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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
21/70

彼女の決断

 紅竜騎士団が森へ攻め入ってから、三日目になろうという夜のこと。

「アーデレード姫、どうかご決断を」

 いつも通り冷静な面持ちのカルナカン副長がアーデにそう言うが、アーデは珍しく眉根を寄せ、頭を悩ませる。

 本陣に張られた幕屋の中で、アーデとカルナカンの二人は今後の作戦について話していた。

 もう一人の副長であるアルベンスタン卿は、消耗した部隊の再編成に追われており、この場にはいない。

 もし彼がいたなら、カルナカンの提案に青筋を立てて反論していることだろう。


「森を焼き払えと言うのか」

「その通りです。迫撃砲によって焼夷弾を撃ち込み、広範囲に火災を発生させます」

 剣呑としたアーデの視線を正面から受けながら、涼しい顔でカルナカンは答える。

「まず第一に、どこにどれだけの敵がいるのか、いまだに判然としません。対してこちらの動きは筒抜けになっており、奇襲で大多数の戦力が無力化されています。この状態では、例え百日攻め続けようと勝てはしないでしょう」


 この点において、カルナカンの言葉は間違いなく正しい。

 実際、二日目においても再編成した部隊で森へと侵攻をかけたものの、初日と同じく四方八方からの奇襲に成す術もなく敗退する部隊が多く、戦線の維持すら困難な状況であった。

