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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
30/70

追跡 1

 自らの腕に締め上げられるブリューナク。

 その奇怪な動作に誰もが面喰(めんくら)い、動きを止める。

 が、アーデはその一瞬の勝機を見逃さない。

 相手がどうあろうが、今この瞬間が、唯一にして最後の好機かもしれない。

 倒すにしても、追い払うにしても、ここを逃す手はないだろう。


 感電し、やや動きの鈍いクラウソラスを膝立ちの姿勢まで起こし、駆け寄ってきた護衛騎士のパルチザンに向かって指示を出す。

『全騎、包囲射撃、準備!』

 アーデが号令をかけると、護衛騎士のパルチザン三騎がバリスタを構えて扇状の陣形を取った。

 アーベル、サイラスもまた、共に予備の小型バリスタでブリューナクに狙いをつける。

 誰が乗っているのかはともかく、まずは竜騎兵を無力化しない限りはどうしようもない。

 殺すつもりはない、ただ動けないよう脚部を破壊するだけだ。

 操縦席を開いて真実を調べるのは、その後で構わない。


 一瞬の静寂を経て、アーデの口が開く。

 撃て――

 そう叫ぼうとした矢先のことだ。


 森の奥、生い茂る木々の遥か奥で、凄まじく甲高い、女の悲鳴に似た声が響いた。

 それはさほど大きな音には感じられなかったが、人間ではないと確信できるほど長く、肌に触れられたと勘違いするほど確かに、空気を振動させるように響き続ける。

 アーデを含め、その場にいる全員が聞いたことのない音だった。


 その声がした瞬間。

 自らを拘束し、悶えていたブリューナクの動きが、ぴたりと止まった。

 そして、右手に掴んだままのサイラス騎のアクスバンカーの穂先を、地面に突き立てる。


 まずい。

 反射的にそう感じたアーデは、あらん限りの声で号令をかける。

『逃がすな! 撃て!』

 その叫びで我に返った五騎は、ブリューナクへと向き直り、狙いを定めた。


 しかし、彼らがトリガーを引く前に、ひときわ大きな爆発音が鳴り響く。

 同時に、ブリューナクの脚元、森の土に覆われた地面が噴火でもしたように弾け、大量の土煙が舞い上がった。

 続いて真っ黒な煙と、巨大な炎が一瞬にして全騎の視界を遮る。


 巨大な爆発。

 その正体が何なのかは、今この瞬間において、さほど重要なことではない。

 問題は、この場にいる全員がブリューナクの姿を見失ったということだ。


 小さな舌打ちをし、アーベルが煙に向かってバリスタを連射する。

 だが、竜騎兵やその装甲に当たったような音は聞こえない。

 代わりに、巨大な竜騎兵の脚が木々の幹を蹴り飛ばす音が何度も周囲に響き、やがてそれは徐々に遠くなっていき、ついには聞こえなくなった。


 逃げられた。

 いや、逃げたのではない、本来の目的に戻ったのだろうか。

 どのみち理由は定かではないが、何が起こったのかは状況を見れば想像がつく。


 おそらくブリューナクは、右手のアクスバンカー内部の炸薬に放電で着火し、爆発させたのだろう。

 地面にぶつけられた衝撃と爆風は派手に土を巻き上げ、即席の煙幕を作り出した。

 盛大な爆炎は、通常より炸薬量の多い強装弾仕様ゆえだが。

 後から思えば、サイラスのアクスバンカーが強装弾仕様であることを、ブリューナクの操縦者は把握していたように思える。

 やはり、ブリューナクに乗っているのは、ユーリたちのうち、誰かだろう。


『アーベル、ブリューナクに何が起こったんだ。自分で自分の首を絞めていたぞ』

 まだ速い心臓の鼓動を落ちつけるように、アーデはなんとなくそんな話題を振ってみる。

 別に明確な答えを期待したわけではない。

 が、戻ってきた返答は、思いがけないものだった。

『何がと、聞かれてもな。後ろに誰か乗ってたんじゃねぇのか?』

 思わず口にしたアーベルは、自分が失言したのに気付いて小さく舌打ちをする。

『後ろ? どういうことだ』

 案の定、アーデはその一言に食い付いた。


 今更とぼけても無駄だと思ったのか、アーベルは諦めたようにあっさり続きを話す。

『複座式なんだよ、あのブリューナクって竜騎兵は。胸のとこにある操縦席の他に、首筋の辺りにもうひとつの操縦席がある。いわゆる双頭竜騎兵ってやつだ』

 事も無げ説明するアーベルだったが、その言葉を聞いているアーデは驚きを隠せない。

『双頭竜騎兵だって? まともに動くものは存在しないはずだぞ』

 複数の頭部、そして複数の竜核を持つ竜を素体とした、双頭竜騎兵。

 それは複数人で操縦を行うことで、例えば四本の腕を普通の人間でも動かせるよう設計された竜騎兵なのだが。


アーデの知る限り、成功例は存在しないはずだった。

 まったく動かないものもあれば、逆に操作が干渉して暴走する場合もある。

 それだけではない、操縦者が揃って精神的な障害を受けるケースもあり、非常に不安定かつ危険な技術として、近年では研究すらまともに進められていないというのが一般的な認識だ。

 そんなものが動いていると知れたら、世界中の技師がこぞって詰めかけてくるに違いない。

 あのゴウト親方だって黙ってはいないだろう。


(アーク)を冠する双頭竜騎兵、四本腕を自在に操り、稲妻を発するか』

 なんの冗談だと、アーデは思わず笑いそうになる。

 まるで三門芝居で都合が悪くなると登場する、全知全能の人物じゃないか。

 そんな竜騎兵が存在するならば、このクラウソラスも火ぐらい吐いてもいいだろうに。

 思わず言いかけたが、馬鹿馬鹿しく思えて、やめた。


 ともあれ、生き延びた。

 アーデはクラウソラスの胸部装甲を開け放ち、操縦席から這い出て外の空気を吸う。

 周囲には血と硝煙の臭いが充満し、お世辞にも美味いとは言い(がた)いが、それでも生死を賭けた緊張の後では、頭の芯に染み込むような清々しさがある。

 アーデだけではない、他の全員が同じように竜騎兵の操作を止め、ほんの一瞬でも休息を得ようとしていた。

 先ほどの甲高い鳴き声は気になるが、すぐに進軍するのは無理かもしれない。

『さすがに少し休もう』

 アーデの提案に、一同は無言で同意を示す。

 朝方に出発し、太陽は徐々に直上へと近づきつつある。

 もうあまり時間がない。

 よもやクラウソラスを森に残したまま焼夷弾を撃ち込んだりはしないだろうが、あまりぐずぐずしていては日没までに戻れなくなる。

 寄生竜(パラサイト)がうろつく森で野営するのは避けたい。


 乾ききった口の中を(うるお)すため、革の水袋に口を付けつつ、アーデは周囲を見渡す。

 ブリューナクが、あの鳴き声の主を求めて森の奥へと進んだとすれば。

 後を追うべきか、追わざるべきか。

 何の確証もないが、あの特異な竜騎兵が何の理由も目的もなく暴れているとは考えにくい。

 見たところ、理性を失っているわけでもない。

 何か目指すものがあるはず。

 ならば。


『ひと休みしたら装備を整えて先へ進む。ブリューナクを追うぞ』

 そう言ってアーデは、手にした水袋からもう一口、ぬるい水を飲む。

 当てずっぽうに進むよりは、よほどましな選択だろう。


 遥か遠くから、あの悲鳴のような鳴き声が、また何度か響いてきた。

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