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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
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紅玉竜と雷晶竜 2

『馬っ鹿じゃねぇのか!』

 と、思わずユーリはアーデに向かって叫ぶ。

 当たり前だ、彼女を逃がすためにバルディッシュの相手を引き受けたのだから。

『なんであんたが戻ってきてんだ! 意味ないだろこれじゃ!』

 ユーリは差し出されたクラウソラスの手を取ることもなく、自力で騎体を立て直した。


 その声を聞いたアーデは、やはりユーリかと、外には聞こえないよう呟く。

 生き残っているのはユーリだと、なんとなくそんな予感がしていた。

 今のブリューナクは、前に遭遇した時とはどこか雰囲気が違う。

 明確に何かが変わっているわけではないが、戦い方に狡猾さのようなものが感じられず、もっと攻撃的で必死な印象を受けるのだ。

 ブリューナクの胴部にはバリスタの矢が深々と刺さっており、そちらの乗員、即ちジークの方はおそらく死んでいる。

 この奇妙な複座式の双頭竜騎兵がどのような構造になっているかは不明だが、つまりは操縦者が“代わった”ということなのだろう。


『だから言ってるだろ、助けに来たって』

 アーデの凛とした声音は、土砂降りの雨の中でよく通る。

 その声には、自分が間違ったことをしているかもしれない、という迷いのようなものは一切感じられなかった。

 あのな、ユーリ。

 と、前置きしてアーデは言う。

『一人で戦おうとするな』

 その言葉に、ユーリは声を荒げて返す。

『ふざけるな!』

 雨粒が作り出す騒音の中でも聞こえるように声を張り上げると、自然とこんな風に威圧的な物言いになってしまう。

『こいつがどれだけ危険な竜騎兵か、あんたなら分かるだろう! 巻き添え喰らって死にたくなけりゃ、とっとと行けよ!』

 そうだ、危険なんだ。

 このブリューナクも。

 自分自身も。


 だが、そんなユーリの言葉を聞いたアーデは、いきなり盛大に笑いだした。

 ひどい冗談を聞いて、ツボに入ってしまったというような笑い方だ。

『な、何がおかしい!』

 憤慨した様子でユーリが叫ぶと、アーデは切れた息を整えながら答える。

『いやいや、だいぶ人間らしさが戻ってきたと思ってな』


 人間らしさ、とは何だ?

