地虫竜
『いただきだ!』
カーラの号令を受けて、アーベル騎がバリスタを発射する。
銃口から発射されたのは、カーラ騎が装備するマルチバンカーよりも太い、鋼鉄製の杭だ。
先端部は鋭く尖り、一度刺さったら容易には抜けないように返しが付いている。
さらに末端部には、同じく鋼鉄製の鎖が繋がれていた。
アーベルが撃ち込んだ大型バリスタの杭は、口内を攻撃されて身悶えする地虫竜の胴部を直撃する。
杭は硬い外殻を突き破り、毒々しい紫色の体液をぶちまけながら反対側へと貫通し、そのままさらに付近に生える巨木の幹へと突き刺さった。
地虫竜の体を間に挟み、アーベル騎が地面に固定したバリスタと巨木がチェーンで繋がれた形だ。
杭が貫通したのを見届けると、アーベル騎はバリスタの中心部にあるロックを外し、地面に固定された砲身部と、炸薬入りのシリンダーが収められた機関部を分離する。
竜の動きを抑制するためにチェーンを撃ち込むことは、数十年前から変わらない竜狩りの基本パターンだったが、以前はチェーンを発射したバリスタを騎兵で引っ張って固定していた。
それはバリスタ一本と竜騎兵を拘束し、そのぶんだけ戦力を低下させる効率の悪いやり方だったが、今はこのように砲身を地面に固定し砲身を分離することで、チェーンを撃ち込んだ竜騎兵も攻撃を続行することができる。
竜がその身を進化させて人類に対抗するように、人類もまた高度な知識をさらに発展させ、その身ではなく兵器を進化させることで、強大な竜に立ち向かっているのだ。
地虫竜はその体を太いチェーンに貫かれ、先ほどまでのように自由自在に軌道を変えて動くことができなくっている。
放っておけばそのうちチェーンを引き千切るなり、チェーンの端が固定された箇所が破壊されるなりして自由を取り戻すだろうが、竜騎兵乗りたちがこのチャンスを逃すはずもない。
『アーベル次弾装填! ユーリはあたしと頭を攻めろ! サイラスはこいつの体を根元からぶった斬ってやりな!』
伝声管から響くカーラの号令を受けて、ユーリとサイラスは素早く行動を開始する。
アクスバンカーを構えたサイラスの三番騎が地虫竜の体の根元に走り寄り、そのまま勢いを付けて強烈な斬撃を加える。
肉厚の刃から繰り出された一撃は、竜騎兵と同じサイズの石柱ですら斬り飛ばせそうなほどに鋭く重いものだったが、それでもなお、硬い外殻に覆われた地虫竜の胴体は攻撃を弾き返した。
しかし、先ほどのカーラの攻撃時とは違い、胴の裏側の外殻にはほんの少しだが亀裂が入っていた。全く効いていないというわけではない。
いける。
そう確信したサイラスはアクスバンカーをさらに振りかぶり、同じ位置に向けて二撃目を繰り出す準備を始める。
一方のカーラ騎とユーリ騎は、チェーンに自由を奪われた地虫竜の頭部と格闘戦を繰り広げる。
自在に動かすことができないとはいえ、地虫竜の攻撃範囲は依然として地上まで届いている。
油断すればあっという間に強靭な顎で鋼鉄の装甲板ごと噛み砕かれてしまうだろう。
だが、カーラもユーリも軽快なステップでそれをかわし、勢いをつけて突撃してくる頭部に対してバンカーによる反撃を加えていた。
竜は頭部か竜核を破壊すれば倒すことができる。
故にそのどちらもが強固に守られている場合がほとんどで、特に頭部の外殻などは他の部位に比べて段違いの硬さを誇っていることが多い。
では竜核はといえば、頭部に比べればまだ攻撃が通りやすいものの、爬虫類や鳥類に似たタイプの多くが胴に竜核を持つのに対し、地虫竜のような昆虫の特性を持った種においては以外な部位が胴であったりするため、どこにあるのか判別が難しいのである。
特に地虫竜は竜核が攻撃しにくい種の代表格ともいえるもので、その竜核は長い胴体の最後尾、尻と呼ぶに相応しい箇所に存在する。
厳密に言えば、一見して胴にしか見えない長大な部位は、先端部の頭と最後部の胴を繋ぐ首なのだ。
つまり現在、この地虫竜の竜核は地中深くに埋まっており、穴でも掘らない限り竜騎兵では手を出すことができないということだ。
となれば、もはや頭を潰すか、頭と胴を切り離す以外に倒す方法はない。
アーベルの大型バリスタであれば、この地虫竜の外殻を貫いて引き千切ることもできるだろうが、生憎と彼のバリスタは威力を重視して炸薬の量を大幅に増やした強装弾仕様であり、一射ごとに炸薬の詰まった薬莢を詰めなおさなくてはならない。
さらに先ほどチェーンを使用して砲身も分離したため、予備の砲身の装着もあわせて行うとして、暫くは攻撃に参加することができない状態にあった。
カーラ騎とユーリ騎が頭部を引きつけている間に、サイラス騎は再度、胴部の根元に対してアクスバンカーによる攻撃を加える。
先ほどよりも大きく振りかぶった一撃が、外殻のひび割れた箇所に直撃し、小さな亀裂はさらに広がる。
が、それと同時にサイラスは足元に嫌な感触を捉えた。
地虫竜が暴れるたびに起こる大きな振動。
それとは別の振動が一瞬だが発生したように感じた。
もう一匹いるのか?
