廃城
「まったく、酷い有様だな」
その廃墟を訪れた初老の男は、思わずそんな台詞を呟いた。
白髪まじりの頭をぼりぼりと掻きながら辺りを見回す。
もとは豪奢に彩られていたと思われる壁や柱は、ことごとく破壊し尽くされて瓦礫と化しており、何かの部品だったらしい金属類は、すべて高熱にさらされたように融解して原型を失くしていた。
北の小国ユリンガルド。
今となっては”跡“と付けるべきか。
数日前に竜の襲撃に遭い、壊滅した城塞国家の成れの果てだ。
男は王城だったと思しき廃墟の一角にある、ひときわ大きな建物の前にいた。
「アーベル、出番だ。扉を開けて奥に入るぞ」
男が野太い声でそう伝えると、後ろで何か巨大なものが轟音を立てて動きだした。
『了解だ、おやっさん。危ないからどいてな』
洞穴の奥から響くような声を聞いて、おやっさんと呼ばれた男は後ろを振り返る。
そこには、鋼の装甲にその身を包んだ巨人、竜騎兵の姿があった。
「あまり派手にやるんじゃないぞ。まだ近くに何匹かいるかもしれん」
男が竜騎兵に向かって語りかける。もちろん竜騎兵自体に話しかけたわけではない。会話の相手はその中にいるアーベルという男だ。
『そしたら上手いこと片付けて、新しい竜騎兵を作ろう。こいつもだいぶ年季が入ってきたし、いつまでもこんな旧式じゃ先行きが不安だぜ』
竜騎兵の伝声管を通じて、アーベルが軽口が辺りに響く。
実際、彼の操るこの竜騎兵は陸生型の竜を素体とした、リザード級と呼ばれる旧式のものだ。
より強靭に進化した新種を用いる軍用の竜騎兵などに比べると、多少見劣りする性能しか持ち合わせていない。
利点といえば機動性の面において辛うじて現役と言える能力を発揮する点が挙げられるが、それとて非力なために軽装にせざるを得ない現実の裏返しとも言える。
アーベルの操る竜騎兵は、建物の正面にある鋼鉄の扉の前に立つ。
もとは機械仕掛けで動作していたのだろう。人間の力ではとても開くことができない大きさの扉だった。
扉の大きさから推測するに、それは竜騎兵が出入りするためのものだと男は考えていた。彼の勘が正しければ、そこはこの国の竜騎兵が収められる兵器庫のはずだった。
アーベルの竜騎兵はその扉に両手をかけ、左右に開こうと力を込める。
扉の下部には壁に沿ってレールが敷かれているので、この非力な竜騎兵でも開くことは可能だろうと彼は考えたのだが、予想に反して扉はびくともせず、ただ重く不快な金属の軋みを上げるのみだった。
『こりゃ駄目だ』と、ひとしきり様々な角度から力を込めて扉を開こうとしたアーベルが、そう言って根を上げる。
『たぶん高熱で変形しちまったんだよ』
やれやれ、参ったな。
初老の男は眉根を寄せてぼそりと呟いた。
歳を食うと独り言が多くなっていかんと思いつつ、つい考えを口に出してしまうのをどうにも止められない。男はそんなことを考えながらも、さてどうしたものかと頭を悩ませる。
彼らがこの廃墟と化したユリンガルドを訪れたのは、そこに残された物資を漁るためだ。
小さいながらもそれなりの武力を有していたこの国ならば、滅びたとはいえそれなりの収穫が見込めると踏んだのだ。
もちろん同じような考えの連中は掃いて捨てるほどいた。
だが屈強な城塞国家が一夜で滅びたという噂が、彼らの足を鈍らせたのだった。
ユリンガルドの近辺には、まだ強大な竜が徘徊している可能性が高い。
そう考えるのは真っ当な思考である。
しかし、それとは逆の考え方をする者達がいた。
それがこの初老の男、ジーク率いる竜狩りの一団だ。
彼らは危険があるからこそ、価値あるものを得るチャンスであると考えた。
それは長年の間、各地で竜を狩り続けてきた竜騎兵乗りとしての確かな実力からくる自信の表れであり、また竜を追い続けてきた者が持つ一種の勘から、そこには既に大きな驚異はないと直感したからでもあった。