 それに、少数ながら飛行する羽虫のような個体が現れ始めている。

 帰還した兵の情報から察するに、森のあるラインを越えると襲撃をかけてくるようだ。

 森の随所を徘徊するクモのような個体が兵隊とするならば、羽虫はさしずめ衛兵といったところだろうか。

 お陰で、その一定ラインから先へは、いまだどの部隊も進軍できないでいる。


「その上、騎士たちの疲弊は目に見えて濃くなっています。慣れない野営、特に竜除けの篝火(かがりび)による悪影響が目立ちます」

 紅竜騎士団の野営地は、日が沈むと同時に煌々(こうこう)とした明かりに包まれる。

 至る所で燃え盛る炎は、一般的に高熱を嫌うとされる虫竜に対して忌避(きひ)効果をもたらす。

 そして同時に、獰猛な夜行性の獣竜への対策として、針葉樹の枝を大量に混ぜ込んで燃やすのだ。

 優れた嗅覚を持つ獣竜は、針葉樹の煙が放つ刺激臭を嫌う。

 だが、その刺激臭は人間にとっても不快なもので、慣れていない者が長く嗅ぎ続ければ体調を崩してしまうことが多々ある。

 騎士団では定期的に野営の訓練を行ってはいるものの、普段から清潔な空間で暮らす者たちにとっては、慣れようと思って慣れられるものではないらしい。

 たった一夜とはいえ不眠に陥り、そのせいで欠けた集中力が、敵の奇襲をより容易にしていることは明らかだった。

「以上の観点から、竜騎兵によるこれ以上の侵攻は、いたずらに損害を増やすのみで意味が無いものと判断いたします」

 流れるような弁を終え、カルナカンは嫌味なほど慇懃(いんぎん)に頭を垂れる。

 反論できるものならば、とでも言うように。

 アーデはそんなカルナカンの姿を見据えつつ、腕を組んで大きく息を吐き出す。


 論理的に考えるならば、彼の意見は正論以外の何物でもない。

 これは騎士の果たし合いでも、戦争でもなく、つまるところ単なる害虫駆除だ。

 国を滅ぼしかねない危険な害虫を駆除するため、森をひとつ消し去る。

 それは結局、獣を遠ざけるために火を()き悪臭を撒き散らすのと、同じ線で繋がった理論である。


 アーデは、以前ユーリに語った自分の言葉を思い浮かべる。

 竜騎兵は傷付いても直せば良い。

 しかし失われた自然は数年では戻らない。


 今回の件も、それと同じだ。

 森は失われても数十年で元に戻る。

 死んだ人間は、決して帰ってはこない。

 何かを得るために、何かを捨てるのは、人が人として営みを続ける限り避けては通れない道なのだ。


 だが、アーデが求めるのは、そんな世界ではない。

 何も捨てることなく、全てを守りたい。

 自分の力も、皇竜騎(アークドラグーン)のような強大な力も、そのためにあると信じている。


「お前の言い分はわかった。だが、少しだけ猶予をくれ」

 アーデは意を決し、目の前の副長にそう告げる。

「何をなさるおつもりか、聞かせて頂きたいですね」

 そしてカルナカンも、彼女が何をしようとしているのか薄々は勘付きながら問う。

「クラウソラスで森へ入る。それでも駄目なら、迫撃砲でも何でも使うがいい」

「それを許可するとでも?」

 やはり、と言わんばかりに皮肉の笑みを浮かべて、カルナカンは答える。

「議会に許可を求めているわけではない。これは私の独断だ。止めたいなら私を鎖で繋げ」

「ご冗談を。それではこちらが反逆罪で処刑されかねません」

 第三皇女、その地位を盾にされては、カルナカンといえども太刀打ちはできない。

「なんならこの話、聞かなかったことにしてもいいぞ」

「そうさせて頂きます。言っておきますが、事後の糾弾(きゅうだん)に関しては容赦いたしかねますので、そのつもりで」

 (よど)みのない口調でそう言い放つと、カルナカンはアーデに背を向ける。

「それから、兄君のことをお忘れなく。我ら中央議会は貴女とクラウソラスの力を間接的に行使する権限を得たいだけですが、あのお方はクラウソラスそのものを欲しておられます。今回の件、下手に動けば議会だけでなく、身内に足元をすくわれるような事態になりますよ」

「珍しいな、心配してくれるのか」

「当然です。我々の望みは貴女とクラウソラスに揃って手駒になって頂くこと。それに絶好の失態を貴女が自ら提供してくれるというのですから、少しは気前もよくなろうというものですよ」

 なるほど、そういうことかとアーデは納得する。


 オスタリカ皇国の最高戦力である皇竜騎(アークドラグーン)クラウソラス。

 その(まれ)なる竜騎兵の周囲では、常に様々な勢力が火花を散らしている。


 一つは、オスターク皇より正式にクラウソラスを受け継いだ第三皇女アーデレードと、彼女が率いる紅竜騎士団。


 もう一つは、彼女とクラウソラスを動かす実権を求めて暗躍する中央議会。


 そして最後に、アーデの腹違いの兄であり、皇位継承権の第一位を持つ、マクシミリアン・フェルナンド・オスターク皇子の一派。

 マクシ皇子がクラウソラスを求める理由はただひとつ。

 次期大皇としての地位を、名実ともに盤石(ばんじゃく)のものとするためである。


皇竜騎(アークドラグーン)は棚に飾って眺める宝物でも、政治の道具でもない。竜を殺すための兵器だよ。だから父上も、マクシ兄様ではなく私にクラウソラスを託したんだ」

 言いながらアーデは、(かたわ)らに置いた剣を手にし、幕屋の出口へと歩み始める。

「どんな強力な兵器でも、時には棚に飾っておいた方が良い場合もあります」

 背を向けたままのカルナカンが、そう呟く。

「貴女は強すぎる。だから、こんなにも兵が弱る」

 それも正論だ。

 だが。

「誰も戦わなくて済むなら、それが一番良いと私は思う」

 そう短く言って、アーデは幕屋を後にした。


 *****


「アル先生」

 不意に名を呼ばれたアルベンスタンが振り返ると、そこには愛用の軽甲冑をまとったアーデの姿があった。

「アーデレード様、出陣中は副長とお呼びくださいと何度言えば……。それに、その格好は何事で――」

 そんなアルベンスタンの苦言を片手で(さえぎ)り、アーデは続ける。

「クラウソラスを出す。急ぎ準備を整えるので、技師を何人か借りるぞ」

 唐突にして一方的な宣言に、副長の指示を受けていた周囲の小隊長たちは唖然とした表情になる。

 が、当のアルベンスタンはまったく狼狽(ろうばい)する様子を見せない。

 さすがは幼少期よりアーデに仕えてきただけあって、彼女の突拍子もない行動にいちいち反応していては身がもたないことをよく理解している。

「まず第一に、議会の承認は得ておられるのでしょうか」

「そんなわけないだろう」

「では次に、なぜ出陣されるのですか」

 アルベンスタンは全く表情を変えず、淡々と問い続ける。

「このままでは森を焼き払う以外に手段が無くなる。森を焼けば大地が死に、川が死に、周辺の民は土地を捨てることになる。それだけではない、火災が広がれば他の竜が暴れ出す可能性すらある」

