表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
4/70

森の竜騎兵

 広大なラムセスカ大陸の東のはずれ、オスタリカ皇国領内の深い森の中を、武装した竜騎兵の一団が進んでいた。

 日が昇ったばかりの早朝、朝靄(あさもや)の立ち込める中、四騎のリザード級竜騎兵、通称“グラディウス”は円陣を組んで周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩を進める。

 竜騎兵の感覚は、竜核を通じて操縦者に伝わる。一団の竜騎兵乗りたちは、全員が足元の感覚に意識を集中しながら進行していた。


 ふと先頭の一騎が足を止め、左手を上げて後続の三騎に停止の指示を送る。

『獲物のお出ましだよ。全員、戦闘態勢』

 先頭騎から女の声が響く。低くぶっきらぼうで、妙な迫力のある声だ。

 四騎のグラディウスは、それぞれ手持ちの武器を構える。

 竜騎兵自体は旧式のものだが、武装は連装式の炸薬槍マルチバンカー、大型バリスタ、単発式バンカーの先に斧を取り付けたアクスバンカーを、そしてそれぞれ片手用の小型バリスタと単発式の小型バンカーという非常に攻撃的な構成になっている。


 四騎は円陣を組んだまま静止する。

 周囲には何の気配もない。鬱蒼と茂った木々の葉が朝日の光に照らされ、地面にゆらゆらと揺れ動くまだら模様の影を作っている。空もまた静かなもので、ときおり小型の鳥が鳴きながら飛びゆく他は、特に何の変化もない。

 ただ、地面を踏みしめる脚に振動が伝わってくるのを、各騎の操縦者たちは竜核を通じて感じ取っていた。

 初めはよほど注意しないと感じられない程度の揺れだったが、次第に大きくなり、今や静止状態であればはっきりと感じられるほどの揺れとなっている。


『誰が一番に襲われるか賭けようぜ』

 左側で大型バリスタを構える二番騎の操縦者が、飄々(ひょうひょう)とした口調で言う。

『俺はサイラスだと思うね』

 言いながら、肩ごしに最後尾のアクスバンカーを持った三番騎を指差す。

 三番騎のサイラスは何も語らす、呆れるように自騎の肩を少しすくめて見せた。

『馬鹿なことやってんじゃないよアーベル。お前がやられちまえばいいんだ』

『おお怖い、鬼のカーラおばさんがお怒りだ』

 相変わらずの軽口にカーラが大きく舌打ちを返す。

 そうこうしている間にも、地面の振動はより一層大きくなり、辺りに生える木々ですら小刻みに揺らし始めた。


『さて、ここは若い者の意見も聞いてみようかね』

 地面の揺れをさほど気にする様子もなく、アーベルは残る右側の四番騎へ話を振る。

『なぁユーリ。お前はどう思う?』


 ユーリと呼ばれた赤毛の少年は、自らが駆る竜騎兵、グラディウス四番騎の操縦席で目を閉じ、全神経を足元に集中していた。

 外でカーラとアーベルが何か騒いでいるが、今はそれどころではない。

 振動の強さ、頻度、そして方向。

 その全てを足先に集中した神経から感じ取り、“それ”が現れる位置を探る。


『カーラだ』

 唐突にユーリが一番騎の操縦者の名を口にする。

『おっと、ユーリはカーラおばさんに賭けるのかい』

 アーベルはユーリが賭けに乗ったと思ったが、そうではない。

『違う! カーラ跳べ!』

 ユーリが強い口調で言うや否や、激しい揺れと共にすぐ傍の地面が盛り上がり、地面の中にいる何かが一番騎カーラの足元に向かって一直線に向かってくる。


 危険を察知したカーラはすぐさま右方向へ自騎を跳躍させ、同時に自分が先ほどまで立っていた位置に視線を向けて確認した。


 盛り上がった地面は。まるで噴火でもしたかのように派手な土煙を上げて上方に弾け飛び、そこから何か巨大で黒い塊が、放たれた矢のごとき勢いで飛び出してきた。


地虫竜(ワーム)だ! 全騎かかれ!』

 跳びながら一番騎のカーラが仲間にそう告げ、自らも着地すると同時に、胴周りが竜騎兵ほどもあるムカデのような姿の竜に向かって猛然と跳びかかる。


 地虫竜(ワーム)は竜の中でも下級の一種で、地面の中を掘り進み地表の獲物を狙う。どのように獲物を感知しているのかは不明だが、地中からの不意打ちのような攻撃はベテランの竜騎兵乗りでも完全に回避することは難しい。


