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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
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竜殺し 2

 人はその命を終える時、己の人生を夢として(かえり)みるのだという。


 その男の人生は、竜と共にあった。

 卓越した技術と執念で、何十、何百という竜を狩り殺し。

 もっと沢山の何かを失くしながら、ずっとずっと、血と黒煙の中を歩き続けてきた。

 故郷を。

 家族を。

 仲間を。

 そして最後には自分自身すらも失いながら、それでもなお――


 *****


 ひゅうひゅうと、掠れた音が聞こえる。

 それから、生々しい血の匂い。

 竜のものではない、人間の血だ。


「目が覚めたのか、ユーリ」

 どこからか、聞き覚えのある声が響いてくる。

「ジーク、あんた――」

 声を出して答えたものの、吐き出した空気が喉の奥で絡まり、むせ込んでしまった。

 まるで砂漠で迷い続け、数日ぶりに水を飲んだ時のように、体が上手く機能していない感じだ。

 それを聞いたジークは、くくっと小さな笑いを漏らした。

「どうだ、数日ぶりに吸った空気は美味いか?」

 やけに落ち着いた口調で、そんな風に茶化して見せるが、その声はひどく弱々しい。


 言っている内容も、普通の人間には理解不能な話だ。

 数日も、肺が空になった状態で生きていられるわけがない。

 だが、ユーリには自分が“死んでいた”という感覚が残っていた。

 ぼんやりと、水の底に沈んだような感覚。

 その中で感じた、いくつかの出来事。

 夢、幻覚、記憶の渦。

 完全に目覚めた今となっては、ぼんやりとしか思い出せないけれども。

 それでも確かに、自分は死んでいたのだと、はっきりと感じ取れる。


「なぁユーリ」

 ひゅうひゅうという音が、相変わらず小さく聞こえてくる。

「俺はもう助からん」

 恐らく、呼吸器系に傷を受けたのだろう。

 ユーリは、同じような音を立てて死んでいった人間を、何人も見てきた。

 いや、それ以前に。

 ジークが致命傷を受けたその感覚を、同時に感じ取っていた。

 もう助からないという彼の言葉が、本当なのだと知っている。

「だからひとつ、俺の頼みを聞いてはくれないか」

 先ほどよりも、ほんの少し弱々しくなった声で、ジークは言った。

 その頼みごとの内容すらも、ユーリにはもう、わかっているのだが。


 竜を。

 竜を殺してくれ。

 無限竜(ファーブニル)を、いつか、完全に。


 ジークは静かに、そう言った。

 それが、何十年も竜と戦い続けてきた男が、願い続けてきたことだ。


「わかった」

 とだけ、ユーリは短く答える。

 考えてみれば、断られるはずがないのだ。

 なぜなら、この少年はもとより、すべての竜を狩り殺すつもりなのだから。

 たとえ相手が、何千、何万いようとも。

「呆れた奴だ」

 本当に、呆れ果てたようにジークは笑う。

「だったら、お前は今日から“竜殺し”を名乗れ」

 それがこの依頼の報酬だと、ジークは言った。


 竜殺しとは、ジークが各地で名乗り続けてきた通り名だ。

 その名を受け継ぐということは、何も名声だけの話ではない。

 竜殺しの名の元に作り上げられた、無限竜(ファーブニル)出現の予兆を知らせる、広大な情報網。

 それを引き継ぐということに他ならない。

 軍隊、商人、傭兵、民衆。

 貴賎を問わず構築されたそれは、まさにジークが歩んできた道そのものだ。

「竜狩りの猟犬を探している、それが合言葉だ。あとは好きに使え――」

 そこまで話して、ジークは激しく咳き込んだ。

 もうあまり時間がないことは、二人とも理解している。


「ジーク、あんたにひとつ、礼を言わなきゃいけない」

 そう言ったユーリに対し、ジークは鼻で笑いを返した。

「よしてくれ。お前を拾って育てたのは、お前のためじゃない」

 ジークがユリンガルドで赤子だったユーリを拾った時、始めは近隣の村にでも預けて行くつもりだった。

 そうしなかったのは、彼の秘密を知ったからだ。

「家族だと言ったのも、ただの方便だ。俺の家族は、とうの昔に死んだよ」

 あの時に誓ったのだ、二度と家族など持たないと。

「だから、お前に礼など言われることなど何も……」


「ジーク」

 遮るように、ユーリが名を呼ぶ。

「俺はあのまま、ブリューナクの一部になってもよかったんだ」

 それはジークにとって、予想外の言葉だった。

「どのみち結果は変わらない。俺の力を誰が使うのか、誰が竜を殺すのか、その違いだけだ」

 そうならなかったのは、単に運がどちらへ傾いたのか、という程度のことでしかない。

「だから俺は、あんたに利用されるなら、それでもよかった」

 馬鹿な、と吐き捨てるようにジークが言う。

「仲間だからか? それとも、この期に及んで家族だとでも?」


 違う、とユーリは答える。

 もっともっと単純で、大事なこと。

 それは――

「あんたとユリアナが、俺に名前をくれたからだ」


 そしてユーリは思い浮かべる。

 花の香り。

 柔らかい風。

 優しく笑う女性。

 彼女が言いかけた言葉。

 今はもう失われてしまった、遠い遠い、誰かの記憶。


 *****


 男の子だったら、どうしようかしら?

 そうね、男の子だったら私の名前からとって、ユーリって名前はどう?

 素敵な名前だと思うけど。

 きっと貴方みたいに強くて、優しい子になるわ。


 *****


 ありがとう、と言ったユーリの言葉に、返事はなかった。

 ジークは何度か小さくユリアナの名を呟いたが、それを最後に、彼の声は聞こえなくなってしまった。


 ほんの少しの沈黙を挟んで、ユーリは再び操縦席へと身を預ける。

 激しくぶつかり合う金属が上げる甲高い嬌声(きょうせい)が、周囲に響き渡っている。

 つまりここは戦場のど真ん中ということだ。

 誰かを弔うのは、戦いが終わった後にするしかない。

 さもなければ、自分も弔われる側になってしまう。


 カーラは恐らく気絶しているだけだろう。

 ぎりぎりで意識を取り戻し、放電を加減できたのは運がよかったとしか言いようがない。

 アーベルとサイラスはどうなった?

 それから、あの危なっかしいお姫様だ。

 やるべきことは、まだ山のようにある。


 竜核に、意識を集中する。

 やがて自分の肉体を明確に認識できなくなり、代わりに巨大な竜の体から生々しい感覚が流れ込んできた。


 そしてブリューナクと完全に同調した瞬間。

 どこからか、ほんの(わず)か、花の香りが流れ込んできた。

 そんな気がした。

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