女王の領域 1
この森は、何か不自然だ。
アーデはずっと、そんな風に感じていた。
誰でも気付きそうで、しかし意外にも見落とされている何か。
周囲を見回し、耳を澄まし、匂いを嗅いで、その違和感の正体がやっと姿を現す。
『サイラス、アーベル。お前たち、この森で竜以外の生物を見たか?』
アーデに聞かれて、二人も初めて気付く。
そう、何もいないのだ、この森には。
獣はおろか、鳥の一匹すら姿を見せない。
『言われてみれば妙だが、喰われたんじゃないのか?』
と、アーベルは返すが、すぐに『いや、違うか』と自分で否定する。
殺されたとするなら、少しは血や死骸などが残っていないとおかしい。
かといって一斉に逃げたのなら、森の奥ではなく外に出るはず。
喰われたわけでもなく、逃げたわけでもない。
とすれば、後は――
『たぶん、集められたんだ』
急激な大発生。
防衛ライン。
姿を消した森の生物。
それらが一本の線で繋がるとすれば、そうなる。
『なるほど、ありそうな話だ』
と、サイラスは意味を理解して同意するが。
『いやいや、ちょっと待て、ぜんぜん話が見えてこねぇぞ』
アーベルと護衛騎士は、まだ答えに辿り付けていないようだ。
見かねたアーデは、前進を止めて説明を始めた。
『重要なのは、寄生竜の生態についてだ。あれらは何を喰って生きているんだ?』
そりゃ動物とかだろう、とアーベルは答えるが、その説は喰い残しが無いことで否定される。
木々や土も荒らされてはいないので、それらが食糧となっている可能性も低い。
水だけで生きられるとしても、それならば水場に縄張りを作るはず。
つまり。
『おそらくだが、あれらは食事をしない』
捕食を行わない竜。
生まれて、餓死するだけの存在。
『そりゃ矛盾してる。さっき獲物を集めてると言っただろ』
『いや、違うんだ。集めているのはあれらが喰うためじゃない。喰うやつは他にいる』
その説明で、アーベルにも閃くものがあった。
そうか、そういうことかと納得する。
アーデの説明によると、こうだ。
まず、寄生竜は単一個体ではなく、群れで生きる竜だ。
そして群れの中には序列のようなものがあり、それぞれ役割が分担されている。
最も数が多く、縄張りの外まで出るクモのような個体は、兵士。
防衛ラインの周辺を徘徊し、餌となる生物を集めるのが主な役割だ。
その際、より効率的に動くために、その地域に適合した竜を操るのだろう。
さらに、危険な外敵が縄張りに近付いてくれば、特殊な音を出して仲間にそれを伝達する。
アーベルたちが初めて羽虫に遭遇した際に、兵士型が妙な音を発していたのが、それだろう。
次に、個体数は少ないが飛行能力を持ち、戦闘力の高い羽虫のような個体が、衛兵。
こちらは縄張りの外にまで出ることはなく、防衛ラインに侵入してきた外敵を速やかに排除するのが役割と思われる。
体内に兵士型を埋め込んでいるのは、自分が死んでも次の一手で外敵を仕留められるように、といったところだろうか。
『こういう集団で生きる昆虫といえば、アリかハチが似ている。そして、それらに共通する最大の特徴は――』
女王だ。
縄張りの奥に潜み、大量の獲物を捕食しながら、仲間を増やし続ける唯一無二の個体。
女王が生きてさえいれば、兵隊がいくら死のうが群れは蘇る。
逆に言えば、すべての兵隊は、女王ただ一匹を生かすための消耗品に過ぎないのだ。
だから、それらは食事をしない。
蛾の一種がそうであるように、生まれた時に与えられた栄養だけで女王のために戦い続け、時が来れば死ぬ。
ひとしきり説明を終えたアーデは、溜息を吐いて続ける。
『まぁ、限りなく正解に近い感触はあるんだが、いかんせん証拠のない推論だ。それに、仮に女王がいたとしても、肝心の場所がわからんと手の打ちようがない』
だからもっと奥、寄生竜の縄張りの中心部まで行かねばならない。
場所さえわかれば、砲撃でもなんでも対処のしようはあるだろう。
地下のとんでもなく深い場所などでなければの話だが。
『ま、奥まで行ってみりゃ何かわかるだろうさ』
『その通りだ』
そうして彼らが前進を再開しようとした矢先。
鬱蒼とした森のさらに奥で、炸裂音のようなものが一度、大きく響いた。




