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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
35/70

邂逅 2

 ねぇ、こんな話を知ってる?

 女の子だったら父親の、男の子だったら母親の名前を少しだけ分けてあげるの。

 そうしたら、女の子には、父親の強さが。

 男の子には、母親の優しさが宿るのよ。


 そう言って彼女は、優しく、優しく。

 大きくなった、自分の腹を撫でて、微笑んだ。


 *****


 バリスタを構えたカーラのパルチザンと、ジークが操るブリューナクが対峙する。

『まさかとは思うがな、カーラ』

 微動だにしない二騎の膠着(こうちゃく)を崩すように、ジークが言う。

『そんな武器でこのブリューナクが倒せるとでも思っているのか?』

 いくら皇竜騎(アークドラグーン)といえども、対竜兵器であるバリスタを受けて無傷ではいられないはず。

 しかし、それもあくまで当たればの話である。

 段違いの運動性能を誇るブリューナクに、直線的な射撃であるバリスタの矢を当てるのは至難の業だろう。

 ましてや、乗っているのは歴戦の竜騎兵乗りであるジークだ。

 フェイントや不意打ちもどこまで通用するか知れたものではない。


 だが、カーラの思惑はまったく別のところにある。

『倒す必要なんかないさ』

 そう、目的はブリューナクの破壊でも、ジークの殺害でもない。

『あんたの後ろで寝てるバカが起きれば、それでいい』

 ブリューナクの複座、その中に眠る者。

 意識不明のまま、ジークとブリューナクとを繋ぐ媒介となっている者。

 竜の力を発現させることができる、おそらく唯一の者。

 起きろユーリ――と心で囁きながら、カーラはバリスタのトリガーを引き絞る。


 断続的な炸裂音が響き、木漏れ日を一瞬だけ反射しながら一本の鉄矢が空を裂く。

 弾倉内に計十発。

 左腕を失って再装填が不可能なカーラ騎は、それだけ撃ち切ってしまえばもう手詰まりだ。

『お前も俺の邪魔をするのか』

 バリスタの初撃を難なくかわしながら、ジークが自嘲(じちょう)するように笑う。

 何が可笑しい。

 そんな苛立ちを込めてブリューナクの顔面へともう一発バリスタが撃ち込まれるが、それもわずかに首を傾けただけで回避されてしまった。

『当たり前だ。あんたがイカれるのは勝手だけどね、そいつを巻きこむんじゃないよ』

 吐き捨てるように、カーラが言った。


 そんな彼女に、ジークは落ち着いた口調で言葉を返す。

『もう俺には竜が殺せないと言ったな、カーラ』

 しわがれた老人のようなその声は、カーラに乾いた砂を連想させた。

皇竜騎(アークドラグーン)を手に入れ、それに相応しい乗り手も育ててきた。あの竜を殺すために、それが最良の道だと考えていた。俺でなくとも、俺が育てた誰かが、俺が残した技術が、あれを殺せばいいと。だがなカーラ、お前の一言で眼が覚めたよ』

 俺は、竜を、この手で殺したい。

 すべてを奪った無限竜(ファーブニル)を、この手で殺してやりたい。

 その復讐心を、憎悪を、誰かに委ねることなど、始めからするべきではなかったのだ。

『あの竜は俺が殺す。だからこいつを利用する。誰にも邪魔などさせるものか』


 完全に狂っている、と普通の人間なら思うだろうが、カーラはそうではなかった。

 むしろ、これがジークハルトという男の、あるべき姿なのだ。

 いかにして竜を殺すか、それだけをひらすらに追求し。

 そのために為すべきことを、一切の躊躇(ちゅうちょ)なく実行する。

 だからこそ、カーラも他の二人も、ずっと昔に死んでしまった何人かの仲間も、彼に付き従ってきたのだ。

 だがそれでも。

 彼が仲間を見捨てたことは、ただ一度もなかったのだけれど。


『死人のためにできることなんて、何もありゃしないよ』

『あるさ、それが復讐というやつだ』

 ジークはそう言って、笑う。

『俺には聞こえるんだよ。あの竜を殺せという死者の声が』

 それを聞いたカーラは、小馬鹿にしたように鼻で笑う。

『そうかい。じゃあユリアナも、そう言ったのか?』


 ユリアナ。

 カーラがその名を口にした途端、周囲の空気が、明らかに変化した。

『その名をどこで聞いた』

 ほんの(わず)か、動揺を含んだ声でジークが問う。

『そんなに驚くことはないだろう。あんたが寝言で呟いてるのを何度か聞いたのさ』

 今度は、カーラの方が笑って答える。

『どこで買った女か知らないけど、そんなに具合が良かったのかい?』

 カーラが(あざける)ように言ったその下衆な台詞が、引き金となった。


『黙れぇ!』

 ブリューナクが凄まじい速度でカーラ騎に迫る。

 先ほどまでとはまるで違う、別人のように殺気がカーラ騎へと向けられていた。

 およそ一般的な竜騎兵からはかけ離れた運動性能が生み出す踏み込みは、警戒して広めに取られた間合いを、ただの一歩で詰め切る。

 ブリューナクはそのまま両の主腕でカーラ騎の首筋を掴み、軽々と吊るし上げた。


 同時にカーラはバリスタの照準をブリューナクの胸部、操縦席へと向ける。

 激昂(げきこう)したジークは、必ず攻撃に出る。

 彼は、自信から沸き上がる攻撃衝動を抑えられない。

 典型的な陽性敗竜症の症状を利用した手だ。

 案の定、冷静さの欠片も感じられない素人同然の動きで、ブリューナクが突っ込んできた。

 そして、カーラ騎を捕まえるために一動作を使ったブリューナクよりも、それを見越した上で待ちかまえていたカーラ騎の方が、ほんの数瞬だけ有利なはずだ。


 あとはカーラがトリガーを引くのが先か、ジークが雷撃を発するのが先か。

 ただそれだけのシンプルな勝負だ。

 この状態では、どちらも回避のしようがない。


 ブリューナクの体が、うっすらと青白く光る。

 カーラ騎の指が、バリスタのトリガーを引く。


 そして森の中を青い閃光が(はし)ったと同時に、いくつかの爆発音が響き渡った。


 *****


 女の子だったらね、名前はジークヘンデよ。

 貴方の名前からとって、ジークヘンデ。

 どうかしら?

 勇ましすぎる?

 でも、貴方の娘だもの、そのくらいで丁度いいわ。


 男の子だったら、どうしようかしら?

 そうね、男の子だったら私の名前からとって――


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