 生態系や食物連鎖、そういったものの危ういバランスで保たれている現状が、大規模な火災という要因で一気に崩れた場合、どのような影響があるのか見当もつかない。

 餌を失くした獣が野に現れるように、竜もまた今まで通り、自分の縄張りに大人しく納まっていられなくなるだろう。


「わかりました。では最後に」

 と前置きをし、アルベンスタンは丸太のような腕を回してごきりと骨を鳴らす。

「このアルベンスタンが腕ずくで貴女様をお止めすることになります。多少痛い目を見る覚悟はおありか」

 歳は六十に迫ろうとしているはずだが、全身を覆う鍛え抜かれた筋肉からは、老いなどというものはまったく感じられない。

 その腕に捕まれば、アーデの力で逃げることは不可能だろう。

 それでもアーデは、一歩も退かずに応える。

「無論だ、手加減はいらんぞ」

 言を弄するでもなく、逃げるでもなく、腕を組んで真正面から立ち向かう。

 その眼光は、いまや獲物を狙う獣のごとき鋭さとなり、殺気すら感じられるほどだ。

 周囲の小隊長たちは、二人の気迫に気圧(けお)され、一言も発することなく状況を見守るしかない。

 いつどちらが口火を切るのか。

 いや、下手をすれば(まばた)きするほどの間に一方の首が飛ぶ、そんな緊迫した空気が漂い始めていた。


 しかし。

 アルベンスタンはしばらくアーデと対面した後、大きな溜息と共に眉間を押さえる。

「どうやら、お止めしても無駄のようですな」

 腕を折ろうが、足を砕こうが、この姫君は決して止まらないだろう。

 それもまた、アルベンスタンが長年の付き合いで嫌というほど学んだ、彼女の性質だ。

「すまない、アル先生」

 アーデはそう言って、目の前に立つ老騎士に柔らかく頬笑みかける。

「よし決まりだ、技師班は急いでクラウソラスの出撃準備を整えろ。装備はブレードと軽盾、マルチバンカー、小型チェーンバリスタ、それからカノンだ。足回りを犠牲にしても構わんから、予備の弾薬も積めるだけ積んでくれ」

 彼女の号令を受け、小隊長の一人が敬礼もそこそこに駆け出す。


「護衛はどうされますか」

「精鋭のみ少数いればいい。そうだな、アーベルとサイラスにも来てもらおう」

 もともと少数で動いており、さらに寄生竜(パラサイト)を狩り殺した実績のある兵としては、彼らはもっとも頼りになる存在と言えるだろう。

 もっとも、四人揃っていてくれれば言うことはないのだが。


 ユーリは負傷したため、カーラと共に離れた場所で治療を行っているという。

 その報告を聞いた時、アーデは胸の内側から、ぞわりと嫌な予感が這い出すのを感じた。

 本当に治療ならば、医師もいるこの本陣で行うのが最善のはず。

 彼らはそれを避けて、戦線を離れた。

 何か尋常ではない、隠さなければならないことが起こったとしか思えない。

 そしてジーク。

 いつの間にか姿を消しているが、彼は一体どこで何をしている。

 恐らくはユーリと共にいるのだろうが、彼が隠しているものと、何か関係があるのだろうか。


 アーデは夜空を見上げ、頭の中で堂々巡りを始めた様々な思惑を拭い去る。

 今はそれどころではない。

 重要なのは、一刻も早く森へ入り、砲撃以外の解決法を見つけること。

 アーデは両手で自分の頬を張り、愛騎クラウソラスの元へと歩み始めた。


 *****


 時を同じくして。

 夜の闇に包まれ、静まり返る森に、突如として青白い閃光が走る。


 激しい光は一瞬で消え、後には黒く焼け焦げた寄生竜(パラサイト)の死骸が残されていた。

 そしてその死骸を、一騎の竜騎兵が踏みつぶす。

 生い茂る木々の葉に(さえぎ)られ、月光すら届かない暗闇の中で、その竜騎兵はぼんやりと青い光を放ちながら、次の獲物を求めて森の奥へと進んでいった。

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