死の森 1
『前方に敵影なし、進むぞ』
硝煙を上げるカノンの銃口を上げ、クラウソラスに乗るアーデが後続へと指示を出す。
遥か先には頭部を粉砕された兵隊型の寄生竜が、紫の体液を噴き出させながら巨木に張り付いていた。
『お見事』
アーベルは彼女の射撃技術に舌を巻く。
お世辞ではなく、本心からの言葉だった。
カノンという武器の特性は、ユーリが使うのを見て大体把握している。
やや威力が低いものの、同サイズのバリスタに比べて反動が小さく、弾体が小さいが故に、弾速に優れる。
つまり、素人でも扱いやすいということだ。
だが、その特性は、熟練者にとってはまた別の意味合いを持つ。
遠距離からの精密射撃。
弾の飛行距離はおそらくバリスタとそう変わらないが、弾速が速いぶん真っ直ぐに飛ぶ距離はカノンの方が長い。
より遠くから、正確に目標を撃ち抜くという点においては、バリスタよりもカノンに軍配が上がるようだ。
あくまで、その有効射程を生かすだけの腕と目があれば、の話だが。
アーベルやサイラスが改めてアーデと共に戦場に立ち、気付いたのは、彼女の目の良さだ。
遠方の敵を正確に補足し、高速で動く物体を捉え続ける、翠の目。
竜騎兵の操縦技術や反射神経もさることながら、彼女の強さの根幹はその視力にあるらしい。
『妙だな、報告よりもだいぶ数が少ない。どういうことだ?』
コッキングレバーを引いて次弾を装填しながら、アーデは周囲の護衛に問いかける。
編成された部隊は、総勢六騎。
アーデのクラウソラスを筆頭に、護衛のパルチザンが三騎。
そして、アーベルとサイラスのグラディウス二騎。
アルベンスタンも同行を志願したのだが、アーデの指示により本陣で待機となった。
もしカルナカンが独断で砲撃を始めようとした場合、それを阻止するためだ。
護衛の三名は、騎士団の中ではまだ腕の立つ方ではあるらしいが、当然ながら皇竜騎ほどの戦力ではない。
どちらかと言えば、予備弾薬などの物資運搬といった役回りになる。
実際、彼らの武装は標準的なマルチバンカーに大盾、小型バリスタというごく一般的なものであり、あとは耐えられる重量ぎりぎりまで、カノンの砲弾や大型バリスタの予備砲身などを積んでいる。
アーデは当初、それらの弾薬を派手に消費しながら進むことになると予想していた。
だが、いざ森へ入ってみれば、先日とは打って変わって静かなものであり、散発的に襲撃をかけてくる兵隊型寄生竜を除けば、寄生された竜も何も、いまだ姿を見せないでいる。
位置的にはそろそろ衛兵型寄生竜の防衛ラインに近いはずだが、敵の数が増えているような様子もない。
『も、もしかして、撤退したのでしょうか?』
と、護衛騎士の一人が言うが、そんな訳はないとアーデは考える。
個体が逃げるのではなく、群れが撤退するというのは、口で言うほど単純な話ではない。
確かに寄生竜には、他の個体と連携を取っているような動きが見て取れるのだが、だからと言って戦況分析ができる知能があるかといえば、そうでもない。
蟻や蜂と同じような話だと思われるが、あれらの連携行動は知能ではなく、そういう本能に従っているだけなのだ。
そももそ、竜というものは、他の生物と似た特性を持つものが多く、それぞれ特性ごとに飛竜、獣竜、虫竜など、ある程度カテゴリー分けされている。
そして、そのカテゴリー特性から大きく逸脱するような個体は、滅多に発生しないというのが通説だ。
例えば石鱗竜は、トカゲなどに似た陸竜というカテゴリーに分類されている。
それがいきなり飛竜のような翼を持って空を飛んだり、海竜のように水中を高速移動できるようになったりすることは、ほぼ無いと言える。
せいぜい寒冷地に適応するために獣竜のような体毛を得たり、水場近くで活動するために淡水を泳げるようになる程度が関の山だろう。
よって、知能レベルが一番低い虫竜の類が進化し、唐突に高い知能を得て大発生し、あまつさえ一斉に撤退するというのは、これまでの統計上では考えにくい。
そんなものは、湖に石を投げ入れて特定の魚に当たるくらいの確率だろう。
と、そこまで考えたところで、前方を進むサイラス騎の足が止まった。
サイラス騎は丸い軽盾が固定された腕を上げ、後続に停止の合図を送る。
敵襲か、と誰もが身構えて神経を尖らせるが、アーデにはそんな雰囲気感じられない。
『おいサイラス、どうしたってんだよ』
痺れを切らしたアーベルが問いながら、自騎を前に進める。
そこで、やはりアーベル騎も同じように足を止めた。
『おいおい、なんだこりゃ……』
彼らの目の前には、尋常ではない光景が広がっていた。
足元に散乱する無数の黒い塊。
それらはすべて、寄生竜の死骸だった。