案の定、一国を滅ぼしたという竜の群れは既に遠方へと去っていた。
ユリンガルドに進入するまでに遭遇した竜は上空を旋回する飛竜が数匹程度で、それすら地形を利用して上手く隠れ進むことで難なくやり過ごすことができていた。
だが、予想外だったのはユリンガルドの惨状だ。
そこはまさに煉獄の蓋が開いたような有様で、百騎を超えると言われていたユリンガルド騎士団の竜騎兵も、その全てが炭化するまで焼き尽くされ、使い物にならない状態で累々と屍を晒している始末だ。
貴金属の類もまた然り。凄まじい熱に煽られたのか、それらは全て無価値な金属の塊と化していた。
ここまでそれなりにリスクを侵して来たのだ。手ぶらで帰るのはさすがに割が合わない。
ジークはそう考えた末に、一縷の望みをかけてこの兵器庫へ足を運んだ。
「仕方ない、壁を破って中に入る。カーラとサイラスを呼んでくれ」
指示を受け、アーベルの竜騎兵はいったん兵器庫を離れて仲間の竜騎兵を探しに行く。
ジークがユリンガルドへと連れてきたのはアーベル、カーラ、サイラスの三人。
いずれも腕の良い竜騎兵乗りで、それぞれが一団の持つ三騎のリザード級竜騎兵を割り当てられている。
アーベルを除く二人はそう遠くない周囲で警戒にあたっているが、今のところ周囲に危険はないようだ。
これなら総出で兵器庫の捜索にかかって、さっさと引き上げた方がいいとジークは判断した。
しばらくして、扉の前に三騎の竜騎兵が集まる。
バリスタと呼ばれる、炸薬で鉄杭を飛ばす大型射撃武器を背負った竜騎兵がアーベル。
残りの二騎はどちらも肩部に小型のバリスタが取り付けられているが、カーラは炸薬で穂先を打ち出すバンカーという槍を、サイラスは炸薬は用いずに重量だけで相手を叩き切る大斧を好んで用いていた。
『ここで何も出なけりゃ骨折り損ってわけだ』
今回の探索では紅一点のカーラが悪態をつく。黙っていれば妙齢の美人なのだが、いかんせん性格が荒っぽく、一団の中では男でも逆らう者がいないという女傑だ。
『まぁまぁ姐さん、とりあえず開けてみましょうや』
アーベルがカーラをなだめつつ扉のすぐ脇の壁へと竜騎兵を進め、サイラスが無言でそれに続く。彼は普段から極端に無口な男で、戦闘中であろうが必要最低限の言葉しか口にすることはない。
「アーベル、バリスタを打ち込め」
ジークの一言で、まずアーベルが背負っていたバリスタを構える。
竜騎兵の高さと同じくらいの長さがある細長い筒のような形をしており、その内部には炸薬と共に超重量の鉄杭が装填されている。
アベールの乗った竜騎兵の指がバリスタの底部にあるトリガーを引き絞ると同時に、大砲のような轟音を辺りに響かせながら鉄杭が射出された。
炸薬の威力によって超高速で撃ち出された鉄杭が至近距離で壁の下部を直撃するが、壁には鉄杭が突き刺さった箇所から放射状に亀裂が走るのみで崩壊には至らない。
しかしそれもジークにとっては予想の範囲内である。
「よしサイラス、杭を打て」
続いてサイラスの竜騎兵が、その手に持った大斧を肩に構える。
狙いは壁に突き刺さったままの鉄杭だ。
半歩ほど間合いを詰めた後、サイラスの竜騎兵が両手で思い切り斧を振り抜く。
人の拳ほどの直径しかない鉄杭の頭を狙うのは至難の技だったが、サイラスの狙いは正確そのものだった。
金属同士がぶつかり合う甲高い音と共に、打ち込まれた鉄杭は大斧の一撃で壁を貫通。
穴は周囲から亀裂に沿ってぼろぼろと崩れて広がり、人間が通れるほどの入り口となった。
『相変わらずいい腕してるわねサイラス』
カーラの賛辞にもサイラスは全く言葉を返さず、振り抜いた大斧を再び肩に担ぎなおす。
「お喋りは後だ、中に入るぞ。周囲を警戒してくれ」
今の音を竜どもに感知されていては面倒だ。
それに、壁が再び崩れて出口が塞がらないとも限らない。
ジークは外を三人の竜騎兵乗りに任せ、一人で兵器庫の中へと足を踏み入れた。