っぽい言葉遣いになってしまった。
別に恥ずかしくはないが、あまり他人に聞かれて良いものでもない。
特に、わけのわからない理由で自分を笑ったこの男には。
リゼリアはクラウソラスが二門構えたファランクスのトリガーを引き、自分の台詞を掻き消すように無数の発射音を響かせる。
砲口先端のマズル部分から鮮やかな炎が噴き出し、人間の腕ほどもある重鉄の塊が高速回転しながら飛び出す。
狙いは頭部でも胴体でもなく、暴れ狂う腕部および脚部の関節だ。
一発の威力が低いファランクスが二門では、この巨大な肉の塊を削り切るには相当の時間を要する。
しかし、殺さずとも無力化するだけならば、そこまでの時間は必要ない。
いくらか耐久度の低い関節部を狙って、手足を捥いでやればよいのだ。
単騎では無理な戦法だが、ブリューナクが押さえ込んでいる今ならば造作も無い。
リゼリアがファランクスの砲口を向けるたび、一つ、また一つと黒い化物の四肢が千切れ弾け飛ぶ。
四肢を千切られ抵抗する手段を失った黒い化物の体は盛大に白煙を上げ続け、やがて体の各所から火花と共に炎を上げ始めた。
継続的に体中を駆け巡る電流が起こす高熱に、肉体が耐え切れなくなったのだ。
外側でこの状態なら、内側はもはや蒸し焼きにされて原形を留めていないだろう。
こうなればもう、決着はついたも同然だ。
とどめとばかりにブリューナクが大槍をさらに突き込むと、化物の巨体は一度だけ大きく痙攣し、そのまま泥の塊が崩れるように力なく地面に伏していった。
*****
『何なんだ、こいつは』
ほぼ動かなくなった化物の背からブリューナクを降ろし、ユーリが出し抜けにそう聞いた。
リゼリアはファランクスの再装填を行いながら『知るか』とだけ答える。
『仲間を喰ってでかくなる何かだよ。竜核が無いから竜じゃないのかもな』
ぶっきらぼうにそう言いつつ、ファランクスの上部カバーを上げて残弾の少ない弾帯を取り外し、ついでに高熱で真っ赤に焼けたバレルを外気で冷やす。
百発が一組となった弾帯は、左右どちらも十発程度しか残っていなかった。
つまりあの化け物の腕を破壊するためだけに、二百発近い対竜弾が必要だったことになる。
本体を殺し切るには、さらに数百発が必要になるのだろう。
いくら山ほどの弾薬を運んできたとはいえ、この調子で消費していけば、あっという間に物資が不足してヴァルツヘイム開放どころではなくなってしまう。
二丁のファランクスに予備の百発ベルトを装填してカバーを閉じつつ、どこかで補給を行う必要がありそうだとリゼリアは考える。
『で、お前は何してるんだ。陛下の護衛に付いたはずだろう』
恐らくはもう死んでいるであろう化物の上に陣取ったままのユーリに、リゼリアが刺々しい口調で問う。
竜殺しは大皇アーデの護衛に付いたと、出撃前の説明でそう聞かされている。
であれば、こんな最前線にこの男がいるはずがないのだ。
『まさか護衛を放り出してここに来たわけじゃないだろうな』
どこかで聞いた噂話によれば、竜殺しは凄まじい戦闘力を持った竜騎兵乗りなのだが、同時にとんでもない戦闘狂だということになっている。
それを頭から信じるわけではないが、なにせ老いることのない肉体と最強の竜騎兵を持ちながら、どの国家に属することもなく一人で竜を殺し歩いているような奴なのだから、まるっきりの与太話というわけでもないだろう。
だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
いや、予想外の人物からの答えだった、という方が正しいのかもしれない。
『リゼリア、戦闘中だぞ。こいつに絡むのは後にしろ』
ブリューナクの複座席から発せられたのは、総指揮官である大皇アーデの声だった。
*****
『なっ、何やってるんですかアーデ陛下!』
しばし呆気に取られていたリゼリアが明らかに狼狽した声を上げる。
それはそうだ、後方で布陣図を眺めつつ全体指揮を執っているはずのアーデが、突撃部隊であるリゼリアの眼の前にいるのだから。
しかも乗っているのは、竜殺しユーリが操る竜騎兵ブリューナクである。
『何ってお前、護衛してもらうならここが一番安全だろう』
と、アーデは事も無げにそう言うが、リゼリアにしてみれば安全なはずがあるものかと言わんばかりの状況だ。
『というか、こいつ放っておくと言うことを聞かんからな。思った通りに働いてもらおうとすると、必然こうなる』
さすがは元皇国最強の竜騎兵乗りといったところだろうが、老いて変わらずの大胆さに、リゼリアも閉口するばかりだ。
そもそも複座式の双頭竜騎兵といえば、このブリューナク以外にはいまだに公式の成功例が存在せず、昏睡状態のまま目覚めない搭乗者もいると言われる危険な代物である。
そんなものに一国を治める王が乗っているなど、本国の議会連中が聞いたら泡を吹いて卒倒しかねない事態だ。
おまけに操縦しているのが竜殺しのユーリという、これもまた安全とは程遠い危険人物なのだから始末が悪い。
リゼリアの心情的には、今すぐにでもブリューナクを引きずり倒しアーデの身柄を確保したいところではある。
しかし、やはり今はアーデの言う通り戦闘中なのだ。
『いいか竜殺し、戦闘が終わったら陛下を引き渡してもらうぞ』
下手をすると殺意すら込もっていそうな声音で、リゼリアはユーリにそう告げる。
しかし、当のユーリはまったく動じることもなく、彼女の言葉を受け流す。
『あぁぜひそうしてくれ。こいつ、いちいち指図してきて邪魔で仕方ないからな』
『なんだと貴様――』
『もういい二人とも』
放っておけばきりがないと感じたのか、アーデが会話に割って入る。
『リゼリア、我々の目的は何だ』
アーデは、いつものように気さくな雰囲気など微塵も感じさせない凛とした声で聞く。
もちろん本気で質問しているわけではない。
これはつまり頭に血が上ったリゼリアに状況の再認識をさせるためのものだ。
『夜のうちに山頂にある歌鳥竜の巣を襲撃し、これを殲滅することです。その後は斜面に展開し、谷間を進軍する本隊と輸送部隊のため砲撃支援を行います』
流れるように答えたリゼリアに、アーデは『よろしい』とだけ返した。
今回はオスタリカ、アヴァロン共にそれぞれ百騎以上の竜騎兵を投入する、極めて大規模な侵攻作成である。
それだけの戦力が一堂に会するのだから、当然ながら武器、弾薬、食糧などの物資は凄まじい量となる。
それらすべてを山越えで運ぶというのはあまり現実的ではない。
となれば、運搬部隊は必然的に谷間を通る必要があるのだが、この運搬部隊の安全を確保するために周辺一帯の制圧を行わなければならないのだ。
中でもリゼリアの先遣隊は厄介な鳥竜を排除すると同時に、山頂から迫撃砲による先制砲撃を行うという役目を担っている。
失敗すれば連合軍全体に損害が出る可能性もある、重要な役割だ。
こんな場所で時間を食って、おまけに肝心の迫撃砲を危険に晒している場合ではない。
二騎の皇竜騎は、タージェを防衛する味方と合流するべく移動を開始した。
去り際、クラウソラスのハンドショットから焼夷弾が放たれる。
もう完全に動かなくなった化物の死骸はすぐさま巨大な炎の塊と化し、やがて真っ白な灰になって崩れていった。




