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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
25/70

女王の領域 2

 森の深部、広葉樹の巨木が立ち並ぶその中に、やや開けた空間があった。

 クラウソラスでそこに駆け込んだアーデは、その竜騎兵を目にした一瞬、言葉を失う。


 真珠のごとき純白の装甲に包まれたそれは、長い牙を持つ中型の獣竜、剣牙竜(スミロドン)の喉笛をに右手を突き込んだまま、片手で持ち上げいた。

 剣牙竜(スミロドン)の体は、既に赤黒く焼け焦げており、よく見ればその背中には同じように炭化した兵士型寄生竜(パラサイト)の姿があった。


 危険だ。

 アーデは何よりもまず、その竜騎兵に対し、言いようのない危険を感じる。

 剣牙竜(スミロドン)は恐るべき敏捷性を誇る極めて獰猛な獣竜で、サーペント級のパルチザン六騎がかりでやっと狩れるかどうかという強力な個体だ。

 そして、それを傷ひとつ負わずに狩り殺した白い竜騎兵は、アーデの見る限りまったくの丸腰だったのだ。

 武装といえば肩部を守るように取り付けられた中型の盾くらいだが、そんなものが武器になるはずもない。

 それでどうやって、相手を焼き殺したというのだ。

 しかもたった一騎で寄生竜(パラサイト)の巣窟となった森をうろつき、あまつさえ襲い来るそれらを逆に殺し回っている。

 明らかに常軌を逸した騎体。

 乗っている人間も、まともな神経じゃない。

 アーデは、無意識にクラウソラスの重心を操作して、不意の戦闘にいつでも対処できる姿勢を取る。


 一方の白い竜騎兵は、そんなクラウソラスを一瞥(いちべつ)はしたものの、さも興味なさげに獲物へと向き直る。

 もはや何の動きも見せない死骸となった剣牙竜(スミロドン)の首からは、熱で黒く変色した血液が湯気を上げながら溢れ始め、一瞬の後、ごきりと何かが砕ける音が周囲に響いた。

 おそらく、頸椎(けいつい)を握り潰したのだろう。


 アーデは、何か予感めいたものを感じつつ、意を決して白い竜騎兵へと呼び掛ける。

『こちらはオスタリカ皇国の第三皇女にして、紅竜騎士団の長、アーデレードだ。貴殿は何者か、答えよ』

 いつものような、砕けた口調ではない。

 まず素性と所属を明らかにし、相手にもそれを求める、騎士のやり方だ。

 これで返答があるならば、少なくとも会話をする余地はある。


 と、背後から茂みを()き分け、接近する足音が多数。

 アーベルとサイラス、そして三名の護衛騎士が追い付いてきたのだ。

 炸裂音を聞いた直後、全力で駆け出したアーデのクラウソラスは、並みの竜騎兵とは比べ物にならない速度で森の奥へと進んで行った。

 そのため、彼らはやや(おく)れを取る形で、この場にやって来たのだ。

 当然、見慣れない竜騎兵の姿に誰もが狼狽(ろうばい)せざるを得ない状況だが、アーベルとサイラスの二人は、他の者と違う反応を見せる。

『おいおいおい、なんであれが動いてんだ』

 あれ、と独り言のようにアーベルは呟いた。

 やはりこの白い竜騎兵は、彼らが隠し持っていたものだったと、アーデは確信する。

『そこの竜騎兵、答えよ。乗っているのはユーリか、カーラか』

 そんな風に、問い方を変える。

 すべてお見通しだ、とでも言うように。


 だが、白い竜騎兵は一言も返さず、相変わらずアーデの方を一顧(いっこ)だにしない。

 その様子は、まるで言葉が通じない獣のようだ。

 この竜騎兵がジークたちのものであれば、乗っているのはジーク、カーラ、そしてユーリの誰かということになる。

 その中で、竜を皆殺しにして歩き回るような人間といえば。

『おいユーリ、聞いてるのか』

 語気を荒げてアーデが再び問い掛ける。

 確証は無いものの、まるで当て推量というわけでもない。

 素手で相手を焼き殺すなど、彼以外の誰にできるだろう。

 そう、彼は一度、竜の力を使って見せたのだから。


 ユーリと呼ばれた竜騎兵は、ほんの少し、その言葉に反応したように感じられた。

 何か動きを見せたわけではない。

 意識がこちらに向けられたという、感覚。

 アーデの背中に、ぞくりと悪寒が走る。

 そして次の瞬間、白い竜騎兵は唐突に視界から姿を消した。


『なんだと!』

 (まばた)きするほどの(わず)かな時間で、アーデは白い竜騎兵の姿を見失う。

 消えた、わけがない。

 それがいた場所に舞い上がる土埃(つちぼこり)


