皇竜騎 2
ぎしぎしと、音を立てて軋むような緊張感が、二騎の間に漂う。
白い竜騎兵は、前面を守る盾を再び左右に展開し、両腕をだらりと下げて姿勢を落とす。
脱力しているようにも見えるが、頭部装甲に開けられたスリットの奥から、刺すような視線をアーデのクラウソラスへと向け続けている。
構えているわけではないのに、隙がない。
それはやはり、背面から伸びるあの副椀のせいだろう。
こちらがどんなに攻め手を工夫しても、これでは二騎と同時に組み合いをしているようなものだ。
当然ながら、クラウソラスはそんな機構を持っていない。
先ほどのような至近距離での格闘は、圧倒的に不利と言わざるを得ない。
どう攻めたものか。
そんな風に考えを巡らせるアーデは、ふと後方から近づく足音に気付く。
やや軽い音から判別するに、リザード級グラディウス型の竜騎兵。
アーベルかサイラスのどちらかだ。
考えられる最悪のパターンのひとつに、彼らの裏切りがある。
白い竜騎兵はジークたちのものだ。
凄腕の傭兵であるアーベルとサイラスが向こうに付けば、形勢は一気に変化するだろう。
性能的には上位にあるパルチザンを駆る騎士たちは、残念ながら戦力にならない。
彼らには実戦、特に対人、対竜騎兵戦の経験が不足している。
となれば、ほぼ一対三の状況。
グラディウス程度を片付けるのは容易いが、白い竜騎兵、皇竜騎並みの力を持つそれに隙を見せることになるかもしれない。
ゆっくりと接近する竜騎兵の気配を背後に感じつつ、アーデは牽制するように言葉を発した。
『アーベル、サイラス。どうなってるんだ、あれはお前たちの竜騎兵じゃないのか』
まともな返答は期待していなかったのだが。
もう隠しても仕方ない、そう考えたのか、意外にもアーベルは素直に答える。
『そうなんだがよ、誰が乗ってんだ、ありゃ』
『おい、アーベル』
あっさり肯定したアーベルの言葉に、サイラスが口を挟む。
『いいだろサイラス、もうバレてる』
『しかし……』
なおも躊躇うサイラスを無視し、アーベルが続ける。
『カーラにあんな真似はできねぇ。ユーリも動けないはずだ』
『ならジークしかいないだろう』
消去法で考えるるならば、それしかない。
だが、アーベルは即座に否定する。
『それが一番ありえねぇ。ジークは、おやっさんはもう竜騎兵に乗れないんだよ』
彼の言葉が何を意味するのか、アーデはすぐに勘付いた。
『敗竜症か』
と、ある病の名を口にする。
竜核と深く繋がり過ぎれば、操縦者の神経に異常が生じる。
ユーリの腕が一時的に動かなくなったのも、カーラの腕が激痛に襲われたのも、その一例だ。
そして、長く竜騎兵に乗り続ければ、稀に敗竜症という神経性の病に冒される場合がある。
症状によって二つの種類に分けられるこの病は、どちらも竜騎兵乗りにとって致命的な症状を引き越すのだ。
ひとつは竜騎兵への意識伝達が過剰になり、無意識下の動きにすら反応してしまう、陽性敗竜症。
これが発症すると、竜騎兵は操縦者の意思とは関係なく動き、コントロールすることが実質的に不可能となる。
もうひとつの陰性敗竜症は、神経が竜騎兵からの感覚伝達を異常と判断し、竜騎兵に乗ることで操縦者に精神的負荷がかかるようになる症状。
こちらは軽ければ嘔吐や不快感程度で済むのだが、重症になれば心神喪失、錯乱を起こす場合もある、一種の恐怖症のようなものだ。
ジークの場合は、前者の陽性敗竜症。
竜騎兵に乗れば、無意識に味方を攻撃したり、自分自身を傷付けてしまう。
だから彼はもう、竜騎兵に乗って戦うことは、できない。
『ジークは戦えない。あんな正確に竜騎兵を動かせるわけないんだ。だったらもう、あの竜騎兵に乗ってるのは俺たちの知ってる奴じゃないってことになる』
アーベルがそこまで説明すると、押し黙っていたサイラスがようやく口を開く。
『あれはジークの指示で荷車ごと隠しておいた。誰かが見付けて奪ったのかもしれん』
それはそれで一つの意見だが、四本の腕が動いている説明にはならない。
疑問は山ほど残っているが、今ここですべてを解決させる時間はないだろう。
『とにかく、これだけは確かだ。俺もサイラスも、あんたらを裏切ったわけじゃねぇ』
状況を考えれば鵜呑みにしていい言葉ではないが、どのみち裏切られたなら手詰まりに近い。
ならばもう、博打の気分で信用するしかないだろう。
『だったら話は簡単だ、あの白い竜騎兵をどうにかするぞ。カノンと予備のブレードを寄越してくれ』
アーデがそう言うや否や、後方に控える護衛騎士が言われた通りの武装を抱えてクラウソラスの脇へと移動する。
アーベルとサイラスはクラウソラスを中心にして、左右に展開。
やや距離を取りつつ、白い竜騎兵を囲むような陣形を取る。
『気を付けろ、あれは皇竜騎だ。そんな騎体で下手にかかったら殺されるぞ』
脅すわけではないが、実際、彼らのリザード級竜騎兵グラディウスでは相手にもならないだろう。
そして彼らもその点については、先ほどの攻防から薄々は察していたらしい。
だからこそ、不用意に距離を詰めることはしない。
『ブリューナクだ。あれの名はブリューナク。ジークがそう言ってた』
サイラスが、誰にともなく白い竜騎兵の名を告げる。
美しい名だと、アーデは場違いな感想を覚えた。
が、すぐに気持ちを切り替えて、こちらの様子を窺うように立ち尽くすブリューナクへとカノンを構える。
『素晴らしい竜騎兵だよ、こいつは。だが――』
クラウソラスがカノンのコッキングレバーを引き、砲弾を薬室へと装填する。
そのまま前方、ブリューナクへと砲口を向けて、アーデは言い放った。
『相手が悪かったな。無敗の紅玉竜、クラウソラスをなめるなよ』
その言葉が終わると同時に、カノンが轟音を立てて火を噴いた。




