皇竜騎 1
二本のブレードが白い竜騎兵の腕を切断しようとした、その刹那。
アーデの脳裏に、ふと、ある記憶がよぎる。
勝利を確信した時、それは確実ではなくなる。
それは彼女に剣技、戦略、戦闘に関わるあらゆることを叩き込んだ、アルベンスタンの言葉だ。
彼はアーデとの組み手において、何度となく不利な状況を覆し、そう語った。
油断でも、慢心でもない。
一番恐ろしいのは、まだ起こっていない事実を決め付けること。
それをアーデ自身もまた、身をもって知ったはずだった。
*****
金属と金属が激しくぶつかり合う音と共に、大量の火花が飛び散る。
もちろん、白い竜騎兵の腕が切断された音ではない。
アーデが、凄まじい速度で交差する刀身の間に見たものは、完全に予想から外れた相手の動きだった。
白い竜騎兵の両肩に据え付けられた、二つの盾。
それらが突如として動き、ブレードの刃を受け流したのだ。
呆然としそうになる頭を無理矢理に働かせ、アーデは目の前の竜騎兵を凝視する。
盾の向こう側に、ちらりと見えた白い影。
その盾は、肩部に固定されていたわけではない。
背面にあるもう一対の腕によって、構えられたものだった。
四腕の竜騎兵。
それも飾りではなく、武具を扱う本物の腕。
偶然に動いたとも考えられない。
高速で迫る刀身を受け流すというのは、それほど簡単なことではない。
反射神経、動体視力、そして竜騎兵の腕を繊細に扱う技量。
それらすべてが揃って、初めて可能な芸当だからだ。
これは本当に竜騎兵なのかと、そんな疑問すら浮かんでくる。
そう、これではまるで、竜だ。
人の形をし、武器を扱い、技を身に付けた竜そのものにしか見えない。
アーデは心の奥底から、長らく忘れていた感情が沸き上がるのを感じる。
それは、恐怖。
無敵の皇竜騎を駆り、類稀なる戦闘技術を持つ彼女にとって、恐ろしいものなど何もないはずだった。
そもそも、なぜこの白い竜騎兵は、皇竜騎クラウソラスと互角に渡り合えているのだ。
例え火を吐こうが、空を渡ろうが、竜騎兵の騎体能力は本来持っているそれを超えることなどないだろう。
相手がいくら異常な能力を持っているからと言って、そんなもので竜騎兵の根本的な性能は変わらない。
そこまで考えて、アーデはある結論に辿りつく。
皇竜騎に対抗できる竜騎兵は、同じ皇竜騎だけ。
ならば、眼の前の“これ”もまた、そうなのではないか。
現在、世界で確認されている七騎の皇竜騎。
古き帝国ゼノキアの不死なる皇帝騎、アスカロン。
七つの城壁を構える城塞国家スカーラントの銀槍、ゲイボルグ。
樹海に覆われた絶海の孤島、アマツ月帝領に伝わるムラクモ、そしてハバキリ。
雪と氷に閉ざされた王国ヴァルツヘイムの黒騎士、グラム。
湖上に浮かぶ美しき水の王国アヴァロンを守護する黄金の獅子、カリバーン。
そして、このオスタリカ皇国が誇る不敗の紅玉竜、クラウソラス。
これら皇の称号を冠する竜騎兵は、誰かに認定されているものではない。
今でこそ“血統書付き”のような扱いを受けてはいるが、本来それは数々の偉大な戦歴から、自然とそう呼ばれてきたものだ。
つまり、皇を皇をたらしめる要因はただひとつ。
他の追随を許さない圧倒的な戦闘力、それのみ。
皇竜騎と互角に戦えるのならば、その竜騎兵もまた、同じく皇竜騎と呼ばれる資格を持つのだ。
アーデはクラウソラスを後方へと飛び退かせ、白い竜騎兵との距離を稼ぐ。
相手の意図が、まったく読めない。
皇竜騎同士が戦うことは、損失しか生まないはずなのだ。
竜に対する最高の防衛力、それをぶつけ合うなど、何物をも防ぐ最強の盾で殴り合いをするようなものだ。
一体、何を考えているんだ、こいつは。
右肩に残ったブレード、その最後の一本に手をかけながら、アーデのクラウソラスは腰を落とし、白い竜騎兵の動きに備える。
*****
体が、思うように動く。
当たり前のことだが、それが無性に嬉しく感じる。
白い竜騎兵の中で、彼はこらえ切れずに笑った。
なんてことだ。
これじゃあまるで。
まるっきり。
竜そのものじゃないか。
あれだけ憎んで、あれだけ殺し回った竜に、俺はなってしまった。
笑いが止まらない。
これから先、この手でどれだけの竜を殺せるかを思うと、嬉しくて仕方がない。
殺そう。
もっと殺そう。
もっともっと殺して、根絶やしにしよう。
ずっと彼の中で燻っていた憎悪が、今まさに業火となって燃え上がり、歓喜という名の熱で身も心も焦がし尽くす。
人か竜かなど、もうどうでもいい。
この力さえあれば。
この体さえあれば。
もう誰も、皇竜騎ですら、俺を止めることなどできはしないのだから。




