死の森 2
ざっと見ただけでも、寄生竜の死骸は二十を超えている。
いや、周囲をよく窺えば、それらが転がるのは足元だけではない。
樹木に叩き付けられたようなものや、吹き飛ばされて枝に引っ掛かったもの。
力任せに引き千切られ、叩き潰され、ぼろ切れのようになった死骸が、至る所に散乱している。
そして、そのすべてが黒く変色し、不快な匂いを漂わせていた。
まるで強大な竜が怒り狂い、暴れ回ったような、そんな状態だ。
『人間の仕業じゃないな、これは』
誰にともなく、アーデが呟く。
なんとなく、口を突いて出た言葉だったが、正にその通りだ。
どの死骸も表面が炭化しており、何らかの方法で高熱を受けたと見るのが妥当なのだが、周囲にはそのような高熱が発せられた形跡など、まるで無い。
死骸のひとつにバンカーの穂先を当てて押してみると、ぐにゃりとした抵抗を感じる。
どうやら焦げているのは表面だけらしく、中身は生焼けに似た状態のようだ。
アーデの知る限り、このような状態にできる兵器は、少なくともオスタリカには存在しない。
ある程度の熱で炙り続ければこのようになるのかもしれないが、そんな悠長な殺し方があるはずもない。
それ以前に、これほどの数の寄生竜と戦闘を繰り広げたにも関わらず、本陣の誰一人として、それに気付いていない。
仮に紅竜騎士団がこの数の寄生竜を相手にしたとしよう。
その場合、三十人規模の部隊を組んで挑んだ上に、バンカーやバリスタの炸裂音が何十となく周囲に響き渡ることになる。
森の奥とはいえ、それらの音は僅かながらも本陣まで届くはずだ。
『火竜でも通ったってのか?』
アーベルはそう口にするが。
本当に火竜が通ったのなら、逆にこんなものでは済まないだろう。
それこそ、カルナカンが焼夷弾を使う前に、森が丸ごと灰になっているはずだ。
腑に落ちない点が多すぎる。
いや、厳密に言えばひとつ思い当ることはあるのだが。
『何にせよ、寄生竜の防衛ラインが瓦解しているなら都合がいい。今のうちに進める所まで進んでみよう』
やや不安は残るものの、この場で思案していても、何も進展はしない。
ならば、この状況を利用して本来の目的を遂行するのが利口だろうと、アーデは結論付けた。
他の者も異論はないようで、各々が死骸を踏み越えて森の奥へと進みだす。
『……ん』
と、先頭に立ったサイラス騎が、またもや停止した。
急に動きを止めたため、続くアーベル騎が衝突しそうになり、慌てて後ずさる。
『おっと、急に止まるなサイラス。今度はなんだ?』
一瞬の沈黙。
『何でもない、気のせいだ』
言葉少なにそれだけ答え、サイラス騎はすぐに前進を再開した。
それが嘘だと、後ろで聞いていたアーデは即座に看破する。
サイラス騎の足元に、生い茂る草の間に、ほんの僅か不自然な痕跡。
おそらく、竜騎兵の足跡だ。
護衛騎士はもちろん、アーベルですら気付いていない。
問うべきか、問わざるべきか。
悩ましいところではあるが、サイラスが嘘を吐いた理由を考えれば、問わないでおいた方がよいのだろう。
隠したということは、それが何なのか知っているということだ。
この状況で伏せねばならない、竜騎兵がらみの情報。
十中八九、それはジークが隠しているものに繋がる。
森をうろつく竜騎兵。
異常な戦闘力を持つ少年。
皆殺しにされた竜。
様々な要素を並べていけば、ここで何が起こったのかは想像がつく。
ジークが隠しているものは、竜騎兵で間違いないだろう。
流しの傭兵が金銀財宝を持ち歩くわけはないし、違法な薬物などを運んでいるなら竜退治などしている場合ではない。
価値があり、奪われる危険性があり、彼らにとって有益なもの。
そしてアーデのように財を持ち、それでいて大それた欲の無い人間でも欲しがるもの。
少なくともワイバーン級の竜騎兵であれば、条件は満たしている。
第三大陸ラムセスカの三大国家に名を連ねるオスタリカ皇国でも、ワイバーン級の竜騎兵は紅竜騎士団の副長騎であるフランベルジュが二騎、そして大皇直属の親衛隊にロンパイアが四騎の、計六騎しか配備されていない。
他の大国を見ても、同じようなものだ。
黄金の獅子と名高い皇竜騎カリバーンが守護する、湖上の王国アヴァロンに五騎前後。
黒騎士の別名を持つ皇竜騎グラムを有する北方の軍事国家、ヴァルツヘイムですら、ワイバーン級の竜騎兵は十騎に満たないだろう。
なぜこれほどまでに少数しか配備されないのか。
それは資金的な話の前に、そもそも素体数の確保に問題がある。
空を自由に飛びまわる上に、高い戦闘力を誇る飛竜を最小限の損傷で狩る必要があるのだから、希少になるのも無理はない。
どこで入手したかはさておき、要するに、いち個人で所有するには過ぎた代物なのだ。
そんなものを、身の危険も顧みずに持ち歩く理由など、掘り返されて楽しい話ではないだろう。
藪を突いて出てくるのが蛇ならばまだよいが、もっと面倒なものが飛び出してくれば、こちらの目算が崩れかねない。
アーデはそう考え、サイラスたちに続いて木々の間を進む。
とにかく、今は先へ進むのが先決だ。
実際に森へ入ってみて、寄生竜の生態というものが少しは見えてきた。
推論が正しければ、どこかに必ず“それ”はいる。




