迅雷 1
虫の鳴き声さえ聞こえない静寂の森に、断続的な爆音が幾度となく響く。
カノンの初弾を難なく回避したブリューナクは、そのまま一足飛びにクラウソラスへと躍りかかり、不利な遠距離戦ではなく、肉薄した状態での格闘戦へと持ち込もうとした。
しかし、そんなことはアーデにも予測済みだったのか、距離を詰めようとするブリューナクの動きに合わせて自騎を後退させて間合いを維持する。
その間にカノンの再装填を行い、二度、三度と牽制射撃を続けるが、こちらはこちらで弾道を完全に見切られているのか、ブリューナクには掠りもしなかった。
決してアーデの射撃技術が劣っているわけではない。
結局のところ射撃武器の弾道は、砲口の向きである程度、見切れてしまうからだ。
これが対竜戦闘ならば、こんな回避のされ方はしない。
相手が人間の操る竜騎兵だからこそ、兵器の特性を逆に利用されてしまう。
空中を踊るように跳び回るブリューナクの動きは、およそ一般的な竜騎兵の戦闘術からはかけ離れたものだ。
当然ながら動きの速い方が有利なのは間違いないが、どれだけ運動性能が高くても落下速度が一定である以上、どうしても着地時に隙を晒すことになる。
当然、アーデとアーベルはその瞬間を狙って射撃を行う。
だが、カノンの砲弾も、バリスタの鉄矢も、異形の竜騎兵を捉えることはできない。
着地寸前のブリューナク、その脚元に巨大な土煙が舞い上がり、純白の巨体が再び空中へと舞い上がる。
接地する前に、尻尾を地面に叩き付けて跳び上がったのだ。
これにはアーベルはおろか、さすがのアーデも面喰った。
竜騎兵の巨体に鋼鉄の装甲、それらすべての重量が落下しているため、下へと向かう力は凄まじいものになっているはず。
それを細い尻尾の一振りで、支えるどころか再び跳ね上げているのだ。
まるで常識外れの動きに、アーデはともかく、アーベルは完全に翻弄される。
『クソっ! これじゃ埒が明かねぇぜ!』
悪態を吐きながら、三十発を装填できる小型バリスタをあっという間に撃ち尽くし、即座に再装填を行う。
ブリューナクの背後を狙って間合いを測るサイラス騎もまた同様だ。
前後左右、縦横無尽に動き回る相手に対し、まったく手が出せないでいる。
『お前たち、あまり無理はするなよ。組み合いになったら終わりだ』
実際に至近距離で斬り結んだアーデには、それがはっきりとわかる。
グラディウス程度の騎体では、かの皇竜騎に傷ひとつ付けられない。
おまけにブリューナクには、あの自在に動く副腕があるのだ。
もし一度でも捕まれば、逃げることもできず一方的に攻撃されるだろう。
それはリザード級の竜騎兵だけでなく、同じ皇竜騎であるクラウソラスにとっても同じことだ。
だからこそ、アーデも他の者たちも、相手の間合いに入らないよう立ち回る必要がある。
奇妙なのは、ブリューナクの動きだ。
例えばアーデが相手の立場ならば、まず弱い者から狙って数を減らすことを考える。
この場で言うなら二騎のグラディウス、特に格闘武器が主体で御しやすいサイラス騎だ。
だが、それをしようとしない。
もっと言えば、アーデの駆るクラウソラス以外を、まったく無視しているようにも見える。
何か理由があるのか?
そんな考えが頭をよぎった瞬間、アーデの眼前に巨大な何かが飛来した。
『――!』
声にならない呻きを上げて、咄嗟に騎体を側面へと跳躍させる。
飛来物はクラウソラスの首筋の装甲をわずかに掠め、火花を散らして後方へと抜ける。
副腕が持つ盾、それをブリューナクは、唐突にクラウソラスへと投げつけたのだ。
しまった、と考えるのと同時に、アーデの眼が急速に接近するブリューナクの姿を捉える。
跳躍した以上、こちらの動きはもはや制御できない状態だ。
自騎へと伸ばされた白い腕。
その手が、クラウソラスではなく、カノンの長い砲身を掴む。
アーデは一瞬、相手が何をしているのか理解できなかった。
武器を奪うつもりか?
それにしたって、こんな至近距離でカノンを奪って何になるというのか。
相手の意図は不明だが、捕まったのが騎体でないのは幸いだ。
ほとんど無意識にカノンを放棄すると決めたアーデは、クラウソラスの手を砲身から離す。
その瞬間。
アーデは眼前のブリューナク、その装甲の下の素体が、青白く発光するのを目にした。
『なっ――』
と、驚愕の声を上げる前に、彼女の全身を凄まじい衝撃が駆け抜ける。
ほんの少し遅れてやってきた激痛に、アーデは意識を失いそうになる。
打撲や切り傷といった外部的な痛みではない。
それは内臓のすべてを針金で縛り上げるような、形容しがたい苦痛だ。
全身が麻痺したように動かず、意識もはっきりとしない。
次に彼女が気付いたのは、自騎の右側から発生した閃光。
それが何なのか理解する前に、クラウソラスの巨体が大きく吹き飛ばされる。
無敗の紅玉竜と謳われた真紅の竜騎兵は、ろくに受け身を取ることもできないまま、柔らかい森の地面へと叩き付けられた。