 そんな疑問を察したように、ひとしきり笑い終えたアーデが言葉を紡ぐ。

『選べ、ユーリ。竜として本能の赴くまま殺戮を続けるか、人として我らと共に生きるか』

 しごく真面目で、剣のように直線的な問い掛けだった。


 ふと、ブリューナクの手が、破損した胸部装甲を撫でるように覆った。

『ジークが、死んだんだ』

 ほんの直前までと打って変わって、弱々しい声でユーリが言う。

『お前のせいじゃない』

 と、アーデは返すが、その言葉が聞こえていないかのように、ユーリは続ける。

『カーラだって、あんなに酷く傷付けた』

『お前が、そう望んだわけじゃないだろう』

 当たり前だ、わかっている。

 そんなことを望んだわけじゃない。

 自分も、きっとジークも。

『アーベルやサイラス、それからあんたも、下手したら殺していたかもしれないんだぞ!』

 望んだわけでもないのに、仲間を、味方を、家族を殺しかけた。

 そんな奴が、まともな振りをして人の輪の中で生きていくなんて、許されるわけがない。


『おい、ユーリ』

 いきなり近くでアーデの声がしたことに驚き、我に返ると、一瞬の間合いを詰めたクラウソラスの姿が目の前にあった。

 呆気に取られてまったく身動きが取れないユーリは、真紅の籠手に包まれたクラウソラスの右拳が自騎の顔面に叩き込まれるのを、ただ棒立ちで受けるしかなかった。

 体格的には細身の部類に入るブリューナクの騎体は、オスタリカ皇国が誇る無敵の皇竜騎(アークドラグーン)クラウソラスに全力で殴られ、衝撃で後方へと吹き飛ぶ。

 一切の手加減なし、掛け値なしの全力殴打である。

『これで何もかも無かったことにしてやる。あとはお前が決めろ』

 そんな凄まじいまでの暴論を吐くだけ吐いて、アーデは再びブリューナクへと背を向け、いまだ倒れたままのバルディッシュへと止めを刺すべく、歩いていく。


 仰向けに倒れたブリューナクの視界は、ただどんよりと曇った空と、そこから振り注ぐ雨粒が作り出す光の線を捉え続けていた。


 *****


 膝立ちの状態になったバルディッシュの操縦席に向かって、クラウソラスがアクスバンカーを突き込む。

 予備の弾薬が無いため、着火して一気に吹き飛ばすことはできないが、それでもやや柔らかめの寄生竜(パラサイト)が相手ならば、この鋼鉄の塊だけで十分なはずだ。

 アクスバンカーの穂先が、装甲を失って丸裸となった操縦席へと喰い込む。

 しかし野生の本能か、バルディッシュは僅かに体を傾けて竜核の破損を間逃れた。

 即座に危険を察知したアーデは、相手の胴部に突き刺さったままのアクスバンカーを放棄し、後方へと全力で飛び退いて間合いを開く。


 バルディッシュは胴体に長い鋼鉄の棒を生やした状態で、ゆっくりと立ち上がる。

 頭は半壊し、左の肩口もざっくり裂けて千切れかかっているのに、それでもまだ向かってくる姿は、もはや歩く死骸を相手にしているような気分だと、アーデは思う。


 さて、どう仕留めたものかと考えた、その時。

『アーデ姫! 離れろ!』

 唐突に後方から名を呼ばれ、驚きながらもアーデは、反射的に騎体をさらに背後へと跳ばす。

 すると後方やや側面から、凄まじい速度でブリューナクが駆けて行くのが見えた。


 クラウソラスとすれ違い、バルディッシュの方へと真っ直ぐに向かうブリューナクは、十分な助走を付けて全力で跳び上がる。

 並みの竜騎兵など比較にならない跳躍力により、空中高く跳躍するブリューナク。

 その騎体から、一発の炸裂音と共に、鈍色(にびいろ)に輝く細い線が伸びる。

 それは、アーデが役に立たないと考えて置いてきた、小型のチェーンバリスタだ。


 高速で迫る矢尻状の先端部は、頭部を損傷したバルディッシュに止められるものではない。

 鋭い鋼鉄の矢が装甲の砕けた頭部へと突き刺さり、二騎の竜騎兵は金属製の鎖で繋がれた状態となる。


 そしてそのまま、ユーリは雷撃を放つべく意識を集中する。

 これまでのような断続的な放電ではない。

 もっと強く、もっと致命的な一撃を、ただ一瞬で放ち切るように。


 瞬間、薄暗い森の中に、凄まじい閃光が奔る。


 *****


 倒れ伏したバルディッシュの騎体からは、生臭い煙が立ち上っていた。

 まるで本物の雷に打たれたような有様に、アーデは寒気を覚える。

 恐らく、これと同じ一撃を地上で放っていたら、水に濡れた地面を伝う雷撃によって、クラウソラスも同様に丸焼けになっていただろう。

 そんな恐るべき能力を秘めた竜騎兵は、今はただ静かに(たたず)むのみだ。

 ブリューナクの素体は、どういうわけか一部が青白い結晶体へと変化している。

 元から真っ当な騎体ではなかったが、素体となった竜の正体など、一度ちゃんと調べた方がよいだろうとアーデは考えた。


 そして、それを操る少年もまた、騎体背面の操縦席から立ち上がり、やや小降りとなった雨にその身を打たれ続けていた。

「おいユーリ、お前……」

 クラウソラスの操縦席から出たアーデは、思わず絶句する。

 そこにいる少年、ユーリの姿が、まるで別人のように見えたからだ。


 燃えるような赤毛は、たった数日の間に腰に届くほどの長さに伸びている。

 そして、その隙間から覗く瞳は、あの空のような青ではなく、獲物を求める鷹のそれに似た黄金色へと変化していた。


 かける言葉が見つからないまま、時間だけが過ぎて行く。

 その沈黙を破ったのは、ユーリでも、アーデでもない。

 不意にユーリが洞穴の入り口の方へと視線を送ったと同時に、女の悲鳴にもに甲高い鳴き声が暗闇の向こうから響き渡った。

 まるで、そこに何かが来るのがわかっていたような動きに違和感を覚えつつ、アーデもそちらへと振り返る。


「な、なんだこいつは……」

 闇の向こうからゆっくりと姿を見せたのは、これまでに見た個体の数倍はあろうかという巨大な寄生竜(パラサイト)だった。

「この群れの、女王だ」

 と、ユーリが冷静に呟く。

 肥大化した腹部を引き摺りながら這い出して来るそれはしかし、異常なほどに()せ細り、体の一部は既に壊死して(ちり)となりかけていた。


 死にかけた寄生竜(パラサイト)の女王。

 それは悲痛な鳴き声を上げながら、ひどく緩慢な動きで二騎へと迫る。

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