紅玉竜と雷晶竜 1
冗談のような豪雨の中、空には激しい雷鳴が何度も響き渡る。
アーデはまず周囲を確認して、使えそうな武器を探した。
クラウソラスに残った武装は両肩のブレードと、小型のバリスタ。
連発式バンカーは吹き飛ばされた際にどこかへ飛んでいったらしく、軽く見回した限りでは見当たらない。
他には護衛のパルチザンが運んできた装備が一式残っていた。
使えそうなものはカノンが一門と小型バリスタが数丁。
あとはサイラスが置いて行った強装弾仕様のアクスバンカーが一振りだ。
小型のチェーンバリスタも数本残ってはいるが、今は役に立つ状況ではない。
この中でバルディッシュに有効な損傷を与えられる武器といえば、アクスバンカーだろう。
もともと威力の高い単発式のバンカーに、さらに火薬を増量して破壊力を増してある。
竜ではなく竜騎兵相手に使うには、威力過多もいいところだ。
相手は見た目よりも遥かに俊敏だが、さすがに一撃も当てられないほどではない。
アーデはクラウソラスを、持ち主のいないアクスバンカーの元へと走らせる。
*****
三度、ブリューナクとバルディッシュがぶつかり合う。
寄生竜が操るバルディッシュは、相変わらず両腕をでたらめに振り回し、腕力に物を言わせて正面から相手を叩き潰そうとするが、それをユーリのブリューナクは、難なく回避していく。
動きが馬鹿みたいに直線的で、しかも頭部を半壊させたことで遠近感が取れていないのか、狙いがかなりずれているのだ。
もはや真面目に回避する必要かあるのかも怪しい状態だが、それでも掠っただけで致命傷になりかねない事実は変わらない。
ユーリはそれでも、騎体を後方へと退かせることはしなかった。
離れれば、こちらにも攻撃手段が無くなるからだ。
懐に潜り込み、相手に触れる。
それだけで、一瞬にして戦いを終わらせることができる。
ユーリは自騎の姿勢を低く下げて、素早く、一歩前へと踏み出した。
だが、次の瞬間、ユーリの平衡感覚が妙な違和感を覚える。
体の中身がすっぽりと抜けて、中空へと飛び出したような、そんな感覚だ。
ユーリはしかし一瞬で我に返ったのだが、騎体の重心はあらぬ方向へと傾き、今にも倒れてしまいそうだった。
咄嗟に、転倒だけは避けるべく、片腕と膝を付いて停止する。
雨でぬかるんだ地面に足を取られた。
ひどく間抜けな話だが、実際よくある話だ。
そしてさらに運の悪いことに、でたらめに振り回されたバルディッシュの腕が、偶然にも姿勢を崩したブリューナクを真っ直ぐに捉えていたのだ。
まずい、と感じたが、膝立ちの姿勢から即座に回避することは難しい。
尻尾を使って跳躍しようにも、完全に重心が沈んでいる状態ではそう大きく跳べないだろう。
こうなれば、やぶれかぶれに雷撃を放つくらいしかない。
が、そんなブリューナクの背中を、さらに別の衝撃が襲う。
*****
『喰らえ!』
と叫びながら、目の前にあった手ごろな土台を踏み越えて、クラウソラスの騎体が宙を舞う。
同時に、その手に持ったアクスバンカーの刃を大きく振りかぶり、落下の勢いも乗せてバルディッシュの左肩口へと思い切り叩き込んだ。
火薬も何も使わない、ただ重い鋼鉄の塊を力任せに振り回すだけの、単純明快な攻撃。
だがそれも、扱う者の力量によっては十分な破壊力を生み出す。
遠心力を乗せた肉厚の刃が、バリスタの鉄矢すら弾き返す重装甲に食い込む。
破れて変形した装甲板は内側へと抉れ込み、一転してバルディッシュ自身を傷付ける凶器と化した。
人間相手でも、重甲冑を着込んだ相手に最も有効な攻撃は、甲冑そのものに打撃を加えて変形させてしまうことだ。
変形した鎧というものは、思いのほか着用者の動きを制限する。
相手が力も速さも優れているならば、それらを削ぎ落してやればよいだけの話だ。
*****
頭上で鋼鉄が裂ける音が聞こえて、前のめりになった体を起こす。
そこには、雄々しくアクスバンカーを振り下ろすクラウソラスの姿があった。
状況から察するに、先ほどの背後からの一撃はこいつの仕業だ。
膝立ちになったブリューナクを踏み台にして跳び上がり、頭上からバルディッシュに一撃を加えたのだ。
お陰で、間一髪のところで剛腕の直撃を避けられていた。
その点には感謝するが。
『なんだ、意外と使いやすいじゃないか』
そんなことを普段と変わらない口調であっけらかんと言うのは、勿論、竜狩り姫ことアーデレードその人である。
彼女が操るクラウソラスは、長柄のアクスバンカーを軽々と、まるで曲芸のように振り回す。
そして不意打ちを受けて姿勢を崩したままのバルディッシュに穂先を向けて、トリガーを引き絞った。
瞬間、凄まじい爆音と共に鋼同士がぶつかり合う音が響き渡る。
射出されたアクスバンカーの鉄杭は、バルディッシュの胴体正面に直撃し、規格外の厚みを持つ装甲板を完全に砕いてしまった。
そして炎と共に薬室内に発生した高圧のガスが排気口から一気に噴き出し、周囲の雨粒を一瞬で蒸発させる。
しかし、踏み込みが甘かったのか、想像以上に装甲が強固だったのか、強烈な一撃がバルディッシュの騎体を後方へと弾き飛ばしてしまい、胴部そのものを貫通させるには至らなかった。
アーデにとって予想外だったのは、その反動だ。
同じくらいの衝撃がアクスバンカー自体にも逆流し、予想外の反動を受けたクラウソラスの騎体が後方へと倒れ込む。
丁度、膝立ちになったブリューナクに向かって、背中から倒れ込むような形だ。
ユーリは、咄嗟に騎体の手を伸ばして、その背中を支える。
一体、何をやってるんだこいつは。
この土砂降りの中、通常の竜騎兵では手に余る敵を相手に、仲間だけを後退させて。
一体なぜ、こいつだけ、この場に残っているんだ。
『おい、ユーリかジークか知らんが――』
と、どうにか転倒を免れたクラウソラスから、アーデの声が聞こえる。
そして騎体の体勢を立て直し、ブリューナクに向かって手を差し伸べながら。
いつも通り自信に満ちた声で、言い放つ。
『助けに来てやったぞ』