サイラスは反射的にそう思ったものの、地虫竜の生態を考えればその可能性は低い。
地虫竜は単独で行動する種の竜だ。
知能が低く、動くものを何でも攻撃して喰らうため、他の竜と共存できないのだ。
もし地虫竜のテリトリーに他の竜がいたとすれば、それが地虫竜より弱ければとっくに捕食されているだろうし、逆により強い竜がいたならば地虫竜の方が駆逐されているだろう。
地虫竜がいるということは、そこに地虫竜以外の竜はいないということだ。
では一体なんなのだ。
得体のしれない不安を感じたサイラスは、とにかくまずはこの一匹を手早く片付けようと考え、それまで振り回すように使っていたアクスバンカーの穂先を地虫竜の胴部に向けて、腰だめに構えなおす。
外殻が割れた今なら通せる。
サイラス騎はそのまま突進し、アクスバンカーの先端に付いた鋼鉄製の穂先を外殻の亀裂に向かって突き出した。
硬い金属音のようなものが響き、わずかに開いた亀裂へと穂先がねじ込まれる。
それを確認したサイラスは、即座にアクスバンカーの上部にあるレバーを右手で引き、左手の指を持ち手に取り付けられた引き金に合わせて引き絞った。
次の瞬間、辺りに大砲のような轟音が響きわたる。
レバー操作によって穂先の根元にある機関部に送り込まれた炸薬入りのシリンダーを撃鉄が叩き、炸薬が爆ぜる勢いで穂先が前方へスライド。機関部に開けられた穴から凄まじい炎と煙を噴きあげながら、鋭く尖った鋼鉄の槍が亀裂の内部へと一気に撃ち込まれたのだ。
サイラスの使用するバンカーは、アーベルのバリスタと同じく炸薬量を増やした強装弾を使った一撃必殺の武器である。
カーラの使う連装式や、ユーリの片手用バンカーでは到底及ばないような凄まじい威力を誇るが、やはり反動も大きく、使いどころを間違えれば大きな隙を晒しかねない。
だがサイラスの判断は正しかった。
一気に撃ち込まれた穂先は亀裂を貫いて地虫竜の外殻を粉砕し、内部の肉へと届いていた。
さらに前方へと噴き出した爆炎は硬い外殻の中身を焼き、密閉された殻の中に押し込まれた空気が熱でさらに膨張して体内を暴れ回り、ずたずたに引き裂く。
地虫竜はバンカーの一撃を受けた場所と付近の関節部から噴水のように紫の血を噴き上げ、断末魔の絶叫を上げながら悶え苦しんだ。
それでもサイラスの攻撃は止まらない。
『おぉおおおおお!』
普段は滅多に口を開かないサイラスが、獣のような咆哮を上げながらアクスバンカーの穂先を引き抜き、そのまま斧の刃を振り上げてむき出しになった地虫竜の肉に叩きつける。
一撃、二撃と斧を振り抜くたびに、千切れかかった地虫竜の体から血が迸る。
急激に加熱されて脆くなった外殻はそれでも岩のように硬かったが、何度も繰り返し打ち付けられる斬撃には耐えられず、五撃目を受けてついに砕け散った。
続く一閃。
サイラス騎のアクスバンカーによる斬撃がむき出しになった肉を容赦なく切り裂き、地虫竜の胴部は完全に切断された。
チェーンに繋がれた上半身は支点を失って宙に浮いた状態となり、だらりと垂れ下がる形になった地虫竜の頭部は大量の血を吐きだして力なく地面に伏す。
頭部と竜核を切り離された地虫竜は、もはや動くことができない。
このまま竜核を砕いてしまえば、生命体としての活動も停止し、やがて朽ちるだろう。
勝った。
誰もがそう思った矢先。
『動くな、まだ何か潜んでいるぞ』
サイラスが重く静かな口調でそう告げる。
その言葉を聞いたユーリが足元へと意識を集中すると、確かに、僅かながら地虫竜が起こしていた振動と同じような感触が伝わってくる。
カーラとアーベルも同時にそれを感じていた。
一体なんだ。
一歩も動かず警戒を続けるサイラスは、先ほど使用したアクスバンカーのレバーを引いて薬莢を排出させ、次弾の装填を始める。
機関部から飛び出した薬莢は、サイラス騎から少し離れた地面に落ちた。
重い薬莢が土にめり込み、どすりと重い音を立てる。
その瞬間。
小さな振動が急激にその大きさを増し、サイラス騎が飛ばした薬莢の下の地面が陥没。
その中から、黒い塊が姿が飛び出した。