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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
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帰還 1

 アルベンスタンが率いる増援部隊が採掘場跡へと辿り着いた時には、もう雨はすっかり上がり、雲の切れ間からは西日が差し込んできていた。

「遅かったな、先生。もう片付けてしまったぞ」

 と、いつもの調子で言うアーデは、言葉とは裏腹に満身創痍といった様子で、開いた操縦席の装甲板の上に大の字になって寝転んでいた。


 アルベンスタンとその一団、そして援軍を誘導したアーベルとサイラス達は、揃って目の前に状況に唖然とするしかなかった。

 なにせクラウソラスの(かたわ)らには、竜騎兵の十倍はあろうかという巨大な虫竜の死骸が転がっていたのだから。

『これは……姫様が仕留められたのですか?』

 恐る恐るといった感じでアルベンスタンが問うが、アーデは「まさか」と一笑に付して否定する。

「一人じゃない、ユーリも一緒だ。それに、こいつも死にかけだったからな」

 と、そんな風にアーデは状況の説明を始める。


 *****


 女王の巨体向かって駆ける二体の竜騎兵が、左右に分かれてクモのような脚部へと攻撃を仕掛ける。

 ブリューナクはクラウソラスから受け取ったアクスバンカーを、そしてクラウソラスは自身のブレードを、それぞれ全力で振り抜く。

 肉厚のアクスバンカーはともかく、細身の片手剣であるブレードは外殻に弾かれるかもしれないとアーデは考えていたが、実際には拍子抜けするほどあっさりと刃が通ってしまった。

 しかも切断した脚部からは血液のようなものは噴き出さず、代わりに白い砂粒のようなものがぽろぽろと(こぼ)れ落ちてくる。

 これはやはり――と、アーデは女王の鈍い反撃を回避しながら思う。

 肉体の内部からも崩壊しかかっているこの状態は、老衰、つまり寿命である。

 いかに竜が強大な生命体であっても、永遠に生きられるわけではない。

 個体によって差はあるが、長く生きれば肉体は摩耗し、最後には竜核すらも砕けて消えるのだ。


 二本、三本と巨体を支える脚を破壊し、時おり振り下ろされる鎌のような前脚もへし折り、やがて女王は這いつくばるような形で地面に倒れ伏す。

 それでもまだ身をよじらせ、二騎へと威嚇の声を上げる女王の姿に、アーデは憐憫(れんびん)にも似た感情を覚えた。

 そして同時に、群れの中核たる女王が、なぜここまで必死に襲いかかってくるのかという疑問が湧き上がる。


 ユーリの方は、その疑問にある結論を得ていた。

 眼の前の女王から感じる熱風のような波。

 そして急激に弱り始めたそれと同質のものが、洞穴の奥から感じられる。

『アーデ姫、後は任せた』

 そう言って、ユーリのブリューナクが洞穴の方へと向かう。

『待てユーリ! どこへ行くつもりだ!』

『すぐに戻る。着いて来るなよ』

 そんな一言を残して、ブリューナクの姿は洞穴の闇へと消えていった。


 *****


 ブリューナクが放つ青白い燐光が、闇に閉ざされた洞穴の内部をうっすらと照らす。

 勿論、それだけで良好な視界を確保できるわけではないが、ブリューナクの眼を通せば話は別だ。

 真昼のようにとはいかないが、ぼんやり周囲を確認するくらいはできている。

 そして、闇に紛れて(うごめ)く敵の姿も。


 数匹の寄生竜(パラサイト)が、天井や壁面から同時に跳びかかってくる。

 しかし、それらはブリューナクに触れた瞬間、火花のような光を散らして動かなくなる。

 そうなれば、後は斬り潰し、踏み砕くだけだ。

 何十匹もの寄生竜(パラサイト)をそうして殺し尽くしながら、ブリューナクは闇の奥へと進む。


 死骸で埋め尽くされたホールを越え、さらにその奥へとしばらく歩くと、また小さなホール状の広間へと辿り着いた。

 ユーリの目的地は、ここだ。

 外にいた女王と同質の波動を、このホール内から感じる。

 つまり、女王と同質のものが、ここにいるのだ。


 子犬のような鳴き声がひとつ、ホール内に響く。

 それはやけに弱々しく、威嚇というよりは誰かに助けを求めるような、そんな鳴き声だった。

 だが、その声に呼応するものは、もはやこの洞窟内にはいない。


 ユーリは、脚元にうずくまるそれを見下ろす。

 生まれたばかりなのか、まだ硬質化していない白い外殻。

 小刻みに震え、か細い声を上げ、地面を這う姿は、まるで命乞いをして頭を垂れるようですらある。


 死にかけた女王がなぜ外に現れたのか。

 その答えが、これだ。


 寄生竜(パラサイト)の、新しい女王。


 つまり外に出てきた個体は、既に女王ではなくなっていた。

 森での戦闘中に、ひときわ大きく響いた鳴き声。

 それを境に、一斉に巣へと戻った兵隊たち。

 あれが新しい女王が誕生した合図だとしたら、すべて納得がいく。

 老衰(ろうすい)した女王は、最後の力で自分の代わりを生み出したのだ。


 ブリューナクの手が、震える女王の体を掴み上げる。

 女王は何の抵抗もしない。

 いや、正しくは、そんな力すらまだ備わってはいないだけだ。

 軽く、温かく、柔らかい感触は、どこか人間の赤子を思わせたが。


 次の瞬間には、果実の砕けるような音と共に、女王の波動は完全に消え失せた。


 *****


「終わったのか?」

 洞穴の入り口から姿を現したブリューナクに、アーデは呼び掛ける。

『あぁ、終わりだ』

 と、短くそれだけ答えて、ユーリがブリューナクの操縦席から抜け出す。

 その手には、紅い宝石のような物が握られていた。


『姫様、この竜騎兵は一体……』

 事情をまったく知らないアルベンスタンがそう言いつつ、自騎を半歩引き、警戒の姿勢を取る。

 周囲の騎士たちもそれに(なら)い、それぞれ武器へと手をかけた。

 しかし、そんな彼らをアーデの手が制する。

「よせ、詳しくは後で説明する。それより早く撤収しないと夜になるぞ」

 太陽は既に大きく傾き、空は赤く染まっている。

 じきに辺りは暗くなり、夜行性の危険な竜どもが跋扈(ばっこ)する夜の世界に変わるだろう。

 むぅ、とひとつ唸り声を上げて、アルベンスタンは後方へと向き直る。

『撤収の合図を出せ! 本陣へ戻るぞ!』

 老副長の号令が周囲に響き、それに反応して騎士たちもまた整列を始めた。


 *****


 日没の間近。


 竜狩り姫アーデが率いる討伐部隊が、本陣へと帰還した。

 これをもって、数日に渡る寄生竜(パラサイト)の討伐戦は、一応の幕を閉じる。


 この討伐戦における紅竜騎士団の戦果は大きく、被害も極めて小さいものだったが、彼らと共に戦った数名の傭兵については、詳しく記録に残ることはなかった。

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