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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴518年 ヴァルツヘイム
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一にして無限なるもの 2

 およそ生物の進化というものは、より効率的に生きるため環境に応じて変化していくことに他ならない。

 鳥も魚も獣も、そして竜もまた、そのようにして進化してきたはずだ。


 だが今、リゼリアの前に現れた生物は、そうしたある種の常識から完全に逸脱している。

 およそ非効率的で、不自然で、生理的な嫌悪感を覚えずにはいられない醜悪さと理解し難い不条理さの塊としか言いようがない物体だ。

 二つの頭は別々の方向へと向き、何本も生えた四肢や翼もまったく動きの統率が取れていない。

 まるで、複数の個体を無理矢理に繋ぎ合せたような――


 そう、結合している。

 そんな生物がいるか、と大声で叫びたいところだが、こと竜に限って言えば有り得る話だ。

 どうりでひどく弱いと思ったら、仲間同士で結合して強力な個体を生みだすことができるらしい。

 どうやって融合するのか。

 どの程度の大きさにまでなれるのか。

 先日倒した翼の無い個体は、普通に死んだ気がするのだが。

 色々と疑問点はあるが、この場で考えてわかるものでもないだろう。


 リゼリアはクラウソラスの脚を強く振り、直下に転がる黒い生物の残骸を蹴り飛ばした。

 内部から破裂した残骸は軽く、黒い体液と臓物を撒き散らしながら巨大な異形の生物へと勢いよく迫る。

 もちろん、そんなものでダメージが与えられるとは思っていない。

 同族の肉体と結合するならば、何か反応を示すか試しただけだ。


 だが、黒い化物が見せた反応はしかし、リゼリアの予想以上のものだった。


 まだ空中を飛んでいる残骸に対し、二つの頭が即座に反応する。

 と同時に、二つの口が一斉に残骸へと喰らい付き、争うように肉を貪り始めたのだ。

 肉食および雑食の生物が他の生物を喰うのは当たり前の話だが、それが同族の肉となると話は別だ。

 共食いを行う生物は、竜を含めても極めて少ない。

 リゼリアは先ほどよりも強い嫌悪感を覚えて、思わず顔をしかめた。


 だが黒い化物の奇行はそれだけではなかった。

 残骸を喰い破り、肉を飲み血を(すす)るにつれて、化物の体に変化が起き始めたのだ。


 始めは暗がりによる目の錯覚かと思ったが、そうではない。

 明らかに化物の表面が波打ち、全身が膨れ上がっていく。

 大量の食物を一気に詰め込んだことによる肥大化のようにも見えたが、次第に形になっていく新たな腕や脚、そして新たに生えた三つ目の頭が、そんな考えを微塵(みじん)に砕く。

 信じ難いことではあるが、リゼリアが目の当たりにした光景をそのまま順序立てて言葉にするならば――


 化物が化物を喰ったら、化物の体から化物が生えてきた。


 そうとしか表現できない。

 学術的に研究をすれば質量がどうだの代謝がどうだのと上手く説明をしてくれる者がいるのかもしれないが、そんなことはリゼリアの専門外である。

 第一、今は調査をしている場合ではない。

 仮に翼のある個体すべてがこの特性を持っているのであれば、相当に厄介な状況だ。

 知らぬ間に死骸が再利用されて、より巨大で強力な個体が発生しているとも限らない。


 仲間の死骸を喰い終わり、さらに大きくなった化物がクラウソラスへと意識を向ける。

 同時に、リゼリアは二門のファランクスをそいつに向け、トリガーを引いた。


 *****


 二門のファランクスが狂ったように()(たけ)り、毎秒十発余りの対竜重鉄弾が黒い化物の体を切り裂く。

 が、無論その程度でどうにかなる相手ではない。

 通常の個体ですら、殺すのに二個分隊による一斉射撃を要したのだ。

 単純に数倍の質量を持つこの化物相手となれば、二門程度ではもはや足止めにすらならない。

 実際、不格好な四肢で這う黒い化物は、弾丸の雨を真正面から受けながら、一気に間合いを詰めようと突進を始める。

 その動きは先ほどまでよりも統率が取れており、脚ではなく六本になった腕で地面を()むしるようにして素早く移動してくる。

 不格好な体の扱いに慣れてきているのだろうか。


 その姿を見て、リゼリアは小さく一つ舌打ちを漏らす。

 銃火器を使用していて一番面倒なのがこの手合いだ。


 そもそも、およそ飛び道具に類する兵器が果たすべき最大の目的とは、接近されずして一方的に相手を無力化することにある。

 極論を言ってしまえば、ファランクスなど銃身より内側の相手にはまったくの無力なのだ。

 そこまで接近されなかったとしても、距離が近くなればなるほど狙いを定めるために必要な動きは必然的に大きくなるため、状況はどんどん不利になっていく。

 従って、殺し切る前に肉薄されることがファランクスのような大型の銃器にとって最も避けるべき事態と言えるだろう。


 だからこそこんな風に痛みも無く、死の予感をも無視するかのように突っ込んで来る相手というのは、竜でも人間でも始末が悪い。


 こうなると、取れる選択肢は少ない。

 ファランクスを放棄して格闘戦に持ち込むか、焼夷弾を撃ち込んで動きを制限し後退するか。

 そう考えている間にも化物の姿が見る間に近付いてくる。

 最善の選択は――




 瞬間、リゼリアは化物の背後に強い気配を感じ取る。


 闇夜の奥から、何かが来る。


 それは確かに竜核の発する脈動なのだが、しかし、リゼリアはこれまでこんな脈動を感じたことはなかった。

 竜のように荒々しくありながら、竜騎兵のように安定した脈動。

 どちらでもあり、どちらでもない。

 例えるなら冷たい湖面のすぐ下で灼熱の溶岩が渦巻いている、そんなイメージだ。


 それは風のような速さで駆け、砲撃にも似た轟音を上げて空中へと跳び上がる。

 反射的に視線を上げたリゼリアの眼に映ったものは、満天の星空を背後に蒼白い光を発する、白い竜騎兵の姿だった。

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