 ――上だ。


 反射的にアーデが視線を上空へと向けると、そこには剣牙竜(スミロドン)の死骸を武器のように右手で振りかぶった白い竜騎兵の姿があった。


 白い竜騎兵は、そのまま右手を振り下ろし、竜騎兵と同等ほどもある巨大な死骸をクラウソラスに向かって勢いよく投げつける。

 しかし、砲弾のごとく高速で飛来するそれをも、アーデの眼はしっかりと捉えていた。

 彼女は回避する素振りすら見せず、おもむろにバンカーから右手を離すと、そのまま右肩部に固定されたブレードの一本に手を伸ばす。

 手放したバンカーが地面に落ちるより速く、一発の炸裂音が響く。

 ブレードの柄を握ると同時に、柄の上部にあるトリガーを引き、炸薬に点火。

 ()ぜる勢いを利用し、刀身を(さや)から縦一閃に抜き払う。

 もはや人間の眼には捉えられない、超高速の斬撃。

 剣牙竜(スミロドン)の死骸は一瞬のうちに真っ二つに両断され、二つの肉塊となって地面に激突し、変色した黒い血液で大地を染める。


 誰もが死骸へと視線を向ける中で、アーデだけが上方を見続けていた。

 その眼に映るのは、死骸の向こう側から姿を現した、白い竜騎兵。

 それは落下の勢いを乗せた左拳をアーデへと突き出す。

 だがアーデは、前のめりになった重心を利用してさらに踏み込み、拳の下をくぐるように回避。

 そのまま左の肩口をぶつけるようにして、相手の動きを止めた。


 空中で体当たりを喰らった、白い竜騎兵。

 それは成す術もなく後方へと吹き飛ばされる。

 ――はずだったが、どういうわけか距離が離れない。

 一瞬だけ困惑したアーデだったが、自騎の左肩に妙な重みを感じてそちらへ視線を移すと、左肩に備え付けられたブレードの一本に、白い腕が絡みついていた。

 白い竜騎兵は、咄嗟(とっさ)に右手でブレードの柄を握って、飛ばされるのを防いだのだ。


 そして、先ほどと同じ炸裂音が一発。

 今度は白い竜騎兵がトリガーを操作し、クラウソラスのブレードを抜いた。

 爆発による猛烈な刀身の加速。

 続いて白い竜騎兵は、尻尾を振って体を一回転させることで、本来は(さや)の前方にしか向かないブレードの斬撃を、巻き上げるようにしてクラウソラスに繰り出した。


 思いもよらない反撃。

 それでも彼女の反射神経は、本人ですら信じられないほど正確に、次の行動を選択していた。

 右手で防ぐのは不可能。

 左手の盾を構えている時間もない。

 ならばと考えるより先に、盾から手を離し、左肩のブレードを抜く。

 右下方からの斬り上げに対し、左上方からの斬り下ろし。

 短い炸裂音すら掻き消すほどの強烈な金属音が鳴り響き、木々の葉が大きく揺れた。

 ブレードの刀身は凄まじい衝撃に耐えきれず、どちらも真っ二つに折れてどこかに飛び去る。


 真紅の竜騎兵と、純白の竜騎兵。

 まるで示し合わせた剣舞のように、二騎はせめぎ合う。


 嵐のような斬撃の応酬を経て、ここでようやく、白い竜騎兵が地面に足をつけた。

 その好機を、アーデは見逃さない。

 両手に握ったブレードを即座に放棄し、姿勢を上げて相手の方へと体を向ける。

 完全に態勢を整えた時には、もうその手は両肩に残ったブレードを一本ずつ掴んでいた。

『もらった!』

 クラウソラスの右脚が、森の大地を深く(えぐ)るほど強く、踏み出される。

 一発、いや、まったく同時に発せられ一発にしか聞こえない炸裂音が、二発。

 相手の両肩に装着された盾、その隙間を()うように。

 腕を狙い、両腕で挟み込むような斬撃が繰り出された。

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