迅雷 2
自騎が地面に倒れた衝撃で、アーデは操縦席に後頭部を打ち付ける。
よく知っている痛み、その感覚が、彼女の意識を急速に回復させた。
何が起こったのか。
それは目の前の状況から察するしかない。
ブリューナクは追撃をかける様子もなく、悠然と立ち尽くしている。
手には砲口近くを握られたカノンがあるのだが、その砲身、薬室の辺りが激しく損傷し、黒い煙を吐いていた。
薬室の下部にある弾倉に至っては、跡形もなく吹き飛んでしまったようだ。
ぱっと見た感じでは、砲弾の不良により内部から爆発したような状態。
だが、あんなにタイミング良く事故が起こった、などとは考えにくい。
要因があるとすれば、爆発の直前に見えたブリューナクの発光だろう。
あれは何かの攻撃、もしくはその前兆だったとアーデは予想する。
周囲で見ていたアーベル、サイラスの両名も、目の前で起こった現象に唖然とするばかりだ。
ブリューナクに掴まれるや否や、突然カノンの砲身が爆発を起こした。
爆発自体は砲弾内部の炸薬によるものだろうが、それが発火した原因がわからない。
出撃前にアーベルが確認した限りでは、カノンの砲弾はバリスタの炸薬とほぼ同じ構造をしており、円筒型の金属容器に火薬と衝撃信管による発火装置、それから弾頭を詰め込んだものだ。
この発火装置を作動させるためには、砲弾底部にある雷管と呼ばれる部分を、正確に、しかもかなり強く叩く必要があり、多少の衝撃では暴発しないよう作られている。
外部からの熱に対しても同様で、例え火中に放り込んだとしても、即座に爆発したりはしない。
砲身を外側から握っただけで、あんなことが起こせるはずもない。
正体不明の攻撃、そのダメージはクラウソラスの外部装甲だけでなく、素体にも及んでいた。
しかもその損傷のしかたが、異常極まりない。
爆風を受けた右半身は衝撃で装甲が歪み、素体もまた熱で焼けてしまっている。
対して左半身は装甲自体に損傷がないにも関わらず、素体は右半身と同様に所々が黒く焦げ付き、薄く煙を上げているのだ。
鋼鉄製の装甲をまったく傷付けずに内部だけを攻撃された、としか言いようがない。
その状態を見て、アーベルは気付く。
彼は一度、戦場でそのような現象を見たことがあった。
*****
目の前で敵の竜騎兵がバンカーを逆手に振り上げる。
対竜用の兵器だ、まともに喰らえば自騎の装甲など役には立たない。
ひどい戦場だった。
激しい雨の中、十騎ほどの竜騎兵が入り乱れ、互いに殺し合う。
明日にも滅びそうな小国同士の、国境線を巡る紛争。
雨でぬかるんだ戦場の地面と同じ、腐った泥の臭いがする小競り合いだ。
支給された粗悪な炸薬は濡れて着火せず、その隙に押し込まれて格闘戦へともつれ込む。
その中で、アーベル騎は転倒し、敵騎にとどめを刺されんとしていた。
何の感慨もないと言えば嘘になるが、何か思う所があるかと言われれば、そうでもない。
まるで道端に落ちた小銭を拾うように殺し、殺される。
ここで起こることは、そんな程度だ。
そう思うと、なんだかおかしくなり、薄く小さい笑いが込み上げてきた。
その時、それは起こった。
一瞬、眼が焼け付くかと思うほどの閃光が走り、続いて何かが破裂するような音が鳴り響く。
気が付けば、敵の竜騎兵は全身から煙を上げており、そのままやけに人間くさい動作で、ゆっくりと倒れ伏したのだった。
装甲板にはまったく損傷はなく、素体だけが焼け焦げて、生焼けの嫌な臭いを発していた。
*****
『アーデ姫! 雷だ! そいつに近寄るな!』
どういう原理かは知らないが、ブリューナクは体内で強力な雷を発生させている。
それが鋼鉄製のカノンからクラウソラスの手へと一瞬で伝わり、感電させたのだ。
そして雷は砲身だけでなく弾倉まで伝播し、同じく金属製である砲弾内部、そこに詰められた火薬を発火させるに至ったのだろう。
雷、と聞いたアーデは、それですべてを納得する。
焼け焦げた死骸と化していた寄生竜や剣牙竜も、それを喰らったに違いない。
また、ブリューナクが武器を持たない理由もわかった。
バンカーやバリスタなどの炸薬兵器を持っていれば、放電した際に誘爆するからだ。
その証拠に、ブリューナクはカノンを爆発させた瞬間、副腕に残ったもうひとつの盾で爆風を防いでいた。
明らかに、そうすればカノンが誘爆することを理解した動きだ。
クラウソラスの肩部に設置されたブレードが誘爆しなかったのは、カノンから手を離したために騎体へと流れる雷撃が弱まったせいだろうか。
どのみち、まったくの偶然に救われたに過ぎない。
あのままカノンを持っていれば、間違いなくその砲身同様にブレードの発火装置も爆発を起こし、最悪の場合は両腕が使い物にならなくなっていた。
極めて高い運動性能と、自在に動く四本の腕。
そして組み合えば、放電によって騎体はおろか、武器まで破壊される。
厄介を通り越して、もはや脅威とも言える戦闘力。
正しく扱えば、国ひとつを護り切るだけの力を持っているだろうに。
破損したカノンを放り捨て、ブリューナクはゆっくりと、倒れ伏したクラウソラスへと歩み寄る。
まずい、と直感的に察したサイラス騎、そしてアーデ配下の護衛騎士が三騎、その行く手を塞ぐように駆け込んできた。
下がれ、とアーデは声に出そうとしたが、感電によるショックで上手く声が出せない。
『やめろ、これ以上やったら本当に殺してしまうぞ』
サイラスがそう言葉を投げかけるが、ブリューナクに止まる気配はない。
サイラス騎の間合いまで、あと数歩。
躊躇するように立ち尽くしたサイラス騎は、ようやく意を決したのかアクスバンカーを振り上げ、横薙ぎに払い抜く。
だが、硬質化した地虫竜の外殻をも破壊したその一撃ですら、ブリューナクにとっては右手一本で受け止められる程度の攻撃だった。
一歩、大きく踏み込んでアクスバンカーの柄を掴んだブリューナク。
再び雷撃を発生させてそれを破壊すると思われたが、そうはしない。
アクスバンカーの薬室が、自騎の胴体に近すぎるためだろう。
代わりに信じられないほどの膂力で捕まえた柄を引き寄せると、左手を振るってサイラス騎の胴部へと高速の手刀を突き込む。
剣牙竜の硬い外皮を貫いたであろう攻撃。
装甲を貫通すれば、その先にあるのはサイラスの生身だ。
やられる。
誰もがそう思ったのだが。
数瞬が過ぎても、ブリューナクの右副腕がサイラス騎へと届くことはなかった。
見ればブリューナクの左腕、その肘関節あたりが何者かに掴まれ止められている。
渾身の力でもがく白い腕を拘束する、もうひとつの白い腕。
それは他でもない、ブリューナク自身の左副腕だった。




