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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
34/70

邂逅 1

 ぼやけて拡散していた意識が、ほんの少しだけ覚醒する。


 ふと気が付けば、目の前に見知らぬ女性がいた。

 彼女は花弁のように柔らかな笑みを浮かべながら、しきりに口を動かしている。

 だが、その声はまったく聞こえてこない。


 誰だ?

 何を言っている?


 彼女はなおも微笑みながら、話し続ける。

 まるでこの世で一番の宝物を見付けたみたいに。


 それから。

 優しく、優しく、自分の腹を撫でた。


 *****


『ずいぶんと景気よく暴れてるじゃないか。そんなに楽しいのかい?』

 カーラは挑発的な口調で言い放つ。

 片手斧を投げつけた右手には、すでに小型のバリスタが握られており、その照準はしっかりとブリューナクへと向けられている。


 数瞬の沈黙。

 続いて、鼻で笑うような音が、ひとつ。

 何も答えないと思われたブリューナクだったが、意外にもカーラの言葉に反応した。


『楽しい、か』

 腹の底から沸き上がるような、重く厚みのある男の声。

 ブリューナクから聞こえる声は、やはりカーラが呼んだ通り、ジークのものだ。

 彼はほんの少し、何かを考えたような間を開けて、くくっと静かに笑った。

『そうかもしれんな。これは楽しいと、そう表現してもいい』

 少し迂遠(うえん)で、皮肉っぽい物言い。

 いつも通りのジークだ。

 だがカーラには、彼がいつもの調子であることが、逆に苛立たしく感じられた。

『笑わせるなよ、ジーク』

 そう言いながら、カーラの声はまったく笑ってなどいない。

 笑えるわけがない。

 かつて“竜殺し”と呼ばれた男は。

 飄々(ひょうひょう)とした態度の裏で、誰よりも竜を憎んできたその男は。

 もう、敵と味方の区別すら、まともにできていないのだから。


『なぁジーク、あんたの戦いはもう――』

 もう、終わってるんだよ。

 どこか子供に言い聞かせるように、カーラは語りかける。

 敗竜症を(わずら)い、竜騎兵に乗れなくなった時点で、彼の戦いは終わったはずだった。


 だが、彼は見付けてしまった。

 そして選んでしまった。

 味方を皆殺しにしてでも、竜と戦う道を。


 *****


『おいおい、マジかよ……』

 アーベルが独り言のように呟く。

 寄生竜(パラサイト)の動きを止めている炎の壁は、いまだに勢いよく燃え上がっている。

 だが、その向こう側で、ゆらりと大きな影が立ち上がったのが見えたのだ。


 ぎしぎしと不快な音を立てて動くそれは、先ほど見かけたサーペント級竜騎兵、バルディッシュだ。

 もちろん、動かしているのは人間ではない。

 黒ずんだバルディッシュの装甲には、無数の白い物体、寄生竜(パラサイト)の幼生体が張り付いていた。

 おそらく、以前カーラがサイラス騎と戦った際と同じく、戦術的な動きは特別に警戒するほどではないだろう。

 厄介なのは非常に強い筋力と、それを活かした分厚い装甲。

 相手に武器はないものの、バルディッシュは大盾と大型バンカーを構えて整列し、そのまま正面から突撃するよう設計された竜騎兵だ。

 対竜騎兵戦闘を前提とした重装甲は、真正面なら小型のバリスタ程度は弾いてしまう。

 この狭い通路内で突進でもされようものなら、それだけで隊列が崩壊しかねない。


 その時、サイラス騎の振った手斧の一撃が、ようやく後方に脱出口を開いた。

『よし、後退だ後退! お前ら先に行け!』

 アーベルはそう言い放つと、自騎のポーチからバリスタの予備弾薬をいくつか取り出す。

 人間の腕ほどもある金属製の円筒には、強い発火性を持った火薬がぎっしりと詰まっている。

 アーベルは弾薬を防塵布(ダストガード)に包んでひとまとめにし、残ったカンテラの油をそれに染み込ませた。

『おいアーベル! 早くしろ!』

 急かすサイラスの声を聞きながら、アーベルは自騎を出口へと向かわせる。


 そのアーベル騎を、思わぬものが足止めした。

『うおぁっ!』

 騎体が、がくりと大きく揺れて、その反動で間抜けな声が漏れる。

 何かに脚を取られて、バランスを大きく崩したのだ。


 アーベルが脚元へと視線を移すと、自騎の右脚に白いものが付着している。

 それはホール内を(おお)い尽くすものと同質の、粘糸だった。

『どうした!』

 声を聞き付けたアーデが、クラウソラスの脚を止める。

『畜生! 脚が動かねぇ!』

 アーベルはすかさず自騎の小型剣を取り出し、脚にべっとりと絡みついた粘糸を()がしにかかる。

 粘糸はすぐ目の前の壁から伸びているようだが、よくよく見ればそうではなかった。


 真っ白に塗りつぶされた壁を、まったく同じ色の何かが這い回っている。

 それは完璧なまでの保護色を持った、巨大なクモのような生物。

 おそらく寄生竜(パラサイト)の一種と思われるそれが、肥大化した腹部から粘糸を噴き出し、アーベル騎を捕えていたのだった。

『死ね! クソ野郎!』

 そんな叫びを上げながら、アーベルは眼前のクモ型寄生竜(パラサイト)へと小型バリスタを連射する。

 兵士型のような堅い外殻を持っていないのか、クモ型の寄生竜(パラサイト)は鉄矢の雨を浴びせられ、紫の体液を派手に()き散らす。

 これまでの個体に比べれば、拍子抜けするほど弱い。

 あくまで、単体ならば。


 バリスタを操っていた左腕が、粘糸の束に捕縛される。

 続いて肩、腰、頭とあらゆる部位を強靭な粘糸を絡め取られ、アーベル騎はあっという間に身動きが取れなくなってしまった。

 この状態になって初めて、知らぬ間に、音も無く忍び寄る無数のクモ型に包囲されていたことに気付く。

 先ほど出口が忽然(こつぜん)と消えたのも、これらの仕業だろう。

 獲物の退路を断ち、粘糸で動きを封じて幼生体の餌とするのがクモ型の役割だ。


『アーベルこっちだ! 跳べ!』

 (きびす)を返したアーデのクラウソラスが、アーベル騎へと駆け寄る。

 このままでは、周囲で干乾びている死体と同じ末路だ。

 アーベルは危険を承知でグラディウスの胸部装甲を開け放ち、自騎へと伸ばされたクラウソラスの右腕へと跳び移る。

 竜騎兵の装甲には、各部にカンテラを引っ掛けるのと同じようなハンガーがある。

 アーベルは自分のベルトに巻いたフック付きのロープを伸ばすと、クラウソラスの腕部ハンガーに先端を取り付けて体を固定した。

 戦場で歩兵を運搬する場合に、よく用いられる方法である。


 グラディウス一騎を放棄するのはやや痛いが、命には代えられない。

 それに、長年乗ってきた愛騎には、相応しい散り様も用意してある。

「アーデ姫! 合図したら全力で後退しろ!」

 言いながらアーベルは小型の発光筒を取り出すと、それに着火し、自騎が持つ布袋のようなものへと投げつけた。

 それは先ほどアーベルが防塵布(ダストガード)で作った、弾薬入りの袋だ。


 油をたっぷりと吸い込んだ布は、発光筒から絶え間なく飛び散る火花を受け、一気に燃え上がる。

「よし行け行け!」

 アーベルの合図と共に、クラウソラスが後方へと跳びずさる。

 前方を見れば、完全に立ち上がったバルディッシュが突進を始めていた。

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