 カーラもまた腕の良い竜騎兵乗りではあるが、ユーリの一言で反射的に跳び退()いていなければ、直撃とまではいかずとも多少のダメージは受けていたかもしれない。


『いい勘してるぜまったくよ!』

 アーベルもまた感心しながら、自騎を後方へジャンプさせて地虫竜(ワーム)から距離を取り、両手で抱えた大型バリスタを構えなおす。


 バリスタは口径が大きくなるほど反動も増大する。

 ここ十年ほどで飛躍的に改良されて格段に扱いやすくはなったが、それでも大型のものになると、グラディウスのような並みの竜騎兵は反動で転倒したり、最悪の場合、肩や肘の関節に異常をきたすこともありうる。


 しかし、アーベルの二番騎が装備するバリスタは違った。

 地虫竜(ワーム)との距離がある程度開くと、アーベルが駆る二番騎はその手に持ったバリスタを頭上へと振り上げ、目の前の地面に向かって一気に振りおろす。

 先端部に取り付けられた突起が地面に突き刺さり、巨大な砲身が固定された。

 狙いは地面から突き出した地虫竜(ワーム)の胴体だ。


『アーベル! チェーンを撃ち込め!』

『あいよ!』

 カーラの指示を受け、アーベルは銃口の角度を調節して狙いを定める。

 だが、多数の(ふし)を持つ地虫竜(ワーム)の体は縦横無尽に動き、なかなか狙いが付けられない。


 地虫竜(ワーム)に飛びかかったカーラ騎は、両手で構えたバンカーを全自重をかけ、無数の足がうごめく胴部の裏側に突き込む。

 地虫竜(ワーム)の体は、黒く分厚い外殻に覆われている。外側からの攻撃では有効なダメージを与えられないだろう。それ故カーラは比較的防御の薄そうな裏側を狙って攻撃したのだが、それでも一撃でバンカーの穂先は通らず、重い金属同士がぶつかりあうような音を立てて攻撃は弾かれた。


 数年前であれば地虫竜(ワーム)程度の竜ならばバンカー一本で仕留めることも容易だった。

 だが、近年また強固に進化した種の中には、今のように穂先が通らず弾き返してしまうほどに硬い外殻を持つものも増えてきたのだ。


 カーラ騎は攻撃を弾かれた反動で、やや体制を崩す。

 その一瞬の隙をつき、地虫竜(ワーム)は長い胴体を蛇のようにしならせて、硬い岩盤すら噛み砕くその(あご)でカーラ騎に襲いかかる。

 回避は間に合わない。カーラは手にしたバンカーを構えて防御しようとするが、本来バンカーは防御には向かない装備だ。完全には防げないだろう。


 やばい。

 カーラの直感がそう告げる。


 しかし次の瞬間、地虫竜(ワーム)の攻撃は横合いから飛びこんできた別の竜騎兵によって防がれた。

 三番騎、サイラスが振るうアクスバンカーの一撃が、高速で動く地虫竜(ワーム)の頭部を正確に打ち抜き、甲高い金属音を響かせて弾き飛ばす。


 続いてユーリの四番騎が頭部の正面へと回り込み、一瞬動きの止まった地虫竜(ワーム)の口に向かって左手に固定された小型バリスタを連射した。

 口の中を攻撃された地虫竜(ワーム)は紫色の体液を吹き出し、ガラスを引っ掻くような奇声を上げて悶絶する。

 外側の防御は硬いが、内部はそうでもないらしい。


『気をつけろ』

 四番騎のユーリが素っ気ない口調で言う。

 まだ十六そこそこの子供だと思っていたが、こんな風にさりげなく仲間を気遣う態度は、彼の育ての親であるジークにどこか似てきたなと、カーラは思う。


 十六年前のあの日、ジークたちと共に訪れたユリンガルドの廃墟で拾った子供が、今はこうして竜騎兵を操り戦っているというのは、なんだか不思議な気分だ。


 なるほど、あたしも歳を食うはずだよ。

 カーラの口から、くくっと小さな笑いが漏れた。


 どうした? と不思議そうに尋ねるユーリに『何でもないさ』とだけ言い、カーラは再び戦闘に集中する。

 地虫竜(ワーム)はいまだ健在。感慨に(ひた)るのは後回しだ。


『さぁ一気にたたみ掛けるよ! アーベル! さっさとチェーン撃ち込め!』

 カーラ騎はバンカーを構えなおし、巨大な黒い影と対峙